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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第3章

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05 様子を見てきてやる

 町憲兵隊長(レドキアル)を出せ、という少年の主張はなかなか通らなかった。

 頭のおかしいガキが何か喚いている、と思われる訳である。

 確かに、太陽(リィキア)の降り注ぐ平和な街なかで血相を変えて剣を振り回している人間などがいたら、そう思われてもおかしくない。ティルドだってそう思うだろう。

 仇を見つけたと言っても理由にならない。どんな形であれ、街なかで抜剣をしても罰せられないのは町憲兵か、ある程度以上の位を持つ特殊な人間だけである。

 だから彼が捕まるのは当然なのだ。

 だが、当然だからと言って納得し、おとなしく刑罰を待つという気になるはずもなかった。

「おいっ、隊長(キアル)はまだ戻ってこないのかっ」

 ティルドは痛む頭を堪えて叫んだ。こうして騒ぐのは何度目になるか、またかとばかりに見張りの兵は嘆息する。

 エディスンの兵で王の任務を受けているなどと言ったところでいまの状況では一笑に付される、最上でもまるで相手にされないのは目に見えており、こうなると唯一の望みは、以前にレギスで火事の調査をしたときに制服を着て訪れた少年のことを町憲兵隊長が覚えていてくれるかどうかだ。

 もちろん彼は位など持たない一兵士だから、たとえエディスンでも城下町で剣を抜けば罰せられる。

 ましてレギスはエディスン王の支配が及ぶ地ではないのだから、罰を免れることはできないだろう。だが、軽減してもらうことはできるかもしれないし、最悪でも「狂人」として収容所行き、などという羽目には陥らずに済むはずだ。

 そこまでのことになる前にユファスが──それともハレサが──彼の身分を保証してくれるだろうという期待もあったが、所詮、余所者か盗賊か、である。町憲兵隊の信頼を得るのは難しい。

 ティルドは息を吐くと狭くて暗い牢屋の床に座り込んだ。剥き出しの石が冷たいが、文句を言って改善されるとも思えなかったから、ただじっと耐えた。

(ちきしょう)

(魔女め、まんまと逃げやがって)

 美しい――とは、彼は冗談にも考えなかったが――魔女が彼の怒りを見て楽しげに笑っていたことが思い出されれば、ティルドは思いつく限りの罵りの言葉を吐く。町憲兵はちろりとそれを見るが、少年の状況にはふさわしいだけの台詞だったため、必要以上に興味を引くこともなければ、咎められることもなかった。

 メギルという魔女は、ティルドを追っているのようなことを言った。探し、追いかけるのならば彼の方だと思っていたけれど、考えてみれば簡単なこと。

 彼は、魔女が狙うものを持っているのだ。

(〈風食みの腕輪〉を)

(お渡し)

 少年は――はっとなった。

「ちょっと! 町憲兵の旦那! 俺の荷物はっ?」

 詰め所に連れてこられた彼は意識のないままで、装備一式をはじめ、衣服の隠しに入っていた小銭やら小物やらも全て取り去られている。

 もちろん、翡翠の腕輪も、であった。

「大切なものがあるんだ、武器じゃないからそれだけ俺に返してくれないか」

 見張りは、今度は何を言い出したのかとばかりに片眉をあげたが、やはり少年犯罪者に興味を向ける様子はない。

「頼むよ、旦那。大事なことなんだ」

 どう言えばよいだろう、とティルドは迷った。本当のこと――それは魔除けの力を秘めた伝説の腕輪で、それを狙う魔女は人間を燃やして殺すことを躊躇わない、など――を言えば、隊長の指示を待つまでもなく、彼は「狂人」決定であろう。

「頼むよ、旦那。お願いだ。あれは」

 彼は唇を噛み締めた。

「恋人の形見なんだ」

 それは何とも、ティルド自身に痛い嘘であった。

 全く完全なる口から出任せではない。彼の一夜の恋人の死は腕輪と関わりを持っていた。少年は勢いでそう口走ってから、どうにも苦いものを覚えてうつむいた。

 しかしその様子はずいぶんと打ちのめされたようだったから、町憲兵は一(リア)、彼に同情の視線を寄越す。

「恋人の死のせいで、あんな馬鹿な真似したってのか?」

 つい、と言った調子で町憲兵は声をかけてきた。

「酒に酔った様子もないし、頭がおかしいにしちゃ、こっちに刃物は向けなかったしな。奇妙だとは思っていたんだが」

「恋人の仇を見つけたんだ」

 ティルドは暗い色の瞳に炎を燃やした。

「街なかであることなんか、どうでもよくなった」

「そりゃあ、また強烈な発言だが」

 四十程度に見える町憲兵は困ったように唸った。

「理由はどうあれ、罪は罪だ。気の毒だが」

「そいつは判ってるけどさ。俺だって、どっちかっつーと法を守らせる側の人間なんだし」

 ぽろっとそんなことを言うと町憲兵の眉がひそめられた。

「何?」

「あ、いやその」

 ここで王の兵士だなどと言えば、やはり出任せばかり言うガキだと思われてしまう。それはこの状況では、よいことではない。

「その、町憲兵隊長なら覚えててくれるかもしれないんだけど」

 町憲兵の視線は、「親しみがある」というのはほど遠かったけれど、先ほどまでの「愚かな罪人」を見る冷ややかなものよりは普通の「一少年」に対するものになったようだった。

「どうしてもと言うんなら、なあ」

 町憲兵は腰を上げた。

「どうしてもだよっ」

 少年もまた立ち上がった。

「もしかして、いるのか、隊長(キアル)

 その指摘に町憲兵は気まずそうな顔をした。

「いる」

「おいっ」

「仕方ないだろう、捕まえた人間の希望をいちいち叶えてやる訳にもいかん」

 もっともな言葉にティルドは黙るしかない。

「落ち着いてくればイカレたガキという訳でもないようだし、様子を見てきてやるよ。隊長の時間が空いてることを期待するんだな」

 町憲兵はにやりとした笑みを浮かべてそう言うと、ティルドのもとを離れようとする。

「ちょっと待ってくれ、あのさ、腕輪を」

「腕輪?」

 町憲兵は片眉を上げた。

「そう、さっき言った……形見。よければそれだけ、持ってきてもらえないかな」

 少年は胸の痛み――形見という言葉で少女の死を思い出すせいと、ささやかな嘘をついたせい――をこらえて言った。町憲兵はまた同情に満ちた視線を送り、考えておく、と言った。


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