第21話 『それだけで』
「さて、長が貴女ということですが、今回の『戦争』について何かお話でも?」
椅子があって、机があって、お茶のような飲み物が出されて、口をつけたのは狐男……ゴルドーだけ。
ついでに言えば笑顔なのもこいつだけだ。
飲まないんですか? 値段の割にはいい味ですよ、とか言ってたが、僕らはそれを無視した。
「面倒は好かん。単刀直入に言わせてもらう」
そしてグリムさんが口を開く。
「はい」
「わらわの村から、手を引け」
「なるほど? 私どもの盟友であるチアさんを返してやる代わりに、撤退しろと」
「そういうことじゃ」
「なるほどなるほど、こんな森であの『北の森』のエルフの方々を退けるほどお強いなら、そういうことでしょうねえ」
「…………」
ぷか、とキセルから吸った煙を吐き出して、ゴルドーは言った。
その後ろには護衛だろうか、屈強な、いかにも歴戦の戦士です、みたいな雰囲気の、人間のおっさんがいる。
「ちなみに、『クレイセン王国の一部』として税金を払って生きる気は?」
「あるわけなかろう、こっちは自分らの食糧で手一杯じゃ」
クレイセン王国……それがこの軍を出した国か。
「ならお答えしましょう、その条件ではお断りですね」
そしてまあそうだろうな、という答えが返ってきた。
少なくともこの狐は、この理屈じゃ動かない。
「……盟友とやらに、慈悲はないのか?」
「ありませんねえ、お好きにどうぞ、としか」
「盟友ではなかったのか?」
「あなた達に戦いを挑んだんでしょ? それで負けたのはご愁傷様ですが、そのマヌケな采配は私どもには関係ありませんねえ」
「……」
「あ、でも返していただけるなら、それなりのお金はお支払いしますよ」
「『里』に恩でも売るつもりか?」
「第三王女とはいえタダではないでしょ? いい値がつくと思いませんか? その恩」
あ、チアさんって第三王女なんだ……
「……知ったことではない」
「ああ、棄民のみなさんからしたら、そうでしょうねえ。里のことなんてどうでもいい、と」
「っ……」
ぎり、と歯を食いしばる音。
僕も少し反応したけど、女子二人の方が反応が強かった。
それに対して普通なら少しは反応しそうなものなのに、狐男は顔色一つ変えない。
「……で、どうします? 彼女を売っていただけるというのであれば、お値段の話になりますけど?」
コン、とキセルを叩く音。
「ああ、売ってやる。ただし売るのは、姉上ではない」
「と、いうと?」
「お主の欲しいものを売ってやる、というのだ」
「……え?」
「聞こえなかったか? お主の欲しいものを、売ってやると……」
がたん! と音がして、狐男が前のめりになった。
その豹変ぶりに僕らも一瞬引いた。
「ちょちょちょちょちょおっとお待って下さい! 本当ですかそれは!」
……?
