第39話 狐が来たりて村が富む
――ついにその日がやってきた。
天気のいい日のことだった。
まだ日が昇る前、薄暗いころから僕や木崎さんは村の門のところに集まって、太陽石の篝火はいつもより多い。
比較的屈強な若いエルフさんたちが門の近くに弓を携えてとりあえず集まってもらい、
門の前には、グリムさんの両脇に僕と木崎さんという三名。
マカは門の上空に備えてもらったが、さっき確認したら暇そうにあくびしていた。
アイツは信用するもんじゃないな。
「来ました!」
カーン、と一回だけ鐘が鳴って、門の前にあったエルフの半輪が半径を広くする。
若いエルフさんがぽつぽつと残って、完全に戦闘態勢みたいになってしまった。
ギィ……と縄と丸太のきしむ音。
「おはようございます!」
元気な挨拶が響いた。
大きな車輪を転がす馬車と、どう見ても恐竜な爬虫類、『キョル』に引かれる若干小さい……爬虫類車?
何て呼べばいいかな……まあ仮にトカゲ馬車と呼ぼう。
馬車とトカゲ馬車がやってきて、村のみんなから歓声が上がる。
「どうもー! 『商会』所属、ゴルゴー・ブルー・フォーカスと申します! お約束の品をお持ちいたしましたー!」
わざわざ大声で、良い声で叫ぶ狐男。
「……久しぶりじゃの、ゴルゴー殿。先日はレッドではなかったか?」
「しゅ……出世、しまして、ね! さあさあ、取引しましょう! あ、それと」
ぱんぱん、と、その毛並みでどうやってその音出したんだ? って手の音を立てる。
すると駆け足で白い毛をした女性の狐……じゃなくて、狐の獣身族が駆けつけて頷く。
そして指笛を吹くと、一番後ろの馬車から目元を隠した狐の獣身族がわらわらと現れる。
「?」
一瞬だけ周りのエルフさんたちが反応するけど、グリムさんが手を挙げて止める。
薄い布で目元を隠した狐の獣身族たちはタルや木箱を担いで、馬車の前に置く。
「こちらは、心ばかりのお品です。ご確認を」
言われ、タルや木箱の中を覗く、グリムさん。
ちなみに背が足りないので飛びつくようにのぞき込んでいた。
「……これは」
「ご入用かと思いましてね?」
「なるほど。これは仲良くなれそうじゃな」
薄笑いを浮かべてそうグリムさんが言うと、
「みんな来て良いぞ! ……『鉄』じゃ!」
振り向いて、声をかける。
するとおそるおそるエルフが何名か近づき、ゴルゴーとグリムさんを交互に見て頷いたりしながら、急いで樽を持ち去る。
そしてそれを半輪の一部のところに持っていくと、歓声が上がって、みんなしてそこに手を突っ込む。
「おい慌てるな! ケガするなよ!」
その手に握られていたのは、農具。
おそらくは鉄でできた、ここでは貴重な道具だった。
「……商売上手」
「なるほどねえ」
僕等は感心しつつ、
「あのー、まだ私浮いてなきゃダメですかね」
悪魔の声は無視することにした。
――で、それからしばらくして。
一定の食糧と油の壺を見せ合い、割符を重ねて、油を入れた壺は馬車やトカゲ馬車に積み込まれていく。
村のみんなが頭を下げ、当然のようにゴルドー達も続いた。
「あまり大きい壺は用意してないぞ」
「山道なのでその方が助かりますよ」
「そうじゃろうと思ってな」
「お気遣い痛み入りますね」
木の板に張り付けた紙にさらさらと羽ペンで何か書き込みながら、ゴルゴーが笑う。
そして指を止めて、
「ところで……先日、森にドラゴンが墜落したそうですが?」
「知っておるのか」
「知らない者はいませんよ。街の噂では『エルフの森の悪魔がドラゴンを殺した』とまで言われてますがね」
「……悪くないな」
「ほう?」
「舐められずに済む」
その言葉に驚いたのか、ゴルゴーはきょとん、とした顔になった後、
にっ、と表情を変えた。
「くっ……はっはは! その通り! そして私はその悪魔の森から油をせしめる勇敢な商人ですな!」
「……好きそうじゃなあそういうの」
「お互い様でしょう?」
たくましいなあ、と僕はそのやり取りを見ながら思っていた。
「で……モノは相談なんですが」
「ん?」
「この村に、ドラゴンの一部でも残っていませんかね?」
「一部……?」
「ほら、宝玉とか鱗とか、あるじゃないですか」
「宝玉や鱗……?」
首をかしげるグリムさんに、ため息をついてゴルゴーが返す。
「ほら、ドラゴンが通り過ぎた後に、たまに落ちてる鱗ですよ」
「そんなもんが欲しいのか?」
「そ、そんなもんって……加工すると装飾品になるんですよ……」
「へえ」
そりゃ木崎さんが好きそうだな、と思って隣を見ると、すでに目がキラキラしていた。
「鱗の装飾品ってのはどんなのがあるの?」
と僕が聞くと、
「そーですねえ……髪飾りや首飾りが一般的ですが、粉にして強壮丸にしたり、あとそのまま持ってるだけで武勲のお守りにはなりますよ」
「武器につけたら力が増したりとか、ドラゴンの属性を付与したりとかは!?」
「え? ……いやはは、子供のころはそう言うことも考えましたけど、それはおとぎ話の中の話ですよ」
「えっ……? 素材があれば武器は強化できるんじゃないの……?」
小声でそう絶望する木崎さんは、若干目が虚無になっていた。
「では少しもったいないことしたかもな」
書類に目を通しながら、グリムさんが言う。
