11 とめずに済むならば
「疎んじておいでだというのではないですよ。第一、ユファス殿を助け手と視たのはローデン殿ですし」
「そうさ、ローデン様が兄貴を引っ張り込んだも同然なんだ。それで邪魔だなんて言わせねえ」
一兵士が宮廷魔術師に「言わせない」のは難しかろうが、ユファスは弟に礼のようなことを言った。
「たぶん、公爵閣下が正しいんだろうね。僕がどうのじゃない、お前の話だよ」
「何だよ」
「だから、お前の信じる道が正しい道……かどうかは判らないけど、決めるのはティルドだってこと。僕やアロダ術師は意見を述べるけど、最終的にはお前が決めたことについていく」
「だったら、道は決まって」
「ティルド殿」
鼻息荒く言いかけたティルドを魔術師は制した。
「兄上が言われないようですから、私が言っておきます。あなたの決断はあなただけでない、われわれの命をも脅かすかもしれないのだと覚えておいてくださいよ」
「アロダ術師」
「とめないでください、お兄さん。この弟くんにははっきり言ってやらないと」
「とりあえず、あなたにお兄さん呼ばわりされるのは嫌ですよ」
二十代の青年は四十近い魔術師に笑ってそう言うと、笑いを消して続けた。
「それに、僕が判っていればいいことだ。あなたは判っているのでしょうし」
「――何だよ、それ」
ティルドは言われた意味を理解すると、きゅっと目を細める。
「俺は一度も、お前たちについてきてほしいなんて言ってない」
「それは失礼ですよ、ティルド殿。私はともかく、ユファス殿に」
「いいんだよ、事実だもの」
「よくありません。ちょっとばかりきついことを言っても、肉親の情で協力をしているユファス殿が離れて行くことはないだろうとたかをくくって甘えるのは、よろしくない」
「んなことは思ってな」
「それにだいたい、ティルド殿はカトライ・エディスン王陛下の命令を受けて任務に就いている。冠を探すと言う以上、それが口実であろうと任務ですよね。ですから、私への好悪はともかく、私の助力を断ることはできません。それくらいはお判りでしょう。まさか勅命を忘れた訳ではありませんよね、近頃はずいぶんと忘れがちのようですけど」
ティルドの反論を勢いで押さえつけて、アロダはとうとうと畳みかけた。
「私があなたを見張ると言ったのを覚えていますか、ティルド。もちろん、魔女や神官の術から守るためにというのは本当です。そして、ローデン殿があなた自身に道を選ばせると決めていることもね。けれど私は私なりの解釈であなたにつき合わせてもらいます」
「つき合ってもらいたくなんか」
「ではやはり勅命をお忘れですか」
間髪入れずに突っ込まれれば、ティルドはぐうの音も出ない。代わりにユファスが声を出した。
「アロダ術師、驚いたな。あなたは思っていた以上に」
「意地が悪いですか?」
「優しいですね、と言おうとしたんですよ」
「私の本質を見抜いていただいて有難うございます」
「面白いこと言い合ってんじゃねえよ」
ティルドは顔をしかめて言った。
「決めるのは俺だってんなら、答えは最初から出てる。ユファスはもちろん、アロダ、あんただって危ない目に遭わせたいとは思ってないさ、でも」
「判っています」
アロダは遮った。
ティルドの「ついてきてほしいなんて言ってない」という言い方は乱暴であったが、つまりはできることならひとりで行きたいのだ。ユファスのことはもちろん、気に入らない魔術師であるアロダだって巻き込みたくないから、きてほしくないと思っている。
ユファスもアロダも、判っていた。その上で、肯んじないだけ。
「どこへでも好きなようにお走りなさい、ティルド。ユファス殿はもちろんでしょうが、私もついていきますよ。それが任務ですからね。そして私の任務はあなた方を守ることですから、危険にまっすぐ飛び込むようなら忠告をし、必要とあらば力ずくでもとめます」
「何だか矛盾していませんか」
