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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第3章

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09 〈白きアディ〉

「なれば、祭りまでに冠を取り戻すことは難しいのでは」

 彼の父の代から仕えている老いた伯爵の言葉に王はうなずいた。

「そうなるかもしれぬ。だが祭りは行う。予定通りにな。しかし儀式は、冠がなくては行えない。風神に捧げるものがなくてはならない」

「ですが、陛下。儀式があっての祭りでは」

 学者風の子爵がまた言えば、王はまたうなずいた。

「そうだ、本来はな。だが街びとの娯楽のためにも、『祭り』と言われるものは予定された日程で行う。儀式は遅れてでも、冠が戻ってきてから行うとする」

「或いは」

 ローデンが声を出した。カトライをはじめとする全員の視線が魔術師に集まる。

「指輪が」

 突然の、予想もしない言葉に一同は顔を見合わせるようにした。宮廷魔術師が神殿長に視線をやると、老神官が声を出す。

「ええ、かつて、エディスンには〈風見の指輪〉と言われるものがあったと言う記録が見つかりました。知識神(メジーディス)のもとに残されていた古い記録です。それは冠と同等の役割を果たすと考えられる」

「そのような、聞いたこともないものを探すのですか」

 困惑したような声が上がった。

「冠を取り戻した方が早い」

「そうかもしれぬ」

 カトライは言った。

「どちらにせよ、戻ってからだ」

「指輪に関しては、ヴェルフレスト王子殿下が必ずや、在処を掴んでこられます」

 またも突然のローデンの言葉に、会議室はざわめいた。

「確信しているように言うのだな?」

 諸侯を代表するように、王は魔術師に言った。

「ええ」

 ローデンはうなずいた。

「確信をしております」

 その力強い台詞にどう思ったとしても、王の第一顧問にして宮廷魔術師である男に面と向かって異議を唱えようとする人間はいなかった。

「どういうつもりだ」

 会議を終えたあと、私室に戻ったカトライは、疲労したように金の飾り輪を頭から外してそれを卓の上に置いた。

「ヴェルフレストの話をするとは」

「してはなりませんでしたか?」

 同行したローデンは肩をすくめた。

 会議は平穏に終わったとは言い難かったが、それでも諸侯に現状を伝え、王の意志を伝える役には十二分に立った。不安を煽っただけになったかもしれなかったが、隠し立てを続けてもよいことはないと判断してのことだった。

 事実、平和の裡にあったエディスンに暗雲が立ちこめるかもしれぬという嬉しくない話題は、諸侯をよい意味で緊張させたようだった。祭りが滞りなく行われるらしいというので、それに関わる利益が減ることはなさそうだと安堵した者もいたことだろうが。

「いや、ならぬと言うのではない。彼らはヴェルフレストが外交のためだけに出かけているのではないと驚いたようだが、私はもとより、隠すつもりはないからな」

 カトライはそう言うと、長椅子に座り込み、ローデンも倣った。

「ただ、どういうつもりだと言っているのだ。指輪とヴェルフレストと――あの魔女がどう関わるか、お前がどう考えているか告げてみよ」

「陛下ご自身、既に答えを出されているのではありませんか」

 ローデンは嘆息した。

「〈白きアディ〉は指輪の行方を知っている。少なくとも、何らかの関わりがある。それを陛下と殿下に告げている。そして殿下はその話を私にされなかった。かの魔女が何故か指輪を殿下に持たせる気でいることも気にかかります」

「魔女が、ヴェルフレストに指輪を――か」

 王は首を振った。

「愛の証に贈る指輪でなければよいがな」

 かつて不思議な魔女に心惹かれた若者であった男は、皮肉めいた冗談とともに危惧の吐息をもらした。

「アドレアは敵ではないかもしれんが、単純に味方とも思えぬ。目的はともかく、あの魔女がヴェルフレストを風司に仕立てようとし、ヴェルフレストもそれに乗るようなことがあれば、私は息子を処罰せねばならぬかもしれん」

