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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第2章

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04 弟ほど簡単じゃないな

「生憎と、大きな手がかりってことにはならんと思うが」

 男は前置いた。

「ユファスが聞いてきた通り、あの火事の前にポージルの店周辺をうろついていたのがいる。俺とアーリが見かけなかったのは、昼間だったからだろうな」

「前に調べたときはそんな話、なかったじゃんか」

「そりゃ、そいつは判りやすい黒ローブなんか着てなかったからだ」

 ハレサは肩をすくめた。

「街んなかで魔術を使って人命を奪った馬鹿野郎を協会は追ってるんだ。俺は魔術師につてがないから、直接に状況を聞くことはできん。まあ、たとえ親友に魔術師がいたって協会内のことはなかなか喋らないだろうが」

「情報屋は、知ってた」

「どこから聞き出すんだか。〈裏道は賊に訊け〉ってやつだな」

 ティルドの言葉にハレサはうなずくとそんな言葉を使った。

「協会は、それが誰であるかまで特定してる。だがどこにいるかは掴めない。そんなところらしい」

「誰なんだ」

 少年は素早く問うた。

「誰と言っても、判ってるのは名前と登録した場所くらいだぞ」

「何でもいい、早く教えろよ」

 語気鋭くティルドが言えば、ハレサはやれやれとばかりに肩をすくめた。

「名前は、メギル。クンディムとかって東の町の協会で登録しているらしいが、そこを出てだいぶ経つとか。協会自体、二年以上訪れてないらしい」

「――メギル。クンディム」

 ティルドは呟くように言った。

「よし、東だな」

「おいおい」

 ユファスとハレサがほとんど同時に言った。

「まあ待てよ、少年」

「行こうってのか? 行ってどうしようってんだ」

「ほかに行くところがない。ここにいるより、ましだ」

 ティルドはクンディムとやらに行くつもりであることを隠す気はなかった。言ったことも本音だ。じっとしていて、何になろう。

 ハレサと話をし、アーリの荷を埋めたことで少し落ち着きを取り戻したかに見えた少年だったが、それは突然の喪失感がいささか慰められた程度であり、復讐の炎が力を弱めるようなことはなかったのだ。

「俺は」

 ティルドは小さく言った。

「〈風読みの冠〉を見つけなくちゃならないんだから」

 それは、いまでは表向きの理由に過ぎなかった。だがハレサはともかくとして、ユファスの方はそれに反論はできない。

「それを追うことと、その」

 彼の目に怒りが燃えた。

「メギルとかって名前を追ってみるのは一緒だ」

 諸手をあげて賛成はできない。だが確かに、ユファスは反論できなかった。彼はそれが弟の言い訳にすぎないことを知っていたが、こうしてついてきている以上、いまさらたしなめるつもりもない。

「──ほかには」

 叱責や反論をする代わりに、ユファスはハレサに向かった。

「メギル。クンディム。ほかには?」

「聞いてきたんじゃないのか?」

「僕が教えをいただいたのは、魔術師とその町の名前だけだよ」

 ユファスは肩をすくめた。

「黒鳩くんは、僕をいい獲物だと思って、小出しにして金を稼ぐつもりだったのかもね」

「俺が〈梟〉のことを覚えていて、ハレサに会うのにあいつより向こうに頼るとは思わなかった訳だ」

「あいつは〈梟〉を知ってるからな。気軽に会いに行くとは思わなかったんだろう」

 そのほのめかしにティルドは眉をひそめた。

「……まさか、あいつもお前さん同様に『偉い』盗賊だとでも?」

 それを聞いたハレサは笑った。

「アーリがそう言ったのか? 成程、あいつらしい言い方だ!」

 ティルドはその笑いに同調するように唇を歪めた。それは自然と浮かんだ表情で、あの日――あの瞬間以来、彼が初めてアーリに関する話題で笑いのようなものを浮かべた一(リア)だった。

「ほかには、か」

 盗賊は繰り返すと髭のある顎を掻いた。

「信憑性の薄い話ならあるが」

「何でもいい」

 ティルドはまた言った。ハレサは曖昧にうなずく。

「俺には意味はよく判らんがね。その魔術師の連れは、神官(アスファ)だったそうだ」

「魔術師と、神官が?」

 それがあまり仲のよい組み合わせではない、ということは常識も同然だったから、それだけでも珍しい話だと言える。彼らについてきているアロダ魔術師も神官といるとのこと──姿は見せないから「らしい」くらいであった──が、それは王の命令によるものであって、個人的な仲の良さ、または悪さは無関係だ。