声が上ずって、表情も今までのポーカーフェイスがカケラもない。
「ま、まあ……そういうことに……」
とグリムさんが言おうとしたところで、ふと思った。
「グリム様」
「な、なんじゃ?」
「もちろん売るのはこいつに『だけ』ですよね? もし後から他に誰か来ても売らないでしょ?」
「ん? まあ……そう、なるのか? 買いたいというなら他の者に売ってもいいが、全部買い取りたいならそれで……」
「待っ待っ待っ待ってくださあい! 嘘じゃないですよね!? 油を、売ってくださる!? しかも私に独占で!?」
「だから、さっきからそう言っておるじゃろ」
そう言うと、むにい、とゴルドーは自分の頬を引っ張って、ぱちん、と戻した。
「夢じゃないんですねえ……え、何ですかこの幸運は? 噓でしょ?」
「信じれんと言うか?」
「え、えっと……」
まあ疑っているんだろうな、ということは理解できた。
というわけで、助け舟を出そう。
「グリム様、こいつどうせ、あの女に騙されたんじゃないですか?」
「? あの女? どういう……」
「チアとかいうあのエルフに、あの油は神聖なもので、奪いたければ皆殺しにするほかないとか……適当なこと吹き込まれたんじゃないですかね」
わざわざ聞こえるように言って、大げさに狐男の方を向く。
「あ……」
すると、狐男があんぐりと口を開けていた。
勘だったけど、当たっていたらしい。
まあ、チアさん視点だと『正直に欲しいと言えば油を売ると思いますよ』じゃ憎い村のエルフを殺せなくなるからな。
何かそう言う、誤解させる工作はしてると思ったけど、当たってよかった。
「同族を裏切る女を、信用するのが間違い」
「……」
そこへぼそりと木崎さんが呟いて、気まずそうにグリムさんが俯く。
「ま、まさかこの私が騙されるとは……不覚!」
ダン、と机を叩く。
悔しそうだが、とりあえずそれは後回しだ。
「それで? そちらは何を出せる? それなりの条件は付けさせてもらうぞ」
「は、はい、なんなりと! もうなんでもおっしゃってください!」
「まず、これ以上村を襲うことは許さん」
「もちろんです!」
「それに、これ以上森の食糧に手を出すことも止めろ」
「はい、それはもう!」
狐男のさっきまでのふてぶてしい態度が嘘みたいに変わって、若干僕らも反応に困ってきた。
「……あとはじゃな、ここから撤退して……」
「ええ、それはもう明日にでも!」
「えっと……後は……」
と、ここで僕らは気づいた。
「ちょっとタイム」
「タイム?」
木崎さんが割って入って、ゴルドーに向けていった。
「少し話し合う」
「ええ、構いませんとも構いませんとも」
椅子から僕らは降りて、ゴルドーに背を向けて、内緒話。
「……どういうことなんじゃ……? わらわ『売る』と言ったよな? それだけであいつ、態度がおかしくないか」
「あ、いや……」
「もしかして、罠か?」
うーん、どうも誤解があるっぽい。
まあ、さすがにこの状況じゃ仕方ないけど。
「いや……逆だと思うよ。グリムさんがあまりにも当たり前のことしか言わないから……」
多分、疑われているとしたら僕らの方だ。
「被害者意識って不憫」
どうやら木崎さんもわかっているらしい。話が早くて本当に助かる。
「どういうことじゃ?」
「もっと思い切ってさ、ごにょごにょごにょごにょ……とか言ってみれば?」
木崎さんは頷いて、グリムさんは渋い顔。
「いや、さすがにそれは無茶じゃろ……」
「いいからいいから。試しに言ってみて」
「……本当に大丈夫なんじゃな?」
グリムさんが椅子に戻って、
「一ついいか? 例えばなんじゃが」
「はい」
「お主らが森の食糧を食い散らかした分の補填として……『一年分』の食料を寄越せと言ったら?」
「それくらいならお安い御用です! 麦にしますか? 豆でも構いませんが」
「……なるほど、少し待ってくれ」
「はい」
複雑な表情で、グリムさんが顔をこっちに戻す。
「信じた?」
「……うむ」
「後はこっちが売る量はこっちが決める、とだけ言えばいいかな。それさえ守らせればおかしなことにはならないと思うよ」
