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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第3章

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10 穏やかでないな

「『意味のないたとえ話』か」

 王は少し皮肉げに言った。

「アドレアがエディスンの指輪を知れば、何だ。彼女が奪いでもしたか」

「有り得ます」

「有り得る、か」

 王は呟いた。

「物事は何であろうと『有り得る』」

 そのように言っても彼はローデンを責めたのではない。長き友は王の苦悩を理解して黙った。

「まずは、火事だ。真にリグリスの仕業ならば」

「間違いないと言いましょう」

「魔術と異なる技という話だな。神術か」

「八大神殿は気に入らぬでしょうが、その言い方が近いでしょうね」

「協会ならば防げるか」

「難しい。不可能に近い」

「ではお前は」

「同様です」

「正直だな」

「そう心がけております」

「だが防がねばならぬ」

 王ははっきりと言った。

「ティルドとヴェルフレストの方は」

「ひとつ、気になるところがございます」

「ひとつか」

 王は自嘲するようにいった。

「ひとつならばよいが」

「正直を心がけると申し上げたばかりでしたな。では訂正いたしましょう。ひとつでは済みませぬ」

「そうであろう」

 カトライは手を振り、苦々しい顔が浮かぶのを隠そうとした。

「何事だ」

「まずはティルド。魔女の影が見えます」

「アドレアか?」

「いえ、リグリスの魔女ですね。おそらく、町憲兵隊長の言っていた先旬の魔火の主」

「そして、ポージルと少女を焼いた、か」

「おそらく」

 ローデンは繰り返した。

「ティルドが仇と追う魔女が、彼を腕輪の持ち主として追う。腕輪はティルドと結びつきを強くした。少年の手から放されなければ容易に敵の手には渡らぬはず」

継承者(・・・)、なのか? あの少年が――風食みの」

 風司の言葉にローデンは驚いた顔をした。

「継承者、ですと? 陛下がエアレスト様から冠を受け継いだように、デルカード様がそうされるであろうように?」

「おかしな言い方だったか。腕輪は西の街に伝わり、ティルドはエディスンの近くで育っている」

 カトライは自身の言葉を打ち消すように首を振った。ローデンは考えるようにする。

「確かに血筋が伝えるものは強く濃い。しかし流れ行く水が急に消え去ることはありません。消えたように見えても崖の向こうには滝となって流れている。せき止められればあふれ出て、いずれ新たなる流れを作る。血筋が絶えても、続いていくものはある。継承――受け継ぎし者、という言い方は適しているかもしれませんな」

 ですが、と彼は言った。

「何故ティルドが腕輪の継承者と?」

「腕輪の力で魔女の火を逃れたというのだろう」

 王は肩をすくめた。

「聞いたときはそれを腕輪の力と考えていたが、そうではなく、少年の力と考えるべきではないかとな。風司の力なくば風具は操れぬ、そのはずなのだから」

「それが、ティルドの星巡りだと」

 魔術師は呆然としたように言った。

「さてな」

 王は肩をすくめた。

「それはお前の読むものだ、術師」

「仰る通りです」

 答えながらローデンは眉間を押さえるようにした。

「私が見たものはそれなのか。何と――幾つになっても読み切れぬものの多い」

「仕方なかろう、お前はまだひよっ子だそうではないか」

 カトライが澄まして言うと、ローデンは曖昧に笑った。

「魔女の言葉を覚えておいでですか。私を雛呼ばわりするだけでも充分、あれは長い年月を送っていると見ることができますな」

「全く、可愛くない雛もあったものだ」

 王が言うと、臣下は許しを請う仕草などした。

「ティルドが真に風具の継承者であるならば、火の魔女にも易々とは屈しまい。そうであるとよい、と言えばお前の台詞のようだが」

「〈希望のみを頼りにするは愚かだが、希望を捨てるはより愚か〉と言いますな」

「愚か者にはなりたくないものだ」

 王はそんな返答をした。

「それで、次の問題は何だ」

「ティルドの次はヴェル様です」

「白き魔女か」

「それもあります。気になるのは」

 魔術師は嘆息した。

「ヒサラのこと」

「それはヴェルフレストにつけた術師であったな」

ええ(アレイス)。連絡が取れませぬ」

「何だと」

 カトライの目が厳しくなった。

「どういうことだ」

「判りません。何らかの術に巻き込まれているか、それとも死んだか」

 彼は哀悼の印を切りかけ、それを取り消す仕草をした。

「正直なところを言えば、後者の可能性が高いと思っております。ですが認めたくはない」

「穏やかでないな。無事であればよいが。私とて、若者を死地に追いやったなどとは思いたくない」

「最上でも、困難な状況にいるでしょう」

「救ってやれぬのか」

「ティルドやヴェル様を救えぬのに?」

「風具の探索の話ではない、お前が得意とする魔術の話ぞ」

「同じです。私は、動けない」

 それが魔術師の「魔術的な」答えだった。カトライは苛々と手を振る。

「お前が動けぬなら、ほかの術師をやればよかろう」

「ヒサラはヴェル様のもと、アロダはティルドのもと、コレンズにはここで私の助力をしてもらわねばならない。また新たに協会から召集をせよと? 無理です、彼らは厳選された三人だ」

「では神殿は。何か言ってきたか」

「何も。彼らはヤナール神殿長のもと、陛下にご協力をすることを約束いたしましたが、魔術師協会(リート・ディル)のように割り切って役割を果たすという気分にはなれぬようです。私という、魔術師の下につく形になることを嫌がっておるのでしょう」

「リグリスのことにしても、そうだな。三年前に火神の教会を作りたいと言い出した男。その話を思い出すのに今日までかかったとも思えぬ。私に話をするべきかどうか、神殿長同士で議論でもあったのだろう」

「そのようなところでしょうね」

 ローデンは同意した。

「ヤナール神殿長はエディスン王家へ敬意を持っておいでだが、忠誠を誓わぬことでは魔術師協会長(ギディラス)以上です」

「どうあれ、ヒサラ術師に何かがあった。ヴェルフレストの近くに敵がいるか」

「そう考えるのが妥当でしょう」

「そして私にできることはないと言うのだな」

 王の口調に皮肉めいたものはなかったが、まるで皮肉のようだと思ったか、彼は謝罪の仕草をした。

「変わりなき政を行われることが第一です」

 それが宮廷魔術師にして第一顧問の回答だった。

「リグリスがわれらの足下に文字通り火をつけようとしているのなら、それに惑わされ、慌てることは敵の思うつぼかと。陛下は変わらずエディスンを平和に保ち続け、私は変わらずヴェル様とティルドの星を読みます。おそらくそれが、リグリスには気に入らぬはず」

「相判った。では嫌がらせ(・・・・)に精を出すとしよう」

 その返答はローデンが久しくカトライから聞いたことのなかった響きを帯びていた。若い頃に王子だった彼がよくやった、どこかひねくれた物言い。いまでは完全に影をひそめ、第三王子ヴェルフレストにだけ引き継がれていたようなそれが、初老の域にさしかかろうとしている王の様子に不意に蘇ったようだった。

「カトライ」

「何だ」

 一(リア)ローデンの目に映った二十代の若者の姿は、幻のように消え去った。そこにいるのは、出会って二十年の月日を重ねた友にして、生まれながらにエディスンの地への重責を担った男。

風神(イル・スーン)の祝福は、常にあなたのもとにありましょう」

「たとえ目に見えなくても、な」

 そこにもやはり皮肉や嫌味はなく、王はただ思うことを口にしたようだった。そこに若き日のカトライを見たのが凶兆であるのか吉兆であるのか、エイファム・ローデンは読むことができなかった。


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