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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第4話 交錯 第1章

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11 気の迷いってやつだ

「それは……」

 ユファスは考えた。

「〈風読みの冠〉」

「何だって?」

「あなたが、伝承の類をよく知ってるって。もしかしたらそれについても知ってるんじゃないかと」

「……驚いたな」

 クラーナはまた言った。

「まさかユファス、君はヴェルとも友人だとか言い出さないよね?」

「いや? 心当たりのない名前だ」

 彼が兵役をしていた頃はそうそう訓練の見学にくることもなかったエディスン第三王子ヴェルフレストの名前がユファスの脳裏に浮かぶことはなく、従って彼は否定した。もし思い浮かべたとしても、ヴェルフレストが旅に出ていることなど知らぬ彼は、このような市井の詩人が王子を親しげに「ヴェル」と呼ぶとは思えず、また、彼はもちろん王子の「友人」でもないから、やはり否定しただろう。

「それならいいけど。僕はもう〈導き手〉の代わりはご免だし、それに彼は『クラーナ』を知らないもんな」

「何だって?」

「何でもない」

 ヴェルフレスト、そしてティルドの前でリーンと名乗っていた詩人は、気軽く手を振った。

「〈風読みの冠〉と言ったね。そんなに有名な伝承なのかい。僕は聞いたことなかったんだけれど」

「ないのか」

 ユファスは少し落胆したが、そのまま続けた。

「それじゃ〈風謡いの首飾り〉ってのは」

「東、いや南か。遠くの街で聞いた名称だよ。きれいなんで使わせてもらっただけ」

「そう」

 彼は肩を落とした。だが、こんなふうにエイルの友人と会えただけでも驚きなのだから、それ以上何かを得ようと言うのは虫がよすぎるだろう、などと考えて気を取り直した。

「役に立てなくて、悪かったね」

「いや、とんでもない。楽しかったよ」

「そろそろ、出番みたいだ。行くよ。それじゃユファス、また縁があったら」

 詩人はそう言うと楽器を手にして立ち上がった。

「エイルのことを聞かせてくれて有難う。次に彼に会ったら、オルエンは玉葱(ラオナ)が苦手だと教えてやってくれ」

「玉葱?……判った、伝えるよ」

 オルエンというきれいな顔立ちの若い――エイルは「爺」と言ったが――魔術師が、玉葱の入った料理を嫌がる様子を想像したユファスは、思わず笑った。クラーナは手を振って、舞台のように設えられている一角へと向かっていく。

 それを何となく見送ったユファスは、そう言えばティルドは遅いな、とばかりに入り口の方を振り返った。そこで背後にやってきた姿に目を丸くしたのである。

「あなたは」

「何だ、あいつの知り合いだったのか? 世間は狭いというか、〈吟遊詩人の人脈は下手な王様よりも上〉ってのは本当なのか」

 にやりとしてそう言ったのは、誰あろう、先ほどユファスの腕を痛めつけてくれた戦士である。予想だにしていない再会に、ユファスは目をしばたたいた。

「何だって? いいや、違うよ、初対面さ」

 彼は言われたことを理解すると否定した。

「あなたこそ、彼と知り合い」

「まあ、好きで知り合った訳でもないがね」

 戦士は肩をすくめてそんな言い方をした。

「ガルシランだ。友人はみな、ガルと呼ぶ」

「ユファス」

 差し出された手を取ってユファスが言うと、ガルシランはまたまじまじと彼を見た。

「何」

「いや、どこも似ていないのにと、また改めて考えてたんだ」

 それにユファスは笑った。

「気の迷いってこともあるだろうよ、歴戦の強者でもね」

「そんなところだろうな」

 戦士は苦笑して同意すると、先ほどまでクラーナ――リーンが座っていた席を指して尋ねるように首を傾げた。座っていいかということだろう。ユファスはどうぞと手を差しのべた。

