第226話 「魔物」と「魔王」
「……考えてみたら、別に不安がることはない気がしてきた」
「?」
街を離れてしばらくして、山道を走る馬車の中で天音さんが僕らに言った。
「あの謎バニーガールはああ言ったけど、そもそも『冒険』なんだから危険は当たり前。それが魔王ってことだとしても、むしろ魔王を討伐できるなら今後の面倒がないわけだし……スペース」
「はい」
一声かけると、椅子に座る天音さんの前にスペースが片膝をついて現れる。カッコ良いなあアレ……マカにやらせても絶対に面白くないだろうけど……
「お願い。魔王について知ってることを教えて」
「マカも頼む」
「はいはーい、マカちゃんですよっと……魔王ですかぁ。まあ、構いませんけどねえ」
「?」
どういうわけか、マカのほうがよりやる気がない。
それこそ魔王なんだから、悪魔の親玉なんじゃないのか?
とか思いつつ、僕らはスペースの話を聞くことにした。
ルトゥムの遺した変な椅子を少し気にしながらも、スペースは天音さんに促されて腰かける。
「……そもそも、現在のこの世界で、魔王を語る者は多くありません。というより……お気づきですか? このあたりには、『魔物』と呼ぶべき動物がほとんどいない」
「そう言えば……」
「ちょっと前に黒の森では見たけどね」
グリムさんがオークを矢で狩ってたし、割と序盤にドラゴンを見たからあまりそのイメージがなかったけど、確かにこの世界に魔物……モンスターは、かなり少ない。
「その理由が、お判りですか?」
「……人間……というより、知能のある生命体が、絶滅させたんでしょう?」
「流石です、マスター。そもそもこの世界も、長い歴史において幾度も『飢餓』を乗り越えています。その度、知的生命体の集落の周りからは大量の魔物が消える。この理屈はご理解いただけますね?」
「食べ物が無いって嘆いてる時に、魔物がノコノコ歩いてたらそりゃそうか」
「はい。仲間を襲うということは、仲間でおびき寄せることができる『肉』があるということ。知的生命体が選ぶ最も有効な戦術は一対多、あるいは罠です。頭脳戦で勝つからこその知的生命体ですから、つまるところ、魔物はもはや絶滅危惧種……それがこの世界の現実です」
「それってつまり、食欲が、魔物を絶滅させたってことだよな」
「はい」
「ある意味当然の帰結かもねえ」
「なんか意外だなー」
「自然の摂理です」
念を押すようにスペースが言って、しかしまだその表情は暗い。
「しかし、世界は広い。集落の周囲から絶滅したと言っても、集落がない土地では当然、まだ多くの魔物が生息しています。そして、『前人未踏の大陸』において、魔物を駆逐できる存在は存在しません」
「あ、そっか」
エルフ・人間・獣身族っていう知的生命体が魔物を絶滅させたのであれば、逆に言えばそれらがいない土地の勝利者は魔物だ。
「……ってことは、必然的に、宗右衛門さん達がするのは前人未到の大陸の話ってことになるよね」
「先ほどのルトゥムの話は私達も屋根の上で聞いておりましたが、おそらくはそうなるでしょう。少なくとも知的生命体のいる大陸において、もはや魔物は脅威と言えるほどの存在ではありません」
「なんか意外だなー。ゲームだと定期的に町とか村とか襲うのにね」
「……香撫様、例えばですが、貴女の住む森から徒歩一時間のところに『魔物の住む森』があったとして、貴女はそこをどうしたいですか?」
「え? うーん、狩りとかに行きたいかなあ」
「しかし、放っておいては夜中に襲われるかもしれませんよ」
「なら焼いた方が良いかも」
「そういうことです。魔物の脅威があるなら、それにいつまでも襲われ続けるほど知的生命体は悠長ではないのですよ」
「へぇー」
「……」
その言葉に先生がどこか表情を硬くしながらも、スペースは話を続けた。
「そう言ったわけで、本来であれば知的生命体のいる大陸から駆逐されるのが魔物という存在のはずでした。しかしある時現れた『魔王』は、その摂理を覆しました」
「え?」
「信じられないことですが、『魔物は、魔王の存在によってその知能を増す』のですよ。魔王と呼ばれる生命体は、ほぼ間違いなくこの力を有しています」
「……そうなると、何か厄介なのかい?」
