第49話 いい天気ですね!
城壁を抜けて橋を渡る最中、川面を覗くと、そこは本当に橋が要るのだろうかってくらい浅い川だった。
そしてどうやらここは左側通行らしく、僕らの周りには国に向かう姿しかない。
トカゲ馬車やフードを被った旅人、そして剣を提げた数人の集団……さっき入国審査があったばかりなんだから怪しい奴ってことはないだろうが、それにしても楽しそうに誰かが歩いている……なんてことは無いようだった。
そして川を渡り切ると、仏頂面の兵士に見送られて、僕らは『クレイセン王国』にいよいよ入国する……と言ってもまだ平野は広がっていて、今度は両サイドが見渡す限り畑、畑、畑だ。
舗装されているはずもないこの道の先には町が見えるけれど、はるか遠くまで畑が続くこの景色もなかなかにすごい。
「……やっぱり麦が主流みたい。見た感じ、三圃式?」
「えーっと……三種類のローテンションっぽいしそうじゃないの?」
「ん? なんじゃそれは」
三圃式農業って言うのは、夏に収穫できる作物、冬に収穫できる作物、休耕地に分けて、同じ土地を使いまわす農業の方法だ。
畑をABCに三等分して、Aに夏の作物を作ったら、次の年はBに、そしてその次はCに、と言った感じでローテンションさせることで連作障害を防ぐことができる。
田んぼや現代の畑のイメージが強い僕らはついつい同じ土地で延々同じ作物を作れるように錯覚するけど、田んぼ、つまり米が例外なだけで、基本的に同じ土地で同じ作物を作ったら同じ栄養が同じ土から吸収され続けてどんどん弱っていくに決まっている。
「……そう言えば、私達の村の畑ってどうしてたっけ?」
言われてみればどうだったっけ、と思って、グリムさんを見る。
するとグリムさんはものすごくショックを受けた顔で、
「……まだ何が育つ土地なのかすらわからんから、片っ端から植えては魔力で成長を促進させとるだけじゃ。でもそうか……、畑も休ませねば、育たんのじゃな……わっ、わらわはっ、木が永遠に同じ場所にあるように、作物も同じ場所で育つじゃろうと……っ!」
ぼろぼろと泣き出してしまった。
そうだもんな! まだそう言う段階なんだよな、あの村!
「すまぬ……わらわが無知なばっかりに……畑作などと慣れないことを……!」
「ああ泣かないで!」
「これからうまくやればいいから! 私達も何も言わなくてごめんなさい!」
「うぐっ、ぐずっ、すまぬ、すまぬ……」
貿易だけに頼ってないで、絶対にあの村でも作れる作物を探そう……
そう強く僕らは決心して、畑が左右に広がる道を進んだ。
ちなみに白の森で言う畑はオリーブ畑みたいな、木の畑を差すらしい。
木ならそりゃずっと同じ土地で同じ作物だよな、うん……
悲しい出来事を乗り越えて、平野とすそ野の境目くらいに『それ』はあった。
「いい天気ですね! 旅人のお方! 身体検査をさせていただきます!」
橋の前後にあったような門と、さっきよりは軽装な兵士。
ヘルムを被ってなくて顔が見えているけど、今回は通行者に近づいては何か棒を当てて、頭を下げて去っていく。
何ていうか、空港の金属探知機みたいだな……あの棒が金属探知の魔法の棒って事もないだろうけど。
「身体検査?」
「たまにあるんじゃよ」
「初めての方ですか? この国では冒険者ライセンスを持たない方の長物武器の所有は禁止されております!」
「冒険者ライセンス!?」
目をキラキラさせて木崎さんが反応した。
「ど、どうかされましたか?」
「持ってないの! 欲しい!」
「お、お持ちでない……承知しました。ですが武器を隠せるような服でもありませんし……どうぞお通り……」
と、その時だった。
「何を甘いことを言っておるか!」
怒号が飛んで、鎧のすれる音。
「そこの奴の服装なら長物を隠せるだろうが、検査はしたのか?」
髪の毛をサッカー選手みたいに編んだ大男が現れて、グリムさんを指して言った。
「……ほれ、見せたじゃろ、背中には何も無いぞ」
そう言われて、グリムさんはマントをめくって背中を見せる。
当然普段着の背中があるだけで、武器なんて携帯していない。
「んん? なんだその態度は……貸せ!」
「た、隊長!」
隊長なのかよこいつ、と思いながらそいつは部下から棒を奪って、グリムさんに詰め寄った。
「なんじゃ、まだ気に食わんか?」
「ああ、気に食わんね、特にその態度が。お前らエルフはいつもそうだ」
「お主ら人間もいつもそうじゃろ、森に入れば右も左もわからんくせに、こういうところでだけは態度がでかいな?」
その言葉に、男の顔が引きつった。
「実に怪しい態度だ。その服の内側にどうしても隠したいものがあると見える」
「隊長! おやめください!」
「だまれ! 先日のドラゴンの一件、森のエルフが一枚かんでることくらいなぜわからんか! こいつは王国が引っ立てるべきなのだ!」
短絡的が過ぎるが、なるほど、とも思った。
この前のドラゴンの一件が噂にならないわけもなくて、この国からしたらエルフの村にドラゴンが落ちて何があったかわからない、という不安が要らない噂を呼んでいるんだろう。
「おおかたエルフの邪法でドラゴンに何かしたに違いない! 狼煙をあげろ! 捕らえて牢につなげ!」
「……ばかばかしい」
と、そこで木崎さんが口をはさんだ。
「何だと?」
「私達はこれを持ってる。言い分も聞かずに『商会』の一員を拘束するの?」
「なっ……それは……オカニャ様の身分証!」
木崎さんが見せつけたのは、さっきオカニャからぶんどったあの板だった。
