02 例の話に関わるのでは
「おぬしはいきなりだな。報せくらい寄越さないか」
ギーセスの苦々しい声が聞こえた。声に張りはないが、話をするくらいはできるようだ。
「だいたい、私にはおぬしにつき合っている暇はない。いま我が館にはたいへんな賓客がいらっしゃるのだぞ」
まるで計ったようなタイミングである。男爵がそう言ったとき、ヴェルフレストが部屋をのぞき込む形となったのだ。
「殿下」
ギーセスは驚いたように目を見開き、起き上がって礼をしようとした。ヴェルフレストはそれを制して、気にせず休むようにと言った。
「調子はいかがか、男爵。私が語らせすぎたせいでなければよいが」
「滅相もございません。このところはすっかり寝たり起きたりでございましたが、ここ数日は殿下との語らいが私に活力を与えてくれていたほどですから」
「そうか」
ヴェルフレストはうなずくと、「殿下」との呼びかけに寝台の脇でさっと宮廷式の礼をした「客人」に目をやった。
「そなたは」
見れば、年齢はギーセスと同じほどで、四十の半ばを迎えるあたりだろうか。馬を飛ばしてでもきたのか、髪はやや乱れているようにも見えたが、後ろでひとつに束ねているためかそう目立つことはなく、むしろ洒脱さを感じさせた。
顔立ちによっては嫌味にしか見えない口髭は、この男によく似合っているようだった。服装も旅路に向いた簡素なものを身につけていたが、立ち居振る舞いを見ればある程度以上の階級を持つ人間だと判る。
そうでなくとも、彼には記憶力というものがあった。
「これは、思わぬ再会でございますな、ヴェルフレスト殿下」
にこやかにそう言ったのは、ウェレスの宮廷で言葉を交わした男――クジナの趣味を持つようだと推測を立てた、ひとりの貴族だった。
「ゼレット・カーディルと申します、殿下」
男はそう名乗るとまた礼をした。
「ご友人か、ギーセス殿」
「とんでもございません」
ギーセスは顔をしかめた。
「単なる、知人にございます」
「その通り」
ゼレットも応じた。
「しばらくこの男の顔を見ていなかったものですから、もしかしたらうっかり死んでいるかもしれないと思って、ついでに足を伸ばしたまでにございます」
「勝手に人を殺すな」
ギーセスが苦々しく言った。
「殿下、この男のご無礼をどうかお許しください。ろくに作法を身につけぬ田舎者なのです。我が陛下がご寛容なのをよいことに、すぐに調子に乗ります。どうか、哀れな戯け者と思って、お見逃しくださいますよう」
「よい」
ヴェルフレストは短く答える。
「実に、面白い」
彼は心から本音を言った。
「ではそなたは、知人の見舞いか」
「そのようなところです。土産話を持って参りました」
「土産話だと?」
ギーセスが面白くもなさそうに繰り返した。
「どこぞの姫君を陥としたというような手合いの話ならば、要らぬぞ」
「そうではない」
ゼレットは唇を歪めた。
「おぬしの好きな例の話に関わるのではないかと思うのだ。〈風謡いの首飾り〉のな」
何だと――と王子と男爵は異口同音に返し、ギーセスはともかく、ヴェルフレストから驚きの声が上がるとは思っていなかったらしいゼレットこそ驚いた顔をした。
「いったい、どのような話だ」
ヴェルフレストが問い返し、ゼレットが語ろうとするとギーセスがとめた。
「こうして立ち話では、カーディル伯爵にはともかくとして、殿下にたいへん、失礼ですな。すぐに茶の支度をさせましょう」
「それは有難い、駆け通しでな」
「おぬしのためではないと言っておろうが」
ヴェルフレストは、自分はかまわぬと言おうかと思ったが、これは男爵なりに疲れているであろう友人に気を遣ってのことだと気づくと、ただうなずいた。
「では支度ができれば」
呼んでくれとでも言おうとして、王子は考えた。
「ギーセス殿もお聞きになりたいだろう。ここで話を伺うか」
「とんでもございません、殿下」
ギーセスは起き上がる。
「私にもお聞かせいただけると言うのならば、出向かせていただきますぞ。この不調は半刻後までに、治します」




