13 遠い日の幻
あれから――どれだけの年月が流れたことだろう。
アドレアは多くをスラッセンで、時にはほかの街で、老いぬ身体を抱えて日々を送った。
あの奇妙な魔術師はあれから二度と彼女の前に姿を見せず、彼女はエディスンへは足を踏み入れぬというヴェルニールトとの誓いを守り続けた。
彼が最後に口にしたように、本当に彼女を愛していたのだとしても、それは幸せな記憶とはなり得なかった。
トバイに操られてであろうと何であろうと、彼女が彼を裏切り、傷つけ、エディスンの宝を持ったままでいることに代わりはないのだ。
もし、最後には王子――王が彼女を許していたのだとしても、アドレアは自身を許せなかった。これ以上、ヴェルニールトとの約束を破りたくなかった。
そこには、自身が再びエディスンに害をもたらすやもしれぬと言う恐怖もあった。
右手の傷は、消えていないのだ。
それが、トバイが生きていることを示すかどうかは、判らなかった。
少なくとも、術が生きていることだけは、事実。
アドレアはトバイに命じられたように、〈風見の指輪〉を「自分のものに」し続けるしかなかった。ヴェルニールトのいまわの際にさえ、彼女はそれを返せなかった。
返したいと願うのなら、この術――それとも呪い――を解く方法を見つけなくてはならない。
スラッセンに閉じこもっていればトバイの影を怖れずに済むことは判っていたが、それは自身の罪――決して彼女の意志でもなければ、どんな失態のためとも言えなかったが――に背を向けることになった。
それは、できなかった。ヴェルニールトのために。エディスンのために。彼女はこの指輪を彼の子孫に返さなくてはならない。
もしトバイが生きているのなら、それと戦わなくてはならない。
魔術の理をもって考えれば、魂を握っているものと戦うなど、不可能である。トバイに縛られている以上、アドレアはトバイを目前にすれば、決して彼に逆らえない。
トバイが生きているものとすれば、出会う前にこの呪いを解かなければ、指輪はあの男の手に落ちる。
それでも、戦わなければ。
アドレアが砂漠を出ることに決めたのは、しかしそれもまた、遥か昔の話であった。
彼女がその後、エディスン王家の子女たちのまえに姿を現すようになったのは、エディスンの様子を知りたかったからだった。指輪がなくとも、冠だけで本当に儀式は働いているのか。あのとき、彼女が儀式を台無しにしたことはエディスンに「指輪がない」以上の影を落としていないか。
もっと単純に、本当のことを言えば、彼女はヴェルニールトの子供たちに彼の面影を見たかったのだろう。
不気味で怖ろしい魔女であるように自身を見せたのは、エディスンの子供たちが間違っても自分を信用しないように。
二度と、エディスンの子供たちが「魔女に誘惑された」などとそしられぬように。
何よりアドレア自身が――ヴェルニールトとよく似た、ヴェルニールトではない若者に、ヴェルニールトと取り違える如く惹かれてしまうことがないように、であったろうか。
そうして月日を過ごすうちに「魔女」は彼女の常態となり、アドレアは胸に痛く苦いものこそ残したものの、若き情熱は遠い日の幻になっていた。




