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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第3話 疑惑 第1章

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04 負けるもんか

 兄弟が予期せぬ訪問を受けたのは、それから数日後のことだった。

 いきなりふたりの前に姿を見せた中年の魔術師はアロダと名乗り、エイファム・ローデンの使いだと言った。

「使いだあ?」

 ティルドは疑念たっぷりに黒ローブ姿を見た。

「まさかお前が、『幽霊』の正体じゃないんだろうな!?」

「はい?」

 言われた魔術師はぽかんとして目をしばたたいた。

「ちょっと、おかしなことがあってね」

 ユファスは弟をなだめながら、改めて魔術師を見た。

 黒いローブを羽織った姿は小柄なティルドよりわずかに背が高い程度で、少しばかりぽっちゃりした感じがあり、痩身のものが多い――ような印象がある――「魔術師」らしくはない。

「使いなんて送れるなら、さっさとやってくれりゃいいのにさ」

 ぶつぶつとティルドは苦情を呟く。

「状況が変わったんです」

 それがアロダの答えだった。

「あなた方には魔術の守りが必要だ。おふたりともそれぞれが護符のようなものをお持ちではいるようですが」

 そのおかげで居場所を特定するのに時間がかかったのですけれど、と魔術師は言った。

「護符?」

 ティルドは首を傾げた。自身が手にしている腕輪のことならばともかく、兄が何を持っているというのだろう。

「エイルにもらったんだ」

 弟の疑問の視線を受けて、兄はうなずくとそう言った。

「しかしそれだけでは不充分やもしれません。少なくともローデン術師はそうお考えです。本来、風具の運び手はひとりだけであるべきですから、私はご一緒いたしませんが」

「何だよ、兄貴がいたら不都合だってのかよ」

「いちいち突っかかるなよ、ティルド」

「兄貴こそいちいち咎めんな。だいたい、こいつがローデン様の使いかどうかなんて判らないじゃないか」

 ティルドはもっともなことを言った。

「証拠を見せよと言われるのですか?」

 アロダは困ったように顔をしかめた。

「残念ですが、判りやすく証明できるものなどは何もございません。私とローデン術師の言葉を信じていただくしかなく」

「都合のいいこと言いやがって」

 彼はまた反論しようかと思ったが、兄にとめられる前に口をつぐむことにした。言い争っても何にもならない。

「まあ、とりあえずいいや。で、それじゃ何か伝言でもあんのかよ」

 彼は――知れば嫌がるだろうが――ヴェルフレストとよく似た反応をした。

「特には。『信じる道を往くように』とだけ」

「有難いこった」

 ティルドは鼻を鳴らした。

「伝言がないのなら、何故やってきたのですか?」

 ユファスが問うた。アロダは肩をすくめる。

「言った通り、あなた方を守るためです」

「どうして」

 ユファスは続けて問う。

「『運び手はひとり』そう言いましたね。それなら僕が邪魔なのかなと思ったんですが、そうじゃなくて僕をも守ってくれると」

「そうなります」

 魔術師はうなずいた。

「ローデン術師のお考えがどうあれ、選ぶのはティルド殿(セル・ティルド)ですから」

「僕らの判断に任せてもらえてるのか、それとも勝手にしろということかな」

 魔術師はそれには答えなかった。

「あなたは同行はしない、少なくとも隣を歩くことはない、でもこっそり守ってくれると」

「そうなります」

 アロダはまた言った。

「近いうちに神官(アスファ)も同様に」

「アスファ?」

 ティルドは不審そうに片眉を上げた。

「神官と魔術師って仲が悪いんじゃないのか」

「必ずしもそうではありません」

 アロダはそれで説明を終わらせた。

「言うなれば、われわれはあなた方を見張ることになります。もちろん、何かの疑いのためではなく、敵から守るために」

「――要らねえよ」

 ティルドは言った。

「守りなんか要らねえ。俺はあいつを追う。そして、倒すんだ」

「無茶ですよ、ティルド殿」

「何が無茶だ!」

 少年は怒鳴った。

「魔術師だから、魔術師じゃなきゃ相手できないってのか! ふざけるな、そんなこと知るもんか。俺は絶対にあの子の仇を取る!」

 彼は燃えるような目で魔術師を――アロダがかの魔女であるかのように、睨み付けた。

 沈黙が降りた。

 風が、吹いた。

 視線を逸らしたのは、ティルド・ムールだった。

「余計な手出しをしないんなら、いてもいい。ただし、守るなんて言うならきっちりやれよ。俺だけじゃない、ユファスの方も、しっかりな」

 一兵士の命令するような言葉にアロダは反論しなかった。ティルドが「魔術師」に対して抱く気持ちを知るためだろうか。

 それ以上アロダは何も言わず、ただ礼をすると、ヴェルフレストの前のヒサラと同じように黙って姿を消した。

(無茶だって?)

 ティルドは、呼び起こされた苦い思い――少女の思い出ではなく、実際、彼が魔術師に敵わなかったこと――を忌々しく思った。

(俺は負けない)

 少年は唇をかみしめた。

(負けるもんか)

 思いだけではどうにもならぬとは、暗い怒りを燃やし続ける若い彼には判らぬことだった。

 判りたくないことだった。


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