落ち着いて声を出すのはユファスである。「好きなように走れ」のあとには「とめない」と続きそうなものだ。
「いろいろな場合がある、ということを申し上げたかったのです」
中年の術師は若者ふたりを見た。
「とめずに済むならば、とめません。ですが命あっての物種でして、好きなように走った結果、何も得ることなく死ぬ、というのは……まあ、そうなってしまう可能性も大いにありますが、ティルドがそれでは私の任務が失敗になるので困ります」
「つまり、僕と同じ姿勢だってことだね」
兄は言った。
「いいかい、ティルド。僕はついていくけれど、お前が境界線を越えるようならそのときは本気でとめるよ」
「巧いこと言いますね、そうです、そう言うことです」
「何だよ、意気投合しやがって」
ティルドは顔をしかめた。
「まあ、コルストへ向かうって選択肢は、その境界線まで行かないんだろ。なら決まりだ」
兄がどこに「境界線」を設ける気なのかは、弟には判らなかった。メギルと戦うな、と言うのではあるまい、と彼は思った。それをとめるのなら、もうとめていなくてはおかしい。ならば、その境界はどこだろう。
しかしそれはユファスの内にのみある。それとも、まだユファスの内にもないのかもしれない。
ティルドはそのような考え方はしなかったが、とりあえずいま、ふたり揃って反対をしても、とめるのではないのなら、それでいいことにした。
罠だとしても、かまわない。
向こうが彼を狩る気でいても、簡単にはやられるものか。
そして、必ず――。
「行こう。コルストだ」
少年の言葉に躊躇いはなかった。
「俺は、あいつを追うことに決めてるんだ」
「冠はどうするのですか。口実としてではなく、実際、どういうつもりでいます?」
「どう、って何だよ」
「探して持ち帰る、そのつもりはどれぐらいあるんですか?」
アロダの言葉に少しだけ、ティルドはうなった。
「それは」
旅を続けるのは、メギルを追うため。もはや彼にとって、〈風読みの冠〉の捜索はメギルへの復讐についてくるおまけのようなものだった。見つかればいいが、そうでなかったとしてもいまの彼には重要ではなくて。
「その」
ティルドは、しかしはっきりと答えられなかった。
「どうでもいい、探す気はない」と言ってしまうのも簡単だ。正直、彼だけの気持ちを言うのならば「どうでもいい」に限りなく近い。
それでも、どこかで思うのだ。慕わしい兄を危険にさらしてでも少女の仇討ちを望む、という矛盾した昏い行動を取りながらも少年の根っこは善良で、王家の宝を放り出すこと、十年に一度の祭りを台無しにすること、それらを全く気にしないと言えば嘘になるのだ。
ティルドの葛藤をどう見たか、そこでユファスが名乗りを上げるように挙手をする。
「お前の選択は判っていたんだから」
ユファス大げさに嘆息してみせ、そのあとで笑った。
「仕方ない。陛下や公爵に認めてもらえるかは判らないけれど、お前の任務は僕が隣で代行しよう」
気にせず好きにやれ、と兄は言った。
僕が隣にいる、と。
ティルドは目をしばたたき、それから小さく礼のような言葉を呟いた。アロダはやれやれとばかりに天を仰ぐ。
道は決まった。決まっている。
それは何とも単純だ。魔女を追う。
ふとティルドは、何故ユファスはメギルを恨むようなことを言わぬのだろう、と思った。
冷淡なのかもしれないと兄は自身を評価して、少し落ち込んでいたようだった。だが怒りを燃やそうと罵るような真似もなければ、騙されかけたにも関わらず「あいつ」だの「魔女」だのと言わず、普通の女性に対するように「メギル」「彼女」と言っている。
おそらく、それが兄の性格なのだろう、などとティルドは思った。
誰にでも優しい。
それが必ずしもいいことだとは少年には思えず、まして相手があの魔女であれば言うまでもない。
彼はふと、そこをすくわれることにならなければよいな、などと思ったが、若い少年の内にそのような危惧が長くとどまることはなかった。




