04 覗いてみたくなる
風具は五つ。しかしもともと、風司は四人であった。
どの風具もそれぞれ継承者を持つ。多くの場合においてそれは同じ血を持つ者だったが、そうではない場合もあった。
「風具は血筋を知るとされ、直系が存在すれば他者に属することはないようです。ですが血筋は途絶えることがある」
ギーセスは講義をするかのように語った。
「そうなれば風具は次の継承者を探すのです」
「道具が探す、と?」
「ええ」
「ふむ」
ヴェルフレストは面白そうに言った。
「継承者、か。父の継承者は、王位も風司の地位も、我が兄だ。だがもし兄たちと俺が死ぬようなことがあっても、風具を継承する者が定められると言うのだな」
「そうなります」
探すと言っても、道具に足が生えて誰かを探しに行く訳では無論ない。言うなれば素質ある者がそれを手にし、身に付けて長き時間を過ごすことで、やがて風具の操り方を知る。
「詳しいのだな」
王子は感嘆したように言った。
「どんな書にそのようなことが書かれているのだ。うちの魔術師が、喉から手を出して欲しがりそうだが」
「生憎と、町に伝わる話を頼りに私が解釈し直したことも多いのです。書にはなっておらず、全てが正しいとは思わないでいただきたいのですが」
男爵はそんな注釈をした。
「ならば、冠の継承者が我が兄だとして、俺がほかの風具の継承者であってもおかしくはないのか」
「可能性はあるでしょう。殿下は、首飾りの継承をお望みなのですか」
「望んでいる訳ではない」
ヴェルフレストは手を振った。
「ただ、そうした道もあると示されれば、覗いてみたくなる」
自身に示されたのは首飾りではなく指輪だったが、彼はわざわざそれを口にしなかった。
(指輪はお前のもの)
アドレアの声はいまでもヴェルフレストの耳に蘇る。
「五つの風具に対し、風司はもともと四人と申し上げましたね」
ギーセスは話を続けた。
「ひとりの風司に属さなかったのが、〈風読みの冠〉です」
「何だと?」
その言葉に王子は少しうろたえて尋ねた。
「エディスンに伝わるのは、冠だが」
「ええ。しかし冠はひとりの風司に属さず、十年ごとに各風司が、言うなれば持ち回りで保管をしていた」
「十年。〈風神祭〉の間隔か」
「残された風習かもしれませんね」
研究者はそんなふうに言った。
「時間が流れるなかで風司と風具は次第に失われ、冠だけが残った。いまやエディスン王家だけがそれを保ち、伝えている――と私は考えております」
「ふむ」
彼は頭に手を当てた。
「では、男爵。我らエディスンは、五人目の風司の血筋なのか」
「そうかもしれません」
ギーセスは曖昧に言った。
「冠は定まった風司を持たなかった。しかし、あるときから風司は五人になるのです。何故かは判りません。風具に選ばれねば風司たることはできず、つまり騙ることなどはできぬはずですから、考えようによっては『かつては四人であった』という伝承が間違っているとも考えられます。しかし、それを信じるならばあるときから冠は、殿下のご先祖と考えるべきでしょうか、とある人間に属した」
その経緯は判りません、とギーセスは首を振った。
「私がお話しできますのは、これくらいですが」
「充分のようだ」
彼はうなずいて礼の仕草をしたが、気づけば落ち着かないように両の拳を握りしめていた。
話を聞きながら、ヴェルフレストは奇妙な感覚を覚えていたのだ。
落ち着かない気分だ。はっきりしないものがのたのたと全身を支配してゆく。大切な何かを見落としているような気がする。
それの感覚は腹のあたりから指先まで侵食し、彼は気分が悪くなりそうだった。
と言ってもギーセスのような病とは違い、目を回したり、ものが食べられなくなったりという不調ではない。ただ、気分が悪い。すっきりしない。苛々とする。
思い出せない、何かのために。
「まさか東に首飾りを追っていかれるとは思いませぬが」
ギーセスは冗談なのか忠告なのか判らない調子で言った。
「どうかよくお考えください。風具が継承者を選ぶのです。素質が認められなければ、求めたところで風司にはなれない。手にすればなれると言うのならば、私はとうに砂漠へ出向いていたでしょうね」
やはり冗談なのか判らない調子で、病弱な男は言った。
「私としましては、風神祭の儀に殿下は参加されるべきだと思います。何をお望みでいらっしゃるにせよ、儀式と風具は切っても切れぬもの」
「だが」
彼は迷い、その惑いと自身にへばりつく嫌な感覚を振り払うように頭を振った。
「ここまで話してもらったのだ。事情を告げよう。……〈風読みの冠〉は、保管されていた場所からなくなったのだ」
「何ですと」
ギーセスは目をしばたたいた。
「それを探すための使者は送られているが、祭りに間に合うものか、判らない。その代わりと言う訳でもないが、私はほかの風具を……探している」
嘘ではなかったが、全てを語った訳でもなかった。男爵を騙すつもりはないものの、業火の神官が奪っていったというような話はするべきではないと思ったのだ。
「そうしたご事情でしたか」
ギーセスは得心したようにうなずいた。
「首飾りがまだこの町にあればお渡しすることも考えさせていただきましたが、お役に立てなくて申し訳ございません」
「かまわぬ。そなたは十二分に話をしてくれた。想像していた以上だ」
これは本音だった。
疑問が解けたと言うよりも、むしろ増えた。
苛々がなくなったと言うよりも、むしろ増えた。
だがそれでも、彼はギーセスに感謝をした。
彼に「素質」があるのかどうか、それは判らない。しかし、指輪なり首飾りなりを手にしてその継承者たることが認められたなら、彼は兄から継承位を奪うことなく、「風司の道」を往ける。
唯一の問題は、ラタン、或いはメギルがこの話を聞いていたかもしれぬということだった。
しかし、少なくとも何らかの風具の在処をはっきりと示す答えはない。聞かれていたとしても、それほど差し障りはないように思った。
問題はそちらではなかった。
彼は、全く隠す必要のないこの話をカリ=スに告げぬかもしれぬと思った、それが問題であった。
ラタンのことは気にしてもはじまらない。ヴェルフレストはそう考えた。
砂漠の魔物話の詳細については気になるが、本当にそんな話があるならば、ほかでも噂になるだろう。ラタンが言ってこぬならば、それを探ってもよい。
問題は、カリ=スだ。
いや、問題は、ヴェルフレスト自身だ。
ヴェルフレストはその惑いを隠して改めてギーセスに礼を言い、男爵は、ほかにも思い出すことがあれば話をすると約束した。




