08 語るに落ちたな
「ごまかされるな、ヴェル」
カリ=スは簡潔に言った。
「私がこの男を奇妙に思うことと、その魔女の話は関係がない」
「――だそうだ」
王子は神官に水を向けた。
「次の言い訳は? ラタン神官」
「言い訳など」
神官はまた息を吐いた。
「では、ローデンに連絡を取ってもらおう」
「いま、ですか?」
「そうだ」
王子がうなずくと、神官は困った顔をした。
「申し訳ありませんが、殿下。わたくしは魔術師ではありませんので、ローデン術師に声をおかけすることが」
「できぬと言うのか?」
王子は意外そうに目を見開いた。
「ローデンからの伝言はないと言い切ったのに?」
「それは、向こうからわたくしに声をかけることは可能なので」
「では、何のためにここに姿を見せる。ヒサラがしたように俺に忠告でもあるか」
「ございませぬ」
自身の旗色が悪いことを自覚するかのように、ラタンは目を伏せた。
「ただ、殿下がご使命について何か新たにお掴みならば、お話を伺っておくべきかと」
「使命」
ヴェルフレストは繰り返した。
「首飾りか」
「そうでございます」
神官は目を伏せたまま言った。このようなことを言えば却って怪しまれるのは承知であるというような、従順な態度であるように見えた。
「殿下、お聞きいただけますか」
「何だ」
意を決したように目を上げた神官にヴェルフレストは尋ねるようにする。
「こうなると、心配でございます」
「何がだ」
ヴェルフレストはまた問うた。神官は、また床を見ると躊躇いがちに続けた。
「たいへん失礼な申し出であることは承知でございますが……ひとつ、お願いが」
「言ってみろ」
隣でカリ=スが剣を握り直す気配を感じながら、王子は言った。
「殿下に、件の魔女の魔法がかけられていないかどうか、調べさせてはいただけませんか」
「何だと」
ヴェルフレストは片目を細めた。
「心配なのです」
ラタンはまた言った。
「殿下がそのように、わたくしを警戒される。その理由は、魔女がもたらしているのではないかと」
「まだそれを言うのか。ならば、カリ=スの疑いはどう晴らす」
「それは」
ラタンは肩をすくめた。
「追い追いに」
その返答に王子は微かに笑った。
「こうして剣を向けられているというのに、悠長だな」
「命乞いでもすればよいでしょうか?」
ラタンは同じように笑んでそう返した。
「殿下が命じられない限り、カリ=ス殿はわたくしを斬ることはないでしょう。そして殿下がわたくしに不審を抱かれる理由は、魔女の魔法でなければカリ=ス殿への信頼による。斬れと命令されるだけの根拠はお持ちでないと見ましたが」
「お前は俺を豪胆だとか言ったが、その言葉は返した方がよさそうだな」
ヴェルフレストは呆れたように言う。
「俺が万一お前の案じるように魔術に操られていたら、躊躇わずに斬らせるとは思わないのか?」
「殿下は賢くていらっしゃいますから、たとえ何らかの術をかけられていても、そのような命令を下す前にじっくりと考えられると思っております」
「なかなか、言うようだ」
王子はじっと神官を見た。言葉だけを取れば褒め言葉のようだが、不思議とそうは聞こえない。追従か、それともごまかしか。
その横で、カリ=スは気づいていた。ヴェルフレストは一度もこの状況を「面白い」と言っていない。
しかし、それはヴェルフレストの様子がおかしいと見るべきか、王子が本気で神官を警戒しているものか。
前者にしても後者にしても、そこに本当に魔術の影響はないのか。
砂漠の男にはその判断は付かなかった。彼はただ、自身の感覚を信じるのみ。
「ヴェル」
彼は言った。
「命令を」
「それは……できん」
ヴェルフレストはゆっくりと答えた。
「ラタンが何かを企んでいるとしても、それが何なのかは判らない。殺すまでの理由がないのは確かだ」
「企むなど、とんでもない」
神官は少し苛つきだしたように見えた。
「いい加減にしていただきたい、カリ=ス殿。まさか、あなたまでアドレアの魔術にかかっているのではありますまいな」
「――カリ=ス!」
ヴェルフレストは叫んだ。その一言で、戦い手には充分だった。
カリ=スはそのまま強く一歩を踏み出すと、自身の曲刀を振りかぶった。
「何を」
ラタンは目を見開いてばっと後方に跳ぶ。
「殿下!」
「語るに落ちたな、ラタン! 俺は一度も、アドレアの名を口にしていない!」