「知能を増した魔物は、その種族に分け隔てなく『魔王』に従い、多くの国を滅ぼしたと聞いています。はるか昔の話なので文献すらほとんどありませんし、私も作られていませんが……実は、その時のことを神様に伺ったことがありまして。非常に……ええ、非常に、不機嫌になられました」
それは……怖いな。
神様を不機嫌にさせるほどの存在が魔王、ってのは、確かに恐ろしい話かもしれない。
「それというのも……どうやら、『魔王』は神様のあずかり知らぬ存在だそうで。つまるところ、『誰かが勝手に自分の世界に置いていった迷惑な代物』らしいのですよ。だからこそ、語ることすらも不機嫌になられるのだと思います」
「あーなるほど」
誰かが勝手に置いて行った存在が、こっちの世界で破壊の限りを尽くしたらそりゃ誰だってキレるだろう。
「へぇ。神様も色々あるんだねえ。僕らが言うのもなんだけどさ」
「私がお伝えできる情報はその程度です。お役に立ちましたでしょうか」
「うん、十分。ありがとう」
「じゃあ一応マカにも聞いとくか。お前何か知ってんの?」
「えー? 私ですか? いや、せいぜい名前とかくらいですよ。それだってスライムとかオークとか、大まかな名前くらいですし」
……何の役にも立たん。
「質問を変えるか。『神様的に見て、魔物の何が気に入らないんだ?』」
「っ」
「あー……そっち、聞いちゃいますか」
「え、僕今何かまずいこと聞いたか?」
マカどころか、スペースまで表情が硬い。
「あーいえ、別に悪いわけじゃないんですけど……はぁ。まあぶっちゃけますとですね、神様はですね、どうも『魔物のことも嫌い』みたいで」
「……嫌い?」
「神様が……好き嫌いとかするの?」
僕と天音さんは、呆けた顔で尋ねてしまった。
魔物は神様に嫌われてますよ、ってことなんだけど……あり得るのか?
「そりゃあしますよ。だってそもそも好きであなた達を呼んでるじゃないですか」
「そう言われたらそうだった」
納得はしたけど、違和感がすごい。
「じゃあ何で嫌われてんのかって話なんですけど、魔物ってどうも神様の存在を理解できないみたいで、とにかく神様に懐かないんですよ」
「ふぅん?」
「マスター達ならどうです? 自分に感謝や信仰をささげる存在と……」
「いやいい、大体わかった」
「分かってもらえましたか」
まあ、確かに神様も自分たちが何かを施して、ちゃんと感謝するくらいの存在の方が、関わって気持ちがいいんだろう。
「だからお前らも関わりたくないって?」
「関わりたくないとは言いませんけどね……そもそも『魔王』なんてどの神様にとっても逆鱗みたいなもんですよ。じかに聞くなんてもってのほかですけど、各世界の『魔王』の情報くらいは知っときたいんですよね……誰も教えてくれませんでしたけど」
「お前らも大変だねえ」
「いえ、むしろ大変なのはマスター達ですよ? それをどうにか倒しに行くんですから」
「そう言われればそうだった」
「ですからまずは、情報集めがしたいんですよね。『魔王』って言ってもいろんな世界にいくらでもいますから、私達が倒すべき魔王はどんな奴なのか、知らないと何もできないでしょ」
「……お前にそう言うアドバイスを貰う日が来るとは思わなかったよ」
「そうですか? ……あれ、今バカにされてます……?」
「してないしてない」
「……ならいいですけど。とにかく、魔物と魔王ってのはそう言う存在なんですよ。まぁだからこそ、あなた達をご褒美で釣るってわけなんでしょうね」
「旨い話には裏があるとはよく言ったもんだ。まあでも、とにかく全ては話を聞いてからだね。これだけ話をしても結局そう言う結論にしかなんないんだから」
どこか諦めた様に先生がそう言ったころ、馬車が止まって、扉が開いた。
いつの間にか町外れの森の奥、一軒だけ明かりのついたその屋敷は、明らかに普段から人が住む場所には無い。
「ここがパーティ会場……」
「おお、こんなところがあったのか。何やら暗い場所じゃのう」
馬車を降りたグリムさん達も屋敷の前に立って、入り口の門を見上げる。
すると誰かが何かすることもなく、勝手に鉄の格子戸が開いて、僕らを招き入れた。
「……なんか、地球だったらもう覚悟を決めてるところだよ」
「私も」
ついなんとなく天音さんに呟いたら、どうやら同じ気持ちだったらしい。
――『探偵』からしたら、こんな不穏なお屋敷はない。
町から離れた森の中、招待された僕らは、ともあれ屋敷に向かって歩き出したのだった。