「そのような戯けた話にはならないと思いますが」

「思いたい、のだろう」

 王の指摘に魔術師は片眉を上げた。

「よくお判りですね」

 カトライは面白くもなさそうに笑った。

「何故、彼女が〈白きアディ〉と呼ばれると思います」

 不意にローデンはそんなことを言った。カトライは首を傾げる。

「髪の色ではないのか」

「それもあるでしょう。ですがそれだけではない。魔術が忌まわしいと言われるのがただの偏見だけではないこともまたご存知でしょうが」

 ローデンのほのめかしに王は苦々しくうなずいた。

「黒魔術だの、闇の技だの言われる類だな」

「われわれ魔術師は、そのようには言いません。魔力は魔力。魔術は魔術。白いも黒いもなく、正しいも誤りもありません。ただ、敢えて『逆』を言うことで打ち消す、というやり方があります」

「ふむ?」

 カトライは意味が判らないと言うように首をひねった。

「では言いましょう、カトライ。彼女が〈白きアディ〉と呼ばれるのは」

 ローデンは肩をすくめた。

決して(・・・)白くはない(・・・・・)からです(・・・・)

「──魔術師というやつは」

 カトライは嘆息した。

「魔術師なりの捻れた冗談と言えるかもしれませんが」

 ローデンはそんなことを言った。

「名をはっきりと口にするのは、よろしくない。呼び、呼ばれることになる。魔術師はそう考えます。その結果として生じる呼称でもありますな」

 魔術師が持つふたつ名は、ただの通り名や箔づけとは違うのです、と魔術師は言った。

「高位の魔力を持つ者に対してもそう言った警戒をします。たとえば〈魔術都市〉。かの都市の王や王子たちは、滅多なことでは名を呼ばれない。独特の敬称で呼びかけます。それは彼らがこの理に重きを置いているから」

「〈生ける伝説〉なる都市か」

 カトライは首を振り、魔除けの印を切った。

「かの魔術都市は怖れるべき街ではありませんよ。確かに一時期、淀みは酷かった。けれどあの街は、魔術を行う者には何とも都合のいい、暮らしやすい場所なのです」

「行ったことがあるような口振りだが」

「ええ、行きました。若い頃にね」

 ローデンは思い出すように目を閉じた。

「日常生活の全てが魔法の流れに乗っ取って定められている。魔術師にとって、あれほど心地よい空間もない。あの街を離れるのはつらかったものです。生ける伝説とまで言われるのはあの閉鎖的な生き方からでしょうが、あの内にいれば世界はここで完成していると思う。開かれるべきではないと判る」

 目を開けると魔術師はわずかに息を吐いた。

「伝説は彼らが作り上げたのではなく、魔術師でない人々が怖れて作り出したものです。ですが、それが防壁となって余計な好奇心を近づけずに済むようになった故、彼らは子供を脅す役割でその名を口にされようが、気にしないどころか喜びますね」

 そこまで言うとローデンは、話題がずれてしまった、というように手を振った。

「つまり、彼女が〈白きアディ〉と呼ばれるのは、あれが強い力を持つ魔女だからなのです」

 警戒は怠れませぬ、とローデン。

「お前も何か呼ばれていたようだが」

 カトライの言葉にローデンは片眉を上げる。

「〈混沌の術師〉と」

「ああ、それですか」

 魔術師は苦笑した。

「昔の呼び名です。あなたに初めて会った頃、私は導師の身にありながらも、世辞にもよい術師であったとは言えませんでしたからね」

「『魔女から救えばいくら出す』と王子に(ラル)を要求した外れもの(ラゲンド)であったな」

そうですね(アレイス)

 かつての王子の言葉に、かつての外れものはうなずいた、

「懐かしいですが」

「思い出に浸っている場合でもない」

 王はにやりとした。

「そんなことは、年を取ってからやればよい」

 若者の頃の言い方を使ってカトライは言った。ローデンは笑う。

「そういたしましょう、陛下。われわれにはまだまだ忌々しい仕事が残っている」

「アドレアと指輪の関係は判ったのか」

 王は話題を戻した。

「確かとは言えませぬが」

 宮廷魔術師は前置いて続ける。

「もし彼女が、エディスンに指輪があった時代を知るならば、話は判るようにも思えます」

「まさか。いかに魔女が長命でも……」

(祖父も、曽祖父も、と続くのではないだろうな)

 ふと彼は自身が投げた言葉を思い出した。

「しかし、まさか」

 カトライは繰り返して首を振る。ローデンも判らないというように 首を振った。

「少なくとも二十年前でいまと変わらぬ姿をしていた。それ以上のことは、何とも」


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