「もったいないこと?」
紙を受け取って、ゴルゴーが首をかしげる。
「鱗はほったらかしじゃし、宝玉……は誰も見つけておらんよな?」
「無いと思うよ。あのドラゴンってバラバラにしたし……」
「…………は?」
くるくるくる、と回って羽ペンが落ちた。
「ん、どうしたゴルゴー殿」
「……つかぬことを伺いますが、ドラゴンはどうなりましたでしょうか?」
「いやだから……お主が噂になっとると言ってたじゃろ」
「死んだんですかあ!?」
「だからそういう噂だとお主が……」
「信じてるわけないでしょうがあ! ま、ま、ま、街一つ、いや、国一つ滅ぼす化け物ですよ!?」
「そうは言ってもな……ああそうじゃ、門のところに骨があったじゃろ?」
「み、見に行っても!?」
「構わんが……」
バッ! と飛び出して、成り行きで門のところにみんなで駆けつける。
そこには門の飾りとして、肋骨が木の門の支柱になっていた。
本当は頭蓋骨を飾りたいけど、ちょっとまだ匂うので畑の隅で干してある。
「ろっ骨を飾りにしたほうがいい、とキザキに言われてな」
「おお……おお、もう!」
言葉にならない、と言った感じで項垂れるゴルゴー。
なんかこの人……いや、この狐? いつも僕らの前で反応が壊れてるなあ。
「もしかしてもしかしますけども、鱗とか骨とかまだあるんですか?」
「鱗は……どうしたかのう。骨なら今朝ダシをとって……」
「ダシ……? え、いや、もしかして、食べました? ……ドラゴンを?」
「……肉と骨じゃろ、食べんのか? まったく、エルフが肉を食べないのは迷信じゃと……」
「ふおんおんおんおん」
もうゴルゴーは声というか嘆きというか、変な動きと変な音を発する何かになっていた。
「頭の中がうるさすぎるんですよねえ」
「あ。お帰り」
「只今戻りました。もういいでしょ?」
「うん、もういいって言うか、もうどうでもいいよね」
と、その時だった。
「マ……マルセ! マルセェ!」
「お呼びですか、ゴルゴー様」
「え?」
ふっ、と、そいつはそこにいた。白い毛並みの……獣身族。
いつの間に? と思う間もなく、何事もなかったかのようにゴルゴーのそばに現れて、耳打ちしている。
さっきはよく見なかったけど、口元を布で隠したそいつは、狐耳だけどメイドさんがかぶるような……ヘッドドレス? をしているし、両手には全ての指に赤い指輪。
僕等には一瞥もくれることなく、涼やかな目で話を聞くと、
「ではすぐに」
と言って、僕らにかすりもせず、全速力で、そして音もなく、外へ消えた。
「……メイド? 忍者?」
「……あれだけ静かに走る生き物を初めて見たよ」
木崎さんが呟いた。
僕もそうとしか、思えなかった。
「これが、私の今出せる額です」
それからしばらくして、小さな布袋を持ってきたゴルゴー。
「ぬお、金貨か」
「お願いします、これであるだけのドラゴンの骨と鱗を売っていただきたい」
「そりゃ構わんが……ちょっと時間を貰うぞ」
「ええそれはもういくらでも……」
そう言うとグリムさんがあちこちに声をかけて、鱗を集めさせていた。
そして骨は生ごみとして畑にほったらかしてある分もあると言うと、
「構いません構いません!」
「し、しかし生ゴミじゃぞ」
「生ゴミだなんてとんでもない! せめて引き取るだけでも!」
「じゃ、じゃあそれはタダでも構わんよ……」
「えひっ!?」
「農具の礼と思ってくれれば良い。あれは助かった」
「ぴゃあああああ」
狐の声帯っていろんな声が出るんだなと思う一日だった。
「それでは! また来ます! 今後とも! よろしくお願いいたします!」
何度も何度も頭を下げて、狐男、ゴルゴーは去っていった。
太陽の感じからするとまだ昼前くらいだけど、嵐のような奴だった。
「金貨と銀貨を手に入れた」
ちなみに木崎さんも満足してくれたようだ。
――なんだかんだで初の取引は終わって、村のみんなが解散すると、僕らはなんとなく大釜のテントに集まって、話をしていた。
ここにはエルフの誰かしらはいるから、なんとなく集まって料理を口にしてしまう。
朝一で働いたからお腹もすいたしなあ。
「金貨と銀貨を手に入れた……使い道がないけど」
「ほほう、これが金貨かあ、誰かの顔でも彫ってあれば面白かったがね」
先生もここにいて、ニコニコ顔で今日の話を聞いている。
「ふむ、このつくりからすると、単に金の交換をする金貨だね」
「金の交換?」
「ちょっと古い時代の描写なんかで見たことないかい? 金貨を一回秤に載せてから取引する様子を……」
「あー」
なんかのアニメで見たことがあるような……
「あれは要するに金貨そのものじゃなくて、金貨の中の金の重さで量を測って取引してるのさ。要は金そのものとの物々交換だから両替する必要はないし、粗悪な金貨があっても贋金とは違うんだ」
「ああはいなるほど……」
「世界史ではこういうことを学ぶべきだと思うんだがね。それで、もう一つの方はどうだったんだい?」
「え、もう一つって、何がです?」
「何がって……『白の森』だかなんだかの情報が欲しいって言ってたじゃないか。その情報を、ゴルゴーとか言う狐男から買うとか言ってなかったかい?」
「あ」
「あ」
――かんっぺきに、忘れていた。




