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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第4話 交錯 第1章

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13 仲良しとはいかなさそうだ

 娘を抱き上げて小道を出れば、人々の好奇の視線がすぐに集まる。そこで、医者を知らないかと問えば、事情を察した者たちがすぐにティルドを案内した。

 出向いてみればそれはほんの数軒先だった。ティルドは、さっきの男はどこまで行ったのだろうと訝ったが、面倒に感じて逃げたのかもしれないと考えた。だいたいそんなことよりもいまは少女だ。

 少年は小さな診療所に少女を運び込むと、彼女がいきなり倒れたらしいこと、手が怖ろしいほどに冷えていることを告げた。

 三十代半ばほどの若い医師(コルス)は患者を備え付けの簡易寝台に寝かせるよう指示し、少女に向かった。

先生(セラス)、どうなんだ、この子」

 不安そうに彼が言うと、医師は待てというように手を上げた。

「指先の冷えは、心配要らないよ。これは、血色の悪い女性にはしばしば起こる現象だからね。君は健康そうだからこんなふうに冷える経験がないんだろうけれど」

「なら……いいけど」

 彼は戸惑ったように言った。医師は少女を診ながら続ける。

「マントを追加してあげたのは正解だ。こういう体質の娘は体温を奪われやすいから。この季節、もし半刻も放っておかれれば抜き差しならない状況になったかもしれない」

 言いながら医師は男物のそれをティルドに返し、受け取りながらティルドはほっとした。つまり、いまは抜き差しならない状況ではないと言うことだ。

「俺、何かできる?」

「家族にでも連絡をしてやってくれ。それとも君が家族かな」

違う(デレス)。それに、知らない。その、通りすがりだから」

「そりゃ偉い」

 医師は少年を褒めるようにした。

「こんな街じゃ、人が倒れてても見て見ぬふりってことが多い。この子の身なりを見れば私も治療費の心配は要らなさそうだし、安心して診られるよ」

 台詞の後半にティルドはついむっとした。

 〈医療の神〉ティリクールは、人の命を救うためなら無償で奉仕することを美徳としている。だが、実際問題として診療代をもらえなければ医者は生きていけない訳で、男の言葉は当然のものでもあった。第一、治療費を払わなければ診ないとも言っていない。

 そう考え直したティルドは的外れな抗議をするのをやめ、改めて少女の様子を見た。

 言われてみれば、彼女が身につけているものはなかなか上等である。

 マントは薄手だが、それは安物を意味するのではなく、逆に「薄くて軽く、保温性の高い」とされる高級な生地が使われていた。複雑な模様が編み込まれた上衣は目の細かい織物で、腕のいい職人の作を思わせる。下衣はこの寒いのに膝より上が出る短い衣装だがやはり布地は上質で、医師が脱がせた長靴は膝までを覆う長さがあり、もし詳しいものが靴の裏を見れば、一流の靴屋が作った特注品であることを知るだろう。

「金持ちのお嬢さんだよ。君も何かお礼をもらえるかもね」

「んなもんが欲しい訳じゃねえよ」

 少年はまたむっとして、今度はそれを口に出した。

「ただ、心配だったから」

「それは悪いことを言った。それじゃ、善意のついでにそこの棚から赤い瓶を取ってくれるかな」

 ティルドはうなずいて従った。医師は少女を片腕に抱きかかえながら器用に瓶のふたを外し、それを少女の顔の辺りに持っていった。動きのなかった少女の顔がしかめられたかと思うと、彼女は小さくくしゃみをして、目を開ける。

 それを認めたティルドは安堵のあまり力が抜けるのを覚えた。

「……誰?」

「ターラスと申す医師にございます、眠り姫」

 医師はにっこりと笑って答えた。

「覚えているかな、君は道でいきなり倒れたらしい。この子が君を助けてくれたんだよ」

「いや、別に俺は、運んだだけだし」

 ティルドは居心地悪そうに言った。少女の瞳が彼を向き、何度か瞬きをすると焦点を合わせるようにする。

「……あなた」

 声は弱々しく響いた。

「さっきの、変態」

「おいっ」

 ほとんど反射的にティルドは抗議した。

「やだ、まさかあたしを尾けてたんじゃないでしょうね。先生(セラス)、あたし、変なことされてない?」

「待てっ、お前なっ、言うに事欠いて」

「まあまあ」

 ターラスと名乗った医師は面白そうに言った。

「面識があった訳だ。仲良しとはいかなさそうだが、彼が君を助けたことは本当だよ、お嬢さん(セリ)。罵る前にお礼を言うんだね」

 少女は医師の言葉に少し不満そうに唇をとがらせたが、仕方なさそうに小さく礼の言葉を口にした。ティルドは、聞こえねえよ、とでも言ってやろうかと思ったが、ここは病人が相手だと自重した。

「さて、何か持病でもあるのかな? かかりつけのお医者でもいるのなら、その人に交替した方がよいようにも思うけれど」

「別に、病持ちなんかじゃないわ」

 少女は医師の手に寄りかかったままであることに気づくと身を起こそうとしたが、目眩でもしたか、きつく目を閉じると手を頭に当てた。

「慌てない。少し、休もうか」

 ターラスはそっと少女を横にした。

「近頃、ちょっと調子がおかしかっただけ。その」

 目を開いた少女はちらりとティルドを見て、言いにくそうに付け加えた。

「あの、女の事情で」

「成程」

 医師はうなずき、何となく察した少年はごまかすように頭をかいた。


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