01 面白いたとえだと思うけど
町の場所を調べ、そちらに向かう隊商があるかを調べるのが少しでも早く先へ先へと行きたいティルドの役割ならば、通常の旅路に必要な食糧類や防寒着を用意したり、冬の旅にはどんな注意が必要が助言を聞くのがユファスの役割であった。
弟がまだ戻らぬ〈錆びた鈴〉亭の一室で、兄はほかにも調べておくことがあったと思い出す。
いや、確認すること、だろうか。
「アロダ術師」
彼は、彼らを護衛すると言った魔術師の名を呼んだ。
「お手すきなら話を聞いてもらえませんか」
ゆうらり、と煙が立つ。
魔術に慣れぬ青年にはそれだけでも肌が粟立つような感覚を覚える現象だ。
煙は次第に形を取り、実像を伴い出した。太めの魔術師が姿を現す。
「ユファス殿、何か」
「あなたはたぶん、ハレサとの話を聞いていたんじゃないかと思うんだけど」
その言葉に魔術師は片眉を上げた。
「弟君は直情のようですが、お兄さんはそうでもないようですね」
「ティルドだって考えなしって訳じゃ、ないよ。最短距離を行こうとするだけさ」
「そう言うのを直情と言うと思いますが」
ユファスは魔術師が冗談を言ったのかどうだろうと思ったが、特に追及はしないことにした。
「それで、どう? あなたたちのように、陛下の命令を受けて」
「私は魔術師協会およびローデン術師の、神官殿は神殿の指示に従っております。失礼ながら王陛下のではない。此度に限っては形式上、お仕えするという形を取っていますがね」
「まあ、それはいいけど」
元エディスン王の兵士は少し眉をひそめたが、魔術師や神官が政に関われば混乱のもとだということは知っていた。
「誰のでもいいけれど、あなたたちが従おうと思う相手の指示によるんだろう。そうではない状況で、あなたが神官と連れ歩くことはある?」
「まず有り得ませんな」
魔術師の答えはきっぱりとしていた。
「この道に進む前からの友であるとか、そうですな、兄弟姉妹ででもあれば別ですが、神官と仲良く散歩などしないように思います」
「それはあなた自身の嗜好の問題、それとも魔術師全般に共通するのかな」
「ほぼ共通すると考えていただいてけっこうかと」
ただし、とアロダはつけ加える。
「ごく稀には、何かのきっかけで意気投合し、友人関係を築くようなこともあるやもしれません。ですがおそらく、表だって交流することはしないでしょうな。例えて言うならば、身分違いの恋みたいなものですので」
「成程ね」
少しふざけたような物言いに聞こえたが、判りやすい例えでもあった。
「それじゃ」
ユファスは腕を組んだ。
「あなたの考えは?」
「ひとつ、それは神官ではない。ふたつ、魔術師に近い神官である。そのどちらかですね」
アロダの返答は早かった。
「魔術師に近い?」
後者の意味を掴み損ねたユファスは問い返した。
「神官にはそんなに種類があるのかい?」
「そうですね、一般に知られているよりは」
アロダは軽く肩をすくめた。
「非常に大まかで簡単な分類をするなら、八大神殿に仕える者とそれ以外、ということになりましょうね」
ユファスは顔をしかめた。もちろん「それ以外」がどのあたりを指すかは判っている。
「僕も考えたことではあったけど、できればあまり考えたくはないことだね」
言いながら彼は魔除けの印を切った。
七大神と言えば神界七神を指すが、八大神殿という言い方になるとそれに冥界の一主神が加わる。
ほかに神界の従神や冥界の主従神に関わる神官も、絶対的な数は少ないものの、皆無ではなかった。
対して、表向きには決して存在しないもの。
探そうとしたところでその看板が見当たらないという意味では盗賊組織以上だ。
獄界神。
人は、その世界と神々を怖れる。
人が死ねば、〈魂の導き手〉ラファランが冥界へ死者を導くと言う。そこにはラ・ムールと呼ばれる大河が流れるとされた。人は〈迎える者〉アルムーディ・ルーの御手に抱かれ、その水に浸かって安らぎを得る。〈裁定者〉コズディムの秤で終えた生の価値を測られ、再び大河に戻されて〈送る者〉ザルムーディが次の世に送り出してくれる日を待つ。
それは正しき理である。
人々は、人の命が失われれば悼む。だがそれでも、死者が冥界へ行き、正しき裁きを受け、また送り出されることは正しき理だ。悼むべきことであっても忌むべきことではない。
忌まわしきは、獄界。
どんな事情によってか、ラファランの導きを得ることができなかった死者の魂はいずれ〈黒きラファラン〉とだけ言われる名もなき存在に攫われ、悪魔たちに喰らわれる。〈死神〉マーギイド・ロードの慰み者になり、〈恐怖の支配者〉ロギルファルドに永遠にさいなまれる。
それは、あまりにも怖ろしく忌まわしすぎて、子供を脅したり叱りつけたりするときにすら使われることのない名前だ。
良識のある人間ならば、気軽にその名を口にすることはまずない。
「あなたは本気でそれを考えてる訳かな?」
「そんな冗談を言って何か面白いんですかね」
太めの魔術師は、ふんと笑った。
「ご存知ではないでしょうから言いますが、セル。魔術師の操る力と神官のそれは似ていても異なります。そうですね、たとえば」
魔術師はユファスをじろじろと見た。
「魚の肉を叩いて小さく丸めて揚げ物を作ったとしましょう。それと、獣の肉で作ったものは、一見したところ似て見えますし、油のために味も似通いましょう。けれど、判るものにはその差は歴然としますね」
ユファスは笑った。
「僕が料理人だからそんなたとえをしてくれるのかい」
「そのようなところです。そして、八大神殿の神官が操る神術が淡泊な白身魚の揚げ物だとしたら、それ以外のもの――はっきり言うなれば、獄界神を崇めることで力を身につけたものの術は、赤身魚のなかでも味の濃いオール魚か、それとも獣肉のなかでは淡泊な鶏か、というところです」
「面白いたとえだと思うけど」
料理人は拍手をした。
「『魔術師の使う魔力に似ている』だけで充分だよ」
「そうでしたか」
アロダは少しがっかりしたようだった。
「つまりあなたの言うのは、その神官とやらが例の〈業火〉の使徒だと?」
彼らの「敵」が獄界神を崇める神官らしい、という話はアロダから聞いていた。忌まわしく怖ろしいとは思うものの、正直なところを言えば実感が湧かない。通常の魔術だけでも彼らには遠い存在だ。まして、黒きものなど。
「有り得ます、というだけです」
魔術師は苦い顔をした。
「神官たちの決まりごとに詳しくはありませんが、獄界神の神官の禁忌は七大神のそれより緩いと言いますか、だいぶ趣を異にすることは否めないでしょうね」
「成程ね」
ユファスはうなずいた。
「成程。陛下やローデン閣下がティルドを心配して、あなたや神官殿をつけるも道理、か」




