06 待ってなんかいられるもんか
頃合いを見計らって話をしたつもりだったが、たとえどの時機を掴もうとも、弟が激高するのを抑えられるはずはない、とユファスは知っていた。
「あいつが、ユファスの前に現れただって!?」
案の定ティルドは大音響で叫び、怒りだか憤りだかで顔を赤くした。
「ひとつ、訊いておかなきゃな、ティルド」
「何だよ」
「どうして、お前の仇が女だって言ってくれなかったんだ。もうちょっとで僕は騙されるところだったよ」
「言わなかったって? 俺が?」
「そうさ、あいつとか魔術師とか。どんな女性なのか言ってくれてたら、僕は最初から警戒……したかどうかは判らないけど、もっと早く気づいたかも」
「別に、隠してたつもりなんかねえよ」
ティルドは戸惑ったように言った。
「言ったか言わなかったかなんて覚えてないさ。ただ俺は、俺には当たり前すぎることだったから、言い忘れてたかもしんねえけど」
「『かも』じゃないよ、言ってない。そりゃ『魔女』だなんて言い方はあまりいい表現じゃないにしても、金髪の女だとか具体的に言ってくれれば……まあ、僕も聞かなかったんだし、最終的に腕輪は無事だったんだからいいけど」
「そうだな。俺が一個、犯罪歴を持っただけだ」
額を押さえて少年は言った。
「あの町憲兵隊長め。どんな事情があろうと、次は容赦しないとか言いやがった」
「次がないといいね」
「よくねえよ! あいつに会えば俺は剣を抜く、どこだろうとな。その機会がないってことは、あいつに会わないってことだ。それは、いいことじゃねえ!」
「判ってるよ」
ユファスは耳を塞ぐ真似をした。
「じゃあ言い方を変えよう。昼日中、人前でじゃなきゃいいな」
「……そうだな」
弟は仕方なく、それには同意した。
「俺だって、何度も捕まりたいとは思わないよ」
昼過ぎに暗い牢屋から解放されたティルドは、石の上で眠ったために痛む節々をさすった。
「でもあいつがいるなら、俺はいつどこでだって」
「判ってるよ」
弟は繰り返し、兄も繰り返した。
「それで、これなんだけど」
ユファスは翡翠の腕輪を取り出した。
「どうしよう」
「どうって」
「魔女はこれを追ってくる。そうなるとお前は、持っていたいかな」
「どっちでも」
ティルドは肩をすくめた。
「あいつが俺を追おうと追うまいと、俺は追っかける。狙ってくるならユファスに持たせるのも心配だけど、守りにもなるんだろ?……俺はそれを守りにしたいとは、思わないんだ」
自身がこれを持っていたために魔女の火から助かり、アーリは死んだ。そのことは彼の心に傷を残している。
「だいたい、俺は兄貴に持っててほしいって言ったのに、任務だから俺が持ってるべきだって言ったのはそっちだろ」
「そうだけど」
ユファスは曖昧に言った。魔女がお前を追うようでは心配だ、などと言えば弟は反発するだろう。
「じゃあ、たまに交替ということにでもしようか」
彼はそんなことを言った。実際、メギルへの攪乱にもなるだろう。
「僕が腕輪を持っているときは、お前がこれを」
ユファスは赤い石の飾り物を取り出した。
「前にも言ったけど、エイルがくれたものだ。導師と呼ばれるくらいの人が作ったもので、確かに魔女への効果はあるそうだよ」
「要らねえよ」
「そう言うなよ、せっかくふたつあるんだから、それぞれが持っていればいいだけのことじゃないか」
その言葉に弟は渋々手を差し出した。
「本当は身につけるのがいちばんいいらしいけど、持っているだけでもかまわないとか」
「まあ、持ってるだけなら」
ティルドは赤い石を胡乱そうに眺めてから、隠しにしまった。
「僕も、首飾りは服に隠せるからかけていたけど、腕輪をつけるのは目立つかな。お前に倣うよ」
言いながら兄も同じようにする。
「それで、これからどうするんだ?」
ユファスは問うた。
「メギルとかって例の魔女は腕輪をどうにか手に入れたいんだろうけど、彼女の来訪をのんびり待って捕まえて、冠はどこだって訊くしかないのかな?」
「冗談」
ティルドは不味いものを食べたとでも言うような顔をした。
「待ってなんかいられるもんか。追う」
「どうやって。どこにいるかも判らないのに」
「探す」
「だから、どうやって」
兄はもっともな指摘を繰り返し、回答を持たない弟は黙った。こうしてメギルが現れたいま、魔女が協会に登録したという東の町には意味などないように思えた。ユファスには最初から、意味がないと思えていたが。
「画期的な案がないなら、また魔術師協会だね」
「ローデン様に訊いたってあいつの居場所が判るとは思えないな」
「違うよ、ローデン公爵に話を聞きたいなら、アロダ術師に頼った方がいいだろ」
「……俺はそれも気に入らないけど」
その言葉にユファスは肩をすくめる。
「どうして。協会の術師より、閣下が直接送ってきた魔術師の方が信用できないなんてのはおかしくないか」




