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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第2章

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03 授業料だと思うんだな

「取っ組み合って喧嘩すりゃ、よっぽどがたい(・・・)のいいのでない限り、お前の勝ちだろう。杖を奪うんでもいい。なきゃ魔術が使えんってもんじゃないらしいが、あるとないとじゃ大違いらしいからな。だが、問題なのはそこまでたどり着く前に」

 盗賊はそこで言葉をとめると追悼の仕草をしてみせた。

「たどり着くさ、そこまで」

 少年は力強く言ったが、男は胡乱そうにそれを見るだけだ。

「気持ちは判るが」

 ハレサは唸った。

「やめといた方がいいと思うぞ」

「そう言って聞くんなら、少なくとも僕はわざわざここまでついてきてないね」

「――ユファス」

 ティルドが横を見ると、彼によく似た顔が笑っている。

「初めまして、ジェレン(・・・・)。お噂はかねがね」

「どんな噂だか」

 「お頭」「首領」という意味合いの呼称を使われた「偉い」盗賊は肩をすくめた。

「兄貴か?」

 ハレサはふたりを見比べて言った。兄弟は同時にうなずく。

「僕はユファス。長いこと、ティルドの兄をやってる。いまはご覧の通り、彼につきあって放浪中の身」

 言うとユファスは手を差し出した。

「ハレサだ。ティルドやアーリが何を言ったか知らんが、俺はただの善良なる一盗賊だ」

 にやりとして盗賊は矛盾した台詞を吐き、差し出された手を取った。

 アーリの名にユファスはちらりとティルドを見る。弟はかすかにうなずき、傍らに少女の荷物がないことを兄に示した。ユファスもまた、判ったと言うようにうなずき返す。

「兄貴ならとめろよ」

「だから聞かないんだって」

 言いながらユファスは手近な卓から空いた椅子を引っ張ってきた。

「馬鹿なことはやめろというのは簡単だけど、それで相手が引けばともかく、そうじゃない場合は何の解決にもならないからね。引き止めてもとまらないなら、隣にいて見張っとくのがいちばんさ」

 見張るなどという言い方にティルドは少し嫌そうな顔をし、ハレサは笑った。

「熱くなった坊やに水をぶっかける役がいるなら、まあ、どうにかなるかもな」

「だといいけど」

「好きに言ってろよ」

 少年がぶすっとすれば、年長者ふたり――と言っても、ハレサの方がだいぶ上だったが――は苦笑する。

「ところで」

 ユファスは椅子に座りなおすと盗賊を見た。

「ハレサ、少し尋ねたいことがあるんだけど、いいかな」

「何だ?」

 盗賊は小さく首を傾げると手招くようにした。言ってみろ、ということだ。

「〈黒鳩〉とかって情報屋は信用できる?」

 おの言葉にティルドは吹き出した。

「グラカ!? あいつ、ユファスにも何か言ってきたのか!?」

「そんな名前だったな。何だお前の知り合いか、ティルド」

「知り合いって言うんじゃないけど」

 ティルドが困惑したように言うと、堪えきれなくなったようにハレサが吹き出した。

「全く、早耳だなあいつは! あんたがティルドの兄貴だって知ってるのさ、おそらくね。まあ、見りゃ判るがな」

 ハレサは兄弟を見比べた。当人同士は言われるほど似ているとは思わないものだが、はたから見れば彼らは明らかに血縁関係があるように見える。

「で、目端の利く闇夜の鳩はどんな話をお前さんに売ったって?」

 その問いにユファスは逡巡するようだった。

 それは、ハレサの前で話していいのか迷うようにも見えたが、ティルドを慮ってのもののようにも見えた。

 だが数(トーア)ののちに、ユファスはゆっくりを声を出した。

「例の、魔術師(リート)についての話だ」

 ぐっとティルドが身を乗り出した。

「聞かせろ」

 ユファスは弟の瞳に宿る暗い色を気にしながら、軽く目を閉じ、また開いた。

「火事の前に、ポージル商人の店付近をうろついていた魔術師がいたそうだ」

「そんな話、聞かなかったぞ」

 ティルドは不満そうに言った。

「あのとき出てこなかった話が何でいまさら」

「それは、話の出どころが協会(ディル)だからだ」

 答えたのはユファスではなく、ハレサである。兄弟はそれぞれの不審を持って――兄は何故知るのかと、弟は何故早く言わないのかと――盗賊を見た。

「その話どころじゃないだろうと思ったのさ」

 ハレサはその台詞でティルドの疑問に答えたようだった。

「アーリから聞いてるかもしれんが、俺が例の耳飾りを追ったのはアーリをちょっとばかり励ましてやろうと思ったからでな」

「盗賊の意地、はどうしたんだよ」

 憤慨したようにティルドが言うとハレサはにやりとした。

「あれも本音のひとつだ、嘘をついたつもりじゃない」

 男は肩をすくめた。

「そうは言っても、俺はこの庭を出る気がなくてね。レギスのなかでならいくらでも追っかけるが、アーリみたいにここを離れてまで手にしたい獲物じゃなかった」

「にも関わらず、話を探り続けていたと」

 話の出どころを知ってるってことはそういうことだろう、とユファスは指摘した。

「よく判らない人だね、盗賊さん(セル・ガーラ)。追いかける獲物もなく、魔術なんかと関わって、あなたに何か得が?」

「ん、まあ、何だ」

 ハレサは曖昧な表情を浮かべた。

「帰ってくるんだろうと思ってたからな」

 その言葉は「ティルドがまたレギスを訪れると思った」とも「アーリが帰ってこないとは思わなかった」もとれた。

「どこに行ったかも見当がつかない相手だろ、途方に暮れて戻ってくると踏んでな。追えるところは追っておこうと思ってた、それくらいだ」

「じゃ」

 ティルドは、ハレサがどのように感じてそう言っているかは判らなかったが、彼のためよりはアーリのためだったのだろう、とは思った。だが敢えてそれについて口にすることはなく、続ける。

「グラカを相変わらず使ってた訳だ」

「そんなところだな」

「で、その情報屋は、既にハレサが持っている情報を僕に売りつけた、と」

 ユファスは天を仰いだ。

「やられた」

「ティルドじゃ騙せんと考えたんだろう。ま、授業料だと思うんだな」

 盗賊はにやりとした。

「それじゃ続きだ、ハレサ」

 ティルドは言った。

「その魔術師が、何だって」


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