表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

135/449

11 火は我らの力

「認めたくはありませんわね」

 メギルは拗ねるように言った。リグリスは笑う。

「お前よりも誘惑の技に長けているやもしれん。そうなればサーヌイなどは、お前のことなど忘れて、向こうの魔女に夢中になろうな」

「彼をどうこうする気はありませんけれど、せっかくの崇拝を失うのもあまり嬉しくありませんわ」

 リグリスは今度は笑わず、じろりとメギルを見た。メギルは謝罪の仕草をする。

「では、例の少年の方は」

 その言葉にリグリスは片眉を上げた。

「何を言い出す。あの子供は必要だ」

「無論、判っております。ですから、その連れを」

「ふむ」

 司祭は考えるように顎に手を当てた。

「悪くはないが、先日の件はもうローデンに気づかれているかもしれん。同じ手は使えない。となればサーヌイにはいささか手強かろう」

「面倒ごとが多すぎますわね」

 メギルは心配そうに目を伏せて言った。彼女のそれは皮肉ではなかったが――大事な主にそのような口を利く気質はメギルにはなかった――リグリスはすっと目を細める。

「だが、面倒だと言っていつまでもローデンを避けている訳にもいかぬ。ひとつ、やつの足下に火を放ってやるか」

「足下、と言われますので?」

そうだ(アレイス)。風司の道具たちに気を回すあまり、身近なところが疎かになっているようだからな。遠方を気にする暇を作らせぬようにしてやろうか」

「そうすれば、風食みのことにも手が回らなくなるやもしれませんわね」

 女魔術師は主の意向を汲んだ。

「私がついて参りましょうか?」

「そうだな。あやつが力を上手く働かせることができなければ、補助して、働いたように見せてやれ。いまに自分の仕事が判ろうよ」

「お任せを」

 魔女は満足そうに笑むと立ち上がった。

「火は――大好きですわ」

「それでこそ、私の魔女だ」

 リグリスは唇の両端を上げて笑みの形を作り、彼の隣にやってきたメギルの口づけをそのまま受けた。

「火は我らの力であり、守りだ」

「ええ、ドレンタル様」

 メギルはリグリスの言葉に声にうっとりしながら返し、男の身体に火をつけるかのような熱い口づけを続けた。

 それはまるで熟練の春女のようでもあったが、深く男を愛する女のようでもあった。

 リグリスが同じ形で彼女に愛を返すことはなかったが、メギルはこの関係に充分、満足をしていた。

 彼の隣に居続けるためならば、彼女はどんなことでもするだろう。

 かつて彼女がともに旅をした戦士たちの多くは、火の術を持つ彼女を「便利な魔術師」くらいにしか考えていなかった。

 しかし彼女は、それでも仕方がないと思っていた。

 彼女が得意とする火の技は、街道で魔物たちを相手にするのにいちばん向いている。街なかで協会のために誠実な仕事をするには、メギルの能力は攻撃的でありすぎたのだ。

 だからと言って「魔術師」たる道を捨てるには魔力がありすぎた。

 彼女にはそれしか、道がなかった。

 それでも、そうして生きていくのだろうと思っていた。

 そうした旅の一団はざらにいたが、そのなかでも彼女が行動をともにした三人の戦士は腕がよく、まるで冒険物語のように魔物を退治し、洞窟を探索し、賞金首を倒し、宝を手に入れた。

 戦士のひとりと恋仲になり、このままこうして生きていくのだろうと思っていた。

 恋人と思っていた男の豹変と、ドレンタル・リグリスの誘いがなければ。

 メギルはその日、生死をともにしてきた男たちと分かれ、初めて出会った見知らぬ神官、オブローンの名を口にする怖ろしい男の手を取った。

 後悔はない。

 これが、彼女にとって唯一の道だったといまでも変わらず、思っている。

 リグリスは、彼女の火術を「魔物を倒す技」ではなく、火である故に尊重をしてくれる。それが彼女には喜びだった。

 この男が彼女の魔力を利用したいだけであることは判っている。

 それでも彼女には喜びだったのだ。

 メギルは、かつての若い恋人よりも深く、年嵩の男――獄界神の司祭を想うようになっていた。

 リグリスがそれを知り、その上で彼女を利用し続けようとしていることもまた、判っている。

 火の術に長けた魔女の心はその技と同じように、自らか相手を、それともその両方を焼き、焦がすようなものを求めていた。

 それが彼女を栄光に導こうが破滅に突き落とそうが、それが魔女の選んだ道だった。

 自身が滅びるとしても一向にかまわなかった。

 その思いは風が火に力を与えるかの如く、彼女の火を強くした。

「ドレンタル様」

 女は囁いた。

「必ずや、風神の力をあなたのものに」

 男はそれには何も答えず、女の身体を探った。

 女は愛で力を得たが、男は力のために愛を利用した。どちらも互いにそれを知り、暗い欲望は黒い炎となって彼らを燃やす。

 風具を手にし、風司の力を得ることは、彼らの望みであり、喜び。

「力か」

 リグリスは呟いた。

「業火の力を強く得た、暁には」

 その顔に歪んだ笑みが浮かんだ。

「まずは、エディスンから滅ぼしてやるとするか」

「お望みの……ままに」

 熱くなっていく吐息の合間からメギルは声を出した。

 彼らの夜は、はじまったばかりである。

 その夜は栄光へと、続いていくのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