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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第1章

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05 王城都市ウェレス

 南の寒さはすっかり厳しくなってきていたが、王城都市ウェレスは「南方」のなかではまだ穏やかなあたりにある。

 木枯らしが吹いても雪が荒れ狂うようなことはなく、厳しい土地に比べればすごしやすいと言える。

 しかし、暖かいところに生きてきた王子にはもう十二分であった。

 彼は、彼を迎える余所の街の貴族や、彼を送る小隊長たちに愚痴や文句を言うことは決してしなかったし、購入した上等な防寒着を身に付けていたけれど、寒いものは寒い。そしてその苦情の矛先となるのは、主に魔術師ヒサラだった。

 ヒサラは三日と開けずにヴェルフレストの前に姿を現し、何らかの報告をしていた。たいていは「その後、何事もありません」であったが。

「今日も、何もないか」

 魔術師がその技で彼らの前にだけそっと姿を現せば、ヴェルフレストの開口一番はそれである。

ええ(アレイス)

 ヒサラは悪びれずに言った。

「よいことなのかは、判りませんが」

「カリ=スはよいことだと言うぞ」

「もちろん、何かがあればよいというのではありません。ですが兆候があった。だと言うのに何も起きぬと言うのは、奇妙です」

 それが魔術師の答えだった。

「時にヒサラ」

「何でしょう、殿下」

「寒さをしのぐような術は知らぬのか」

「失礼ですが」

 彼は非礼を詫びる仕草をしながら言った。

「私は、殿下の専属魔術師という訳ではございません」

「そんなものは要らぬがな」

 ヴェルフレストは恨めしそうに言った。

「寒い寒いと口にするのも、面目に関わる。だが寒いものは寒い」

 その言い様にヒサラは少し笑ったようだった。

「できうる限りのご協力はいたします。エディスンに住まう者として、都市の王子殿下が寒さのために動けなったり話せなくなったりするというような不面目に襲われるのは、嬉しいことではないですからね」

 そう言って魔術師は術を行使した。

 何でも説明によれば、寒さを感じにくくなっているだけであるので、外で防寒着を脱ぐような真似はするな、もし違えれば寒さを感じないままで凍えてしまうだろう、というようなことだった。

 どうであれ、ヴェルフレストとしてはたいそう助かった。もちろん防寒着を脱ぐつもりなどさらさらない。

 しかし、何か変わったことと言えばそれくらいであって、相変わらずに旅路は順調であった。

「何も面白いことが起きんな」

 ヴェルフレストは呟くように言った。

 ヒサラが「何事もない」と言うだけはあって、いきなり魔術の(いかずち)が降ってくることはもとより、声や気配すら生じることがないままだ。

 あの「注進」からしばらくは機嫌のよかったヴェルフレストだが、結局何も起こらないので、王子殿下の機嫌は「注進」がくる前よりも悪くなっていた。カリ=スは処置なしとばかりに何も言わない。

 やがて王城都市であるウェレスの街が近づけば、さすがに王にも報せは行っていると見え、何とか言う伯爵の小隊もウェレス王レンディアル直属の軍団兵の者に換わっていた。

「そろそろ拗ねるのをやめたらどうだ、殿下」

 カリ=スはのんびりと言った。

「もうウェレスが見える。本格的に王子殿下の責務がはじまるのだぞ」

「判っている」

 ヴェルフレストは言った。

「外交と、首飾り探しだ。忙しくなるし」

 王子はにやりとした。

「ようやく、面白くもなるな」

 カリ=スはふっと笑った。ヴェルフレストは片眉を上げる。

「何だ。説教はせんのか」

「私がそのようなことをしたか?」

 心外だと言うようにカリ=スは言う。確かに、危険かもしれないことを面白がればカリ=スは注意をしたが、侍従長バルトのように小言を言うことはなかった。

「そうだな。いまの言い方は公正ではなかった。謝罪しよう」

 彼は「使用人」の地位に当たる男に正式な詫びの仕草をした。

「だが、俺がそのようなことを言えばいつも苦い顔か無反応だろう。何を笑った」

「いや」

 カリ=スはまた笑った。

「そうしている方がお前らしいようだ、と思ってな」

「何でも面白がって寄っていく、子供のようでか」

 カリ=スがいつだったか言った言葉を引用してヴェルフレストは言った。特に皮肉のつもりはないが、聞きようによっては意地の悪い言い方である。

「そうだ」

 だがカリ=スもまた、特に邪推はしなかった。

「好奇心に煽られるお前は、とてもお前らしい」

「褒められているのか、判らんな」

 王子はその判断に嫌な気持ちを覚えることはなく――それどころか、やはり面白いと思いながら、肩をすくめた。


 たとえば〈風神祭〉のような大祭があるというのではなかったから、他都市から祝いの使者が引きも切らずやってくるということはないようだった。

 だいたい、王孫殿下の「誕生祭」と言われるその日を目指してやってきた訳でもない。長い旅路ではそれは難しいことであったし、誕生祭に招かれたという訳でもなく、これは外交の口実なのだから――その「外交」自体、口実ではあったが――今年中ならばいつでもよいくらいだ。

 実際、王孫グウェールの誕辰はまだひと月近く先であったはずで、そうなれば近隣の都市からの祝いなどはまだこない。

 つまり、彼がウェレスの城門で、簡単なものとは言え歓迎の儀式などを受けたのは、彼が遠くからの珍しい使者、しかも王子という言うなれば「大物」である故だ。

 エディスンほどの都市が、王子という使者を送るのに、その供がひとりであるというのは、やはりどうにも奇妙な話だった。だがカトライが既に報せを送ってもいれば、ヴェルフレストがにっこりと「父王は第三王子を甘やかしすぎたと思って、修行に出したつもりなのです」などと言えば、そういうこともあろうかと思われる。

 納得されたと言うよりは半信半疑と言うところだろうが、何を疑うと言うのか? 実際、エディスンがウェレスに含むところはないし、もしウェレスが何か邪推をして彼を探ろうとしても、叩かれて出る埃もないのだ。ヴェルフレストはあくまでも、堂々としていた。


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