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風読みの冠  作者: 一枝 唯
第2話 決意 第4章

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05 王などと言う者は

 それでも――日々の業務は変わらない。

 エディスンの為政者として、毎朝の謁見と会議をこなし、各種報告に目を通し、必要ならば署名をし、夕刻の会議に出すものを選り分け、場合に寄っては諸候へ向けての書を書き、それだけで日は傾く。

 ほかにも各種施設の視察や訪問者のもてなし、合間に妻を訪問(・・)、それから夕刻の会議。宴の予定でもあれば日暮れ以降はてんやわんやだ。

 ローデンの報告はいつでも最優先にして受け取り、その内容によっては宮廷魔術師を呼び出して質問や確認、場合によっては命令をする。

 こうして彼がローデン公爵と表向きにはっきりと関わってみせることは稀だったが、第三王子の無事が気になるのだろうと、人々はそれほど苦い顔はしなかった。

 現在、問題は山積みだ。だが、直接的に大きな問題は、王妃の病である。

 サラターラ王妃はこのところ身体の不調を訴え、公式の場のみならず、夫であるカトライの訪問にも顔を見せない。

 ヴェルフレストの留守がそれほど気に入らぬのだろう、と王はその態度を判断したが、いつまでも公務を休まれるのは困った。

 もちろん、本当に病の床にあるならばしっかりと休んでもらいたいが、宮廷医師の診察を頑なに拒んでいる様子を見ると、とてもそうは思えなかった。実際、長男のデルカードの見舞いにだけは顔を出すようだが、父の息子が報告(・・)をすることには「心配と医師の必要はなさそうでした」であった。

 なればそれは、サラターラがカトライに会いたくないと言うことになる。

 いがみ合ってこそいなくても、仲がよいとはとても言えぬ夫婦の間には、しばしば起こる現象である。

 しかし彼らは王とその王妃であって、公務のためには個人的感情は脇に置くべきだ。少なくともカトライはそう考えているが、サラターラはそうではないらしい。

 どうにかして王妃をなだめなくてはならない。これは厄介だと思っていた。それを得意とするヴェルフレストは旅路にある。

 一方、そのヴェルフレストが無事ウェレスにたどり着き、上手にやっているようだという報告も受けていた。

 何だかんだとウェレス行きを引き伸ばすのではないかと思っていた父は少し意外に思ったが、外交に関してはもちろん、その裏にある「風司(イルサラ)の道」とやらを探すことであろうと、やる気があるならばけっこうなことである。

 イルサラを三男に継がせるつもりはやはりなかったが、道を探ることが息子の定めだというならば彼には変えられない。

 願わくば、それがエディスンのためにも、なるように。

「ならなければ?」

 不意にかけられた声にカトライ・シヴィル・エディスンははっと顔を上げた。その顔に驚愕が浮かぶ。

 誰も――侍女も小姓も追いやった彼個人の私室に、許可なく足を踏み入れる者があるはずはなかった。踏み入れることができるはずも。

「ヴェルフレストの道がエディスンのためにならなければどうするんだい、王よ?」

「――アドレア(・・・・)

 カトライはゆっくりと立ち上がり、白い髪をした魔女の名を呼んだ。魔物めいた赤い瞳に満足そうな色が宿る。

「覚えているのだね、私を。お前と言葉を交わしたのは十年以上も前になるというのに」

魔女(リーエ)の知人は少ないのでな」

 王は警戒するようにその瞳を細める。

「何の真似だ。十年振りに姿を見せ……それも、あのときのように遠い街なかで私を術に巻き込むのではなく、こうして王宮内に現れるなど」

「誓いを捨てたのさ」

 魔女は言った。

「エディスンへは近寄らぬとした約束を破ることにした。お前の息子のためにね。カトライ」

「ヴェルフレストに何を吹き込んだ」

 王は声を低くして言うと、すっと左腰に手をやった。剣の柄に手をかけようとしたのだが、いまは平時だ。王宮内、王の私室で、王が武器を身につけているような情勢ではない。エディスン王の左腰に愛用の細剣はなく、彼は何とも歯がゆい思いを覚えた。

「何を企む。魔女」

「私がお前の息子に話したのは、真実だけ。アドレアはお前たちに嘘などつかないよ」

「では企みは何だ。オブローンとやらとお前も関わりがあるのか」

「それはとんだ中傷というもの」

 ふっとアドレアは笑った。

「誰がその名を教えてやったと思っている?」

「成程」

 カトライは苦々しく言った。右手は左腰から離れたが、それは警戒を解いたということにはならなかった。

「では、ヴェルフレストに風司の道とやらを示したのも」

「そう、私さ」

 アドレアはにっと笑った。カトライはぞくりとする。まるでその口からは、二本の牙でも見えそうではないか?

「あの子はイルサラになる。王位は政治の巧い第一王子にやるといい。だが風司はヴェルフレストのもの」

「それを決めるのは私だ」

 〈風司〉ははっきりと言った。

「魔女、お前の企みは知らぬ。だがリグリスとやらが冠を奪っていったという話の出どころがお前であるのならば、根底から考え直さねばならんな」

「それは困る」

 アドレアはわずかに首を傾げた。

「私を信じないのはかまわぬが、私を疑うあまり真実をも見誤るのは愚かというものだ、王よ」

 そう言って魔女は笑った。

「ヴェルフレストはお前の子よな、私に対する拒絶の仕方がよく似ているようだ」

「拒絶か。息子がお前に惑わされておらぬなら、それは歓迎すべきことだな」

「そう、彼はお前と同様、私を信じはせぬ。だが、私の言うことを心に留める。お前とお前の魔術師にリグリスの話を伝えたというのならば、そこは信じたようだな」

 アドレアはカトライをじっと見た。

「息子の判断を疑うか」

「ヴェルフレストを疑うのではない。お前を疑うのだ、アドレア」

「王などと言う者は疑り深い」

 アドレアは唇を笑みの形にしたままで続けた。

「もっとも、耳にすること全てを簡単に信じる王では、支配者たる資格はないが」

「お前に為政の道など説いてもらわずともよい」

「年長者の意見は聞くものだよ、カトライ」

 魔女はにいっと笑った。

「――初めて会ったときからお前は全く変わらぬな、アディ」

「懐かしい呼び名よ」

 アドレアは昔を思い出すかのように赤い目を細めた。

「だから私を魔女と呼ぶのだろう、カトライ。ヴェルフレストも、お前も、お前の父も」

「我が祖父も、曽祖父も、とでも続くのか?」

「さて、どうであろう」

 アドレアは薄く笑った。

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