「そりゃ世の中には親友同士の魔術師と神官だっているかもしれん。だが罪を犯した魔術師の味方は、表面上はしないだろうな」

「じゃあその神官を探せば」

「生憎だが、どこの神に仕える神官かも判らない」

 ハレサは首を振った。

「神官サマがみんなして清廉潔白だとは言わんが、少しでも理性があれば人間を燃やす火なんぞ操る魔術師と交流は続けんだろう。神殿は神殿で何かを掴み、その魔術師を探ろうとでも動いている可能性もあるが、それとも」

 ハレサは言葉をとめると首を振った。

「何だよ。途中でやめるなよ」

「察してくれ、少年」

「|名前を言いたくない方の《・・・・・・・・・・・》神様に仕えてるかもしれないってことか」

 代弁するユファスにハレサは感謝の仕草をした。

「どっちにしたところで一般市民にゃ関われん、協会と神殿の領域とは思うが」

 お前に正論は無駄だな、と盗賊は息を吐いた。

「やるからしっかりやれ。但し、お前が死んでも俺は仇を討ってやろうとは思わないからな」

「要らねえよ」

 その返答は、そんなことは望まないという意思表示であると同時に、負けるもんかという心意気でもあった。

「そりゃ逞しい」

 ハレサは、どちらに取ったとも判らない答え方をした。

「それじゃ言い方を換えよう。兄貴の仇まで討つ羽目にならないようにするんだな」

 兄弟はそれぞれの理由で苦い顔をしながら、兄は礼のようなこと、弟は文句のようなことを言った。

「でもね、ハレサ。セル・ジェレン」

「ジェレンはよせよ」

 ユファスが話しかけるとハレサは苦笑した。

「僕は不思議に思うんだ」

「何が」

「どうしてあなたがそんなふうに情報を渡してくれるのか」

 その言葉にハレサは片眉を上げる。

「アーリのため、じゃいかんのか?」

「悪いとは言わないよ。嘘だと言うんでもない。でも、それだけとも思えなくてね」

「は!」

 盗賊は笑った。

「弟ほど簡単じゃないな、お兄さん」

「どういたしまして」

「おいっ」

 要するに「単純だ」と言われたティルドは抗議の声を出したが、ハレサは肩をすくめてそれをやりすごした。

「この際だ、認めよう。確かに嘘じゃないが、それだけじゃない。いま、俺たちの組織(・・・・・・)はちょっとした問題を抱えててな」

 それが盗賊(ガーラ)たちの組織、健全な一般人は可能な限り関わりたくない存在であることは、敢えて尋ねずとも判る。

「その件とポージル、それにタニアレスとの関係を探ってるんだ」

 ハレサは火事で死んだ商人(トラオン)とその商売敵とされていた男の名を口にした。

「〈損を申し出る者には必ず得の勘定がある〉。ユファスの言いたいのがそういうことならば、俺の答えはその辺りだな」

 ハレサはそれで説明を終わらせた。これ以上は聞くな、と言うことなのだろう。

「そう」

 得心したとは言えないが、理解できる答えではあった。ユファスはうなずく。盗賊組織のごたごたに関わりたいとは思わないことも確かだ。

「んなこと、どうでもいいさ」

 ティルドは乱暴に言った。

「俺がやるのはあいつを……それに冠を追うことだけなんだから」

 いかにも「冠」は付け足しであった。ユファスはちらりとティルドを眺め、わずかに息を吐く。

「何だよ」

 文句あんのか、とティルドは言った。

「何も言ってないし、言わないよ。お前が決めることだ」

 兄はそう答えた。

「少なくとも、じっとしていたところで解決しないことだけは間違いがないね。どこであってもとにかく進む、というのもひとつの選択肢ってところかな」

 ユファスはそんなふうに言うと肩をすくめ、ハレサは、それはどうかなと苦笑をした。

 ティルドは、何だか自分が子供扱いされているようで気に入らなかったが、「じっとしていたくない」という気持ちを見事に兄が言い当てていることは、認めざるを得なかった。


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