15 何か意味があるか?
「風司の道、か。お前は俺に指輪を継がせようとしているのか?」
「継がせようと、ではない。お前は継ぐのだ」
「判らぬな」
彼は言った。
「お前の目的が、判らぬ」
「私は」
魔女は小さく声を出した。そこには、アドレアが滅多に見せぬもの――感情が表れているように感じたヴェルフレストは驚いた。だが、それがどういう感情なのかは、彼には読み切れない。
「私は、リグリスに指輪をもたらしたくはない。お前に継いでもらいたい。それだけだ、ヴェルフレスト」
「では奴らの目的は。奴らは風具を欲しがっている。何のためだ」
「風司の力のため。決まっておろうに」
アドレアは笑ったが王子は首を振る。
「風司の力とは何だ。風を操るというような曖昧な話なら聞かされている。リグリスが火の力を強くするために風を求めるというのもよかろう。だが風司はいったいどんなことをする。風神祭とは何だ」
とうとうと並べたヴェルフレストはそこで言葉を切ると、思い出すように目を細めた。
「十年前の〈風神祭〉のことは覚えている。風司である父上が、城の裏手にある海を臨む高台に設えられた聖壇の前で祈りの言葉を唱え、〈風読みの冠〉を風神に捧げた。だがそれによってどんな不思議なことが起こったでもない。ただの形式ではないか」
「それが重要であった時代もある」
アドレアは静かに言い、彼は笑った。
「かつて。昔は。そんな言い方に何か意味があるか? 問題なのは現在と未来だ」
「過去は要らぬ――か」
魔女は少しだけ寂しそうに見えた。
「アドレア」
王子は、そらされた魔女の視線を捉えようとするかのようにアドレアを覗き込んだ。
「お前と風司の、そして風具の関わりは何だ」
問うてから、彼はにやりとした。
「答える気はない、と言うか?」
「私が答えを与えて、それで満足するのかい、王子」
アドレアはそんなふうに答えた。
「私がどんな回答をしたところでお前たちは信じぬと言うに」
「お前たち、ときたか」
ヴェルフレストは魔女を眺める。
「俺と、誰だと? 父上か、ローデンか」
魔女はわずかに首を振った。ヴェルフレストは考えるようにする。
「アドレア」
王子は思いついたように声を出した。
「もしやお前は、父上にではなく、リグリスとやらに恨みがあるのか」
「恨み……と言うのではないが」
魔女は曖昧に言った。
「リグリスの名を受け継ぐあの男を風司にはしたくない」
「――いいだろう」
ヴェルフレストは言った。
「お前の望みを叶えよう、アディ」
その愛称は彼の口から自然と出た。メギルが彼女を〈白きアディ〉と呼んだことを思いだしたと言うよりは、ただ、自然と。
アドレアはそう言ったヴェルフレストをじっと見つめ、ふっと視線を落とした。軽々しいことを言うな、とでも続くと思ったヴェルフレストは、彼女がそのまま何も言わずに姿を消したことを少し奇妙に思った。