「な、なぜネコミミでもないのにそれを……ご親族しか持たないと仰っていたのに! まさか貴方様もネコミミの獣身族!」
……すごいセリフだな、意味は分かるけど……
「どうでもいい。もう一回だけ聞いてあげるけど、本当に拘束するの?」
そう言って、木崎さんが何かの構えをとる。
「風……」
そして本当に小さくつぶやくだけで、あたりに突風が吹き荒れた。
木崎さんの手元を中心に渦を巻く風が僕らの服をなびかせて、良い感じの雰囲気づくりになっている。
「このまま抵抗してもいいけど?」
「なっ……貴様ら、何をしとるか! ワシが命令したのだから早く捕らえろ!」
その声に、周りの兵士たちはお互いに視線を合わせたり外したりして、明らかに戸惑っていた。
次は僕の出る幕かなーとか思っていたら、
「へっくしゅん!」
誰かのくしゃみがして、
「え……?」
風が、止んだ。
そして木崎さんの手元には、水の玉。
サッカーボールくらいの大きな水のボールが、吸い込む空気をぼこぼこと上に持ち上げて、風の発生を止めていた。
「いい天気ですね! へっくしゅん!」
「いい天気ですね……」
「さて。騒がしいですね……いったい何事へっくしゅん! ですか? マッセ警備隊たいちょ……へっ、へっくしゅん!」
「が、が……ガリバー様!」
「ふむ……へっくしゅん! へっくしゅん! へっくしゅん!」
……何だこの人……
「すいません、そこの魔術師のお嬢さん、ちょっと待っていただいても?」
「え、ええ……」
「どうもどうも」
するとそのガリバーと呼ばれた『優大男』は、雨合羽みたいに大きな白いローブの内側からピンク色の布を出して、口元を隠すように後ろで結ぶ。
「すぅ……いやあ花粉と言うのは厄介ですねえ。あ、それでどういう状況でしたっけ? えっと……そこの小さなお嬢さんが何か怪しいところでも?」
「い、いえ……」
「それではここでは何も起こらなかった、と。よろしいですか?」
「し、しかしガリバー様! それでがっ……がぼっ、がほっ、ごほっ!」
「!?」
大男が、突然むせかえった。
しかしそれはどう見ても男の周りを飛び交う水の球が男の鼻やのどを射抜くような速度で飛んでいるからで、それを『優大男』は、
「おやどうされました? それとも、もう少し私とお話ししましょうか?」
――指一つ動かさず、喋りながらやっている。
「じ、じづれいいたじまじだ、ガリバーざま!」
「結構。この国の名を落とさないようにがんばってくださいね」
そしてパチン、と指を鳴らすと、ばしゃん、と水の塊が木崎さんの手元から落ちて、本当に何もなかったかのように歩を進めた。
「……待って!」
そしてその後ろ姿に木崎さんが声をかけるが、その男……ガリバーは意に介さない。
石畳の大通りの真ん中を歩く男を追って、木崎さんが走りだす。
「お、おいアマネ!」
それを追ってグリムさんが走りだして、僕も追う。
「あ、もしかして私ですか?」
「そう! 良いから待って!」
石畳の大通りの真ん中で、改めて思う。
……とにかくコイツは……大きい。
縄をあちこちに通した白いローブにいくつかの宝石みたいなのがボタンみたいについているけど、杖を持っているわけでもない。片メガネをしてはいるけど、ファッションなのか、どう見ても度が入っていない。
そして二メートルは軽く超す背丈をしているから、まるでこっちが小さくなったかのような錯覚すら覚える。
「……ありがとう」
「おっと、その前に。『いい天気ですね!』はい、どうぞ」
「い、いい天気ですね」
「結構。この国ではその挨拶は何をおいても優先されます。さっきの連中にも、次からしっかりとそれをするだけで違いますよ」
「重ね重ね、ありがとう。……お礼をしたいのだけど、付き合ってもらえる?」
「ちょ、ちょっと待って待って!」
いきなり話を進める木崎さんに慌てて、僕が肩を引っ張ってこっちを向かせた。
「いきなりどうしたの木崎さん……」
「どうしたも何も、さっき見たはず。あの人、すごい魔法使い!」
「それは分かるけどさ……それがどうしたの」
「どうせこの国の情報は知りたいんだし、絶っっっっっっ対にああいう人から話を聞いたほうがいい。まさか買い物だけして帰るつもりじゃないんでしょ?」
「まあそれはそうだけど……グリムさんはいいの?」
「ん? まあ世話にはなったし、礼はすべきじゃし、別によかろ? 急ぐ旅でもないしな」
一応、三か月後には白の森に行くんだけどなあ……
「……わかったよ、引き止めてごめん」
「気にしてない。というわけで、おいしいお店とかご存じ?」
「ええ、実を言うと私も、あなた達に興味がありましてね」
「へえ……」
一応警戒もしながら、僕はその優大男……ガリバーを見て言った。
「あなた達、オカニャ様のお車に入ったでしょ?」
「……見てたのかよ」
「ええ、ええ! もちろん!」
するとガリバーはおもむろにローブの紐を引っ張り始めて、前を全部開く。
「「「!!!!????」」」
探偵の性というか、いきなりの行為に僕ら全員が飛び退って、
「ああっ、驚かせてすいません! でも見てください! この愛を!」
そのローブの内側にあったのは、板、板、板。
誰かの手形が押されたその板が、ローブの内側いっぱいに敷き詰められていた。
「私、オカニャ様のファンなんですよ! どういうお知り合いなんですか!?」
「いや……」
「その……」
「えっと……」
僕等は、言葉が出ない。
どうにか僕が絞り出したのは、
「……何だコイツ……」
それだけだった。




