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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第4章

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02 聞き覚えのない声

 見た目には、何も変わらぬようだった。

 ヴェルフレストは最後まで完璧な「遠来の使者」を演じきって、ウェレス王に出立を告げた。「見聞を広めるためにもう少しゆっくり旅をしようと思っている」などともっともらしいことを言って、エディスンにまっすぐ引き返すのではないことを匂わせた。

 彼が不肖の王子と思われたかどうかは定かでないが、少なくともウェレス王が口にしたのは、「それはご立派だ」というようなことだった。

 カリ=スに対する態度も、変わったところはないように見えた。

 即ち、ほかの人間がいる前では一使用人として扱い、周囲の目が離れれば旅路の間と同じような軽口を叩く。

 当人は変わらぬつもりだった、と言った方がよいだろうか。

 というのもカリ=スの側では気づかざるを得なかったからだ。話をしている最中、ヴェルフレストの視線が彼から逸らされがちであることに。

 だが砂漠の男は何も言わなかった。

 それは、ヴェルフレストがそれを隠そうとしていることに気づいていたためであったろうか。

 エディスンの王子が遠路はるばるウェレスまでやってきて、表向きの「目的」である王孫への祝いと、この地の有益性を調べ終えれば、あとは帰るだけのはずである。

 しかしウェレスの地でうだうだと滞在を引き延ばしていても、「見聞を広めたい」のであればそれほど不自然ではないことになった。

 護衛の小隊は断りたかったが、そうもいかない。ウェレス王レンディアルとしては、彼の領地でエディスンの王子に万一のことがあってもらっては困るのだ。

 ヒサラがいれば兵士たちを適当に魔術で煙に巻いてしまい、殿下はご無事にウェレスを離れられました、とでも思わせるのがいちばん楽なように思った。だがラタンはヒサラの死を告げ、ローデンが代役が送ってくる様子もない。

 その事実に、多少の不安は感じた。

 ローデンは、ヒサラの死を知るのか知らぬのか。

 もしやエディスンに何かあったのではないか。

 宮廷魔術師はそのことに忙しく、彼の支援にほかの魔術師を送れないのではないか――?

 支援が欲しいというのではない。エディスンに何かあればと思うと、心が痛んだ。

 エディスンに安寧として暮らしている間は、自身の街についてそのように思うことはなかった。彼の父が治める街は常に安泰で、これからもそうであろうと漠然と思っていただけだ。

 だが、遠い地で故郷への責任や愛情を痛感したところで何にもならず、疑問の答えもまた出ない。魔術師ではない彼に、遠い北方陸線にある街と連絡を取る術はないのだ。

 王が彼につけた小隊の行き先は隣街までと言うことになっていた。

 かと言って、そこで再び身軽な旅に戻れるかと言えばそのようなことはない。王直属の兵はそこで引き返すにしても、ウェレス王は自身の支配が及ぶ街町の端までエディスン王子を無事に送り届けたいはずで、その臣下たる貴族たちはその意向を汲むはずだ。

 そうなれば通常の危険──賊や魔物の襲撃──からはほぼ安全であった。

 何を考えているのか判らぬ魔女「たち」や神官がおかしなことを企めば判らなかったけれど、隊全体を巻き込むほどの魔術は、高位の術師とされるローデンでも厄介なことである。こうしている間はおそらく何もないだろう、とヴェルフレストは踏んでいた。

 それはいささか面白くないようにも思ったが、口にするのは避けた。そのようなことを言えばカリ=スは咎める。

 少し前までそうしてカリ=スが彼に反論するのを面白く思っていたヴェルフレストだったが、心に染みを覚えて以来、あまりカリ=スと話をしたいとは思わなくなっていた。

 そうなると小隊に囲まれた旅路は、ぴったり張り付いているカリ=ス以外の人間──主には小隊長──と話をするのに都合がいい。

 ヴェルフレストは、王子に粗相があってはならぬと萎縮する小隊長を隣におきながら、口数の少ない旅路を送った。

 頭に巡るのは、答えのでない疑問ばかりである。

 ヒサラはどんなふうに死んだのだろう。

 ラタンはどこでどうしているのか。

 そして、彼の父は。ローデンは。

「殿下」

 呼びかけに、ヴェルフレストはごく自然に――それを装って――馬車の窓から振り返った。見なくても判っている。よく見慣れた肌の黒い男が彼に声をかける機会をうかがっていたこと。

「何だ」

 カリ=スは王子の馬車に馬を寄せる。

「よろしいか」

「何だ、と言っている」

「では」

 滅多なことでは様子を変えぬカリ=スが声をひそめ、内緒話をするように顔を傾けるのを見たヴェルフレストは、珍しいこともあるものだと思いながら同じようにした。

「声がした」

「何?」

 王子は眉をひそめる。

「何の声だ」

 誰の、と言うべきか、と彼は続けた。

「判らぬ。聞き覚えのない声だ」

「魔術か」

「かもしれない。おそらくはそうなのだろうと思う」

 これまた珍しく、はっきりしなかった。判らなければ「判らぬ」だけで終わりそうなものだ。

「ローデンではないのか」

 答えは判っていたが、彼は言った。宮廷魔術師が彼に直接声をかけることは不可能ではないはずだが、どのような理由だか――どうせ、星がどうのと言うのだろうが――ローデンがそうしてきたことはない。

 案の定、砂漠の男は首を横に振る。


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