03 授業料だと思うんだな
「取っ組み合って喧嘩すりゃ、よっぽどがたいのいいのでない限り、お前の勝ちだろう。杖を奪うんでもいい。なきゃ魔術が使えんってもんじゃないらしいが、あるとないとじゃ大違いらしいからな。だが、問題なのはそこまでたどり着く前に」
盗賊はそこで言葉をとめると追悼の仕草をしてみせた。
「たどり着くさ、そこまで」
少年は力強く言ったが、男は胡乱そうにそれを見るだけだ。
「気持ちは判るが」
ハレサは唸った。
「やめといた方がいいと思うぞ」
「そう言って聞くんなら、少なくとも僕はわざわざここまでついてきてないね」
「――ユファス」
ティルドが横を見ると、彼によく似た顔が笑っている。
「初めまして、ジェレン。お噂はかねがね」
「どんな噂だか」
「お頭」「首領」という意味合いの呼称を使われた「偉い」盗賊は肩をすくめた。
「兄貴か?」
ハレサはふたりを見比べて言った。兄弟は同時にうなずく。
「僕はユファス。長いこと、ティルドの兄をやってる。いまはご覧の通り、彼につきあって放浪中の身」
言うとユファスは手を差し出した。
「ハレサだ。ティルドやアーリが何を言ったか知らんが、俺はただの善良なる一盗賊だ」
にやりとして盗賊は矛盾した台詞を吐き、差し出された手を取った。
アーリの名にユファスはちらりとティルドを見る。弟はかすかにうなずき、傍らに少女の荷物がないことを兄に示した。ユファスもまた、判ったと言うようにうなずき返す。
「兄貴ならとめろよ」
「だから聞かないんだって」
言いながらユファスは手近な卓から空いた椅子を引っ張ってきた。
「馬鹿なことはやめろというのは簡単だけど、それで相手が引けばともかく、そうじゃない場合は何の解決にもならないからね。引き止めてもとまらないなら、隣にいて見張っとくのがいちばんさ」
見張るなどという言い方にティルドは少し嫌そうな顔をし、ハレサは笑った。
「熱くなった坊やに水をぶっかける役がいるなら、まあ、どうにかなるかもな」
「だといいけど」
「好きに言ってろよ」
少年がぶすっとすれば、年長者ふたり――と言っても、ハレサの方がだいぶ上だったが――は苦笑する。
「ところで」
ユファスは椅子に座りなおすと盗賊を見た。
「ハレサ、少し尋ねたいことがあるんだけど、いいかな」
「何だ?」
盗賊は小さく首を傾げると手招くようにした。言ってみろ、ということだ。
「〈黒鳩〉とかって情報屋は信用できる?」
おの言葉にティルドは吹き出した。
「グラカ!? あいつ、ユファスにも何か言ってきたのか!?」
「そんな名前だったな。何だお前の知り合いか、ティルド」
「知り合いって言うんじゃないけど」
ティルドが困惑したように言うと、堪えきれなくなったようにハレサが吹き出した。
「全く、早耳だなあいつは! あんたがティルドの兄貴だって知ってるのさ、おそらくね。まあ、見りゃ判るがな」
ハレサは兄弟を見比べた。当人同士は言われるほど似ているとは思わないものだが、はたから見れば彼らは明らかに血縁関係があるように見える。
「で、目端の利く闇夜の鳩はどんな話をお前さんに売ったって?」
その問いにユファスは逡巡するようだった。
それは、ハレサの前で話していいのか迷うようにも見えたが、ティルドを慮ってのもののようにも見えた。
だが数秒ののちに、ユファスはゆっくりを声を出した。
「例の、魔術師についての話だ」
ぐっとティルドが身を乗り出した。
「聞かせろ」
ユファスは弟の瞳に宿る暗い色を気にしながら、軽く目を閉じ、また開いた。
「火事の前に、ポージル商人の店付近をうろついていた魔術師がいたそうだ」
「そんな話、聞かなかったぞ」
ティルドは不満そうに言った。
「あのとき出てこなかった話が何でいまさら」
「それは、話の出どころが協会だからだ」
答えたのはユファスではなく、ハレサである。兄弟はそれぞれの不審を持って――兄は何故知るのかと、弟は何故早く言わないのかと――盗賊を見た。
「その話どころじゃないだろうと思ったのさ」
ハレサはその台詞でティルドの疑問に答えたようだった。
「アーリから聞いてるかもしれんが、俺が例の耳飾りを追ったのはアーリをちょっとばかり励ましてやろうと思ったからでな」
「盗賊の意地、はどうしたんだよ」
憤慨したようにティルドが言うとハレサはにやりとした。
「あれも本音のひとつだ、嘘をついたつもりじゃない」
男は肩をすくめた。
「そうは言っても、俺はこの庭を出る気がなくてね。レギスのなかでならいくらでも追っかけるが、アーリみたいにここを離れてまで手にしたい獲物じゃなかった」
「にも関わらず、話を探り続けていたと」
話の出どころを知ってるってことはそういうことだろう、とユファスは指摘した。
「よく判らない人だね、盗賊さん。追いかける獲物もなく、魔術なんかと関わって、あなたに何か得が?」
「ん、まあ、何だ」
ハレサは曖昧な表情を浮かべた。
「帰ってくるんだろうと思ってたからな」
その言葉は「ティルドがまたレギスを訪れると思った」とも「アーリが帰ってこないとは思わなかった」もとれた。
「どこに行ったかも見当がつかない相手だろ、途方に暮れて戻ってくると踏んでな。追えるところは追っておこうと思ってた、それくらいだ」
「じゃ」
ティルドは、ハレサがどのように感じてそう言っているかは判らなかったが、彼のためよりはアーリのためだったのだろう、とは思った。だが敢えてそれについて口にすることはなく、続ける。
「グラカを相変わらず使ってた訳だ」
「そんなところだな」
「で、その情報屋は、既にハレサが持っている情報を僕に売りつけた、と」
ユファスは天を仰いだ。
「やられた」
「ティルドじゃ騙せんと考えたんだろう。ま、授業料だと思うんだな」
盗賊はにやりとした。
「それじゃ続きだ、ハレサ」
ティルドは言った。
「その魔術師が、何だって」