「あいつとどんな話をしていたんだ?」

「どんなというほどのこともないけれど」

 彼は肩をすくめた。

「偶然、共通の友人がいることが判ってね、その話に少しばかり盛り上がったってとこかな」

 首飾りがどうのと言わなかったことに隠す意図はなく、単純に、実際に話したのはエイル青年のことばかりだったと思っただけである。

「成程、やっぱり詩人の人脈は尋常でないと」

「かもね」

 ユファスは笑って答えたが、ガルシランがまたじっと彼を見るので落ち着かない気持ちを味わった。

「訊いてもいいかな」

「何だ」

「僕に似てる、いや、似てない(・・・・)ってのは、どんな人」

 ガルシランの顔に奇妙な表情が浮かぶ。様々なものが入り混じった複雑なそれは、ユファスにはどういうものなのか読めなかった。

 だがすぐにガルシランは、そんなおかしな表情など浮かべなかったというかのようににやりとした。

「言えば笑うか、怒るかもしれんな」

「どういう意味だい」

 ユファスが首を傾げると、ガルシランは先に謝罪の仕草をした。

「そいつは、女なんでね」

 ユファスは沈黙した。彼は、優しい顔だのと言われたことはあるが、女性のようだと言われたことはなかったし、「知っている女に似ている」――この場合は似ていない、だが――などと言って声をかけるのはやはり、男が女を誘う手である。

 もちろん、ガルシランがそういう意味で言っていると思う訳でもなかったが、ユファスとしてはそれに曖昧な笑いを浮かべるしかできない。

「どうしてそんなことを思ったものか、自分でも判らん。あんたが言ったように気の迷いってやつだろう、忘れてくれ」

「そうするよ」

 弦の調べが聞こえ出した。ふたりは同時に、そちらを見る。

「〈風謡いの首飾り〉か」

 ユファスは誰にともなく呟いた。

「あいつの好きそうな響きだ」

 ガルシランは詩人を見ながら言うと、あとは歌を聴こうというように口をつぐんだ。ユファスも倣う。

 それはよくある恋歌と言ってしまえばそれまでだった。恋をした青年が、愛しい娘のために〈風謡い〉と呼ばれる首飾りを求め、ついには娘と結ばれる、という、まさしく恋する男女に受けそうな歌だ。ユファスは知らないことながら、「リーン」がヴェルフレストに説明した通りである。

 ユファスはあまり詩人の歌をじっくりと聞いたことはなかったが、クラーナの技術と声はなかなかのものであるように思った。ものすごい美青年だと言うほどではないが見目はよいし、アーレイド城に招かれたという話も納得である。

 そのときにエイルと知り合ったのだろうかと彼は考えたが、招かれた詩人と給仕役の少年が話をして仲良くなるというのは少し不思議な気もした。何かきっかけがあったのだろう。想像もつかないが。

 弦の響きを耳にしながら、ふとユファスは思った。

 いくら何でも、ティルドは遅くないだろうか。

 改めて店内を見回したが、クラーナと話している彼に気づかず、別な場所に席を取ったという様子もなかった。弟の姿は、やはりない。

 可愛い女の子とでも出会って楽しい時間を過ごしてでもいるならかまわない。かまわないどころか、安心できる。

 だが、アーリの仇を討つと意気込んでいる少年が新しい恋を簡単に見つけるとはとても思えない。

 何かおかしなことに巻き込まれてはいないだろうか。

 腕輪を追うメギルは、ティルドよりもユファスを追うはずだと思っていたが、それは彼が勝手に想像したことであって、彼女には何か違う理屈があるかもしれない。

 しかし、もし魔術的なことが関わってくれば、アロダがティルドを助けてくれるだろう。

 これはアロダへの信頼と言うよりは、自嘲的な思考だった。魔術師が相手では、彼に対抗する術は――腕輪以外には――ないのだ。

 それにしてもまさかまた捕まったなんてことはないだろうな、と思いながらユファスはガルシランとのやり取りを続けた。


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