14 どうしてこんなにも
月 の光が瞬いた。
エディスンではない南の地、冬の夜は冷える。
「アドレア」
彼女は顔を上げた。
まるで、呪いだ。
何故、目前の若者は彼女が愛し、そして裏切った男と同じ顔、同じ声をして、同じことを言うのだろう。
これはきっと、呪いだ。
ヴェルニールトがそんな形で彼女に復讐をしているのだ。
これが捻れた考えだとは判っていた。ヴェルニールトは彼女を憎んでなどいなかった。最後まで、彼女を愛したのだから。
だがその記憶は遠い。
彼女は、自分の都合のいいように思い出を書き換えていない自信はなかった。
「俺は、エディスンに戻ろうかと思う」
「首飾りは、諦めるのかい。それとも初めから、魔女の言うことなど聞くつもりはないと」
アドレアは過去へさまよい出た思いを断ち切ると、変わらぬ口調で言った。
「馬鹿を言うな」
ヴェルフレストは肩をすくめる。
「俺はお前を信じると言ったろう」
(――俺はお前を信じていた!)
不意に蘇った愛しい男の言葉は、アドレアを打った。どうしてこんなにも、似ているものか。
「だが当てもなく砂漠にさまよい込んでどうする。カリ=スが俺を連れる気がないいま、俺に案内人はいないのだぞ」
そうなれば半日で死ぬそうだ、とエディスン第三王子は気軽に言った。
「死なれては、嬉しくないね」
アドレアは言った。
「もはやリグリスはふたつの風具を手にし、もうひとつにも手を届かせようとしている。お前に首飾りを持ってもらいたかったけれど」
「指輪は、どうした」
何気なくヴェルフレストが問うと、アドレアは言葉に詰まったようだった。
「俺の記憶が間違っていなければ、お前は指輪が俺のものだと言っただろう。首飾りではなかったはずだ」
「――そうだね」
アドレアは呟く。
「その通りさ、ヴェルフレスト。指輪は、お前のもの。時が至ればお前にその在処を示そう」
「知っているのか」
王子はアドレアが「答える気はない」とでも言うと思っていただろう。だが、アドレアから出た返答は素直なものだった。
「知っている」
魔女ははっきりとうなずいた。
「よく、知っている」
「ならば、それを示せ」
彼は言った。
「ギーセス男爵に冠の代わりにほかの風具が要ると言ったのは半ば出任せだが、そう的を外してはいないようにも思う。〈風神祭〉には風具が必要なのだ」
「そう思うかい。悪くないようだ、王子」
「否定か、肯定なのか。お前の言うことははっきりせぬな」
「言葉の力は強い。明言を避けぬ魔女は危険だよ。魔女に限らぬ、ローデンなどもすぐに言葉を濁そうが」
「よく判っているな」
彼は苦々しく笑った。それは宮廷魔術師へ向けられぬ苦情であると同時に、アドレアがカトライとローデンに関わりあっているという事実をますます明確にしたからだ。
「首飾りを見つけて、イルセンデルまでにエディスンへ戻ることが俺にできる最上のように思う。だが、首飾りの在処は知れぬ。祭りに間に合わせるつもりなら、そろそろ帰途につかねばならぬしな」
ヴェルフレストは考えながら言った。
「お前が指輪を持ってでもいるのなら話が早いと思ったが、そう簡単にはいかぬようだな」
「私から指輪を贈られるなど、ぞっとする話ではないのかい?」
アドレアは薄く笑んだ。ヴェルフレストは肩をすくめる。
「指輪を贈るならば、男の方からがよいだろうとは思うが」
「おやめ」
魔女は制した。
「それは、気に入らぬ」
「気難しいな、お前は」
王子は残念そうに言った。
「俺から指輪を欲しくないと言い切る女は、お前とファーラくらいのものだろう」
「自惚れが強いね、王子」
「いや、そう自惚れているつもりはない。女が俺の指輪を喜ぶのは、王子という地位のためにすぎぬと判ってはいるが」
「それは」
アドレアは少し迷ったようにしてから言った。
「今度は、自己卑下がすぎるようだよ」
「何だ」
ヴェルフレストは笑った。
「可愛いだの愚かではないだのとは言われたが、いまのはそれ以上の褒め言葉のようだな?」
「お前が王子でなくとも、魅力を覚える娘は多いだろう。その程度の意味さ」
「意味のない仮定だな。俺は、王子だ」
「そうだね」
アドレアは同意した。
「お前は、王の子。そして、風司の子」