「そうか……そう、なんじゃな」
「うん」
「一年分、とはな……油とは、そんなに価値のあるものだったんじゃな……」
どこか悲し気に、グリムさんがそう呟く。
もっと早く知ってたら……ってことなんだろう。
「……知らなかったことは、仕方ない。大事なのはこれから」
「そう、じゃな」
全員席に戻って、
「悪くはないな」
「おお、それでは、このまま『契約』をしましょうか!」
「うむ、あとはこちらが出す量の取り決めじゃな。具体的に……」
その時、背後から誰かの叫び声。
何を言ってるのかは聴こえないが、とにかく外が騒がしい。
「?」
「ち……嗅ぎつけられましたか」
そして、鎧を着た兵士が二人、僕らの前に吹っ飛んできた。
「!?」
「グリムさん、木崎さん、下がって」
この二人の兵士は、確かこのテントの前を守ってた門番だ。
入り口には、逆光だけど誰かの影。
僕が二人の前に出て、木崎さんはグリムさんの後ろに回って背中を守る。
そして遅れて狐男……ゴルドーが、入って来た『そいつ』の前に立ちふさがった。
「よお、抜け駆けか? 狐野郎」
「出し抜かれた熊野郎が今更何の御用です?」
2メートル近い、熊男。
狐の言葉に、すんすん、と熊が鼻を鳴らす。
「……まだ商談は終わってねえはずだがなあ? インクのにおい一つしねえぞ?」
「貴方が来なければ終わっていた話ですよ、忙しいのでお帰り願えますか?」
「断る、と言ったら?」
「実力――」
刀がぶつかる金属音。
「――行使ですね」
がちがちと音を立てて、鉄?を介して力が拮抗する。
両刃の大剣と、鉄の爪。
僕らの一番後ろにいたはずの大男が、一瞬で熊の大男に肉薄して、その剣を下薙ぎに振るっていた。
そして熊男も熊男で、腕につけた鉄の爪でそれを受け止めている。
「おいおい、平和的じゃねえなあ」
獣特有の白い牙をのぞかせて、熊男が嗤う。
「先に手を出したのはそちらでしょう、正当防衛ですよ」
腕は組んだまま、狐男が呆れたように言う。けれど目は笑っていない。
「おいおい、俺はちょっと話し合いに来ただけだ……ぜ!」
しらじらしい大嘘をついて、熊の足が大男に向かって伸びる。
それを大男は真正面から受け止めて、その衝撃で僕らの前まで下がった。
「それが話し合いの態度ですか……いいでしょう」
ぎゃりん、と音を立てて、狐男も剣を抜いた。
こっちは装飾の施された、異様に長い片手剣。
「決闘という事なら受けますよ? 二対一に限りますが」
「ああ、言い訳はそれで構わねえよ、抜け駆けする悪い奴らには罰が必要だろ?」
「商談を暴力で妨害する腐った頭は、切り落とすに限りますね」
「上等――」
次の瞬間、だった。
「待たんかぁっ!!」
叫んだのは、グリムさんだった。
その剣幕に、全員がグリムさんの方を向く。
「言いたいことは色々あるが――」
熊男を指さして、
「――お前誰じゃあ! いきなり現れて話の邪魔をすると思ったら、決闘じゃと!?」
すうう、と息を吸う音。
「そういうのは、わらわ達のいないところで好きなだけやれ! ケガをしたらどうする!」
テントの中が、しん、と静まり返る。
あまりにももっともな意見過ぎて、誰も何も言えない。
「……まあ、確かに。ここはさすがに狭すぎますか」
呟いたのは狐男だった。
「……失礼。グルファ・ブルー・ナッシュ。商会の者です」
そして熊男も熊男で、鉄の爪を外して、こっちにうやうやしく頭を下げる。
「で? 意味が分からんのじゃが、何でお主ら決闘するんじゃ」
「それは……この狐男が抜け駆けしたからです」
「私に言わせれば、この熊男が邪魔したからですね」
そう言って、互いを指さすが……
「抜け駆け?」
意味が分からない。
「エルフのお姫様はご存じないかもしれないが、我々は同じ立場なのです。
商談を持ち込んだ貴女に対し、我々二人が交渉する権利を持つ。にもかかわらず、この狐男はそれを破りました」
さっきまでの粗暴な口調を一応は隠して、熊男が言う。
「今のこの軍の仕切りは私ですからねえ、私へのお客様を私が応対して、その流れで私との商談をしただけですよ」
「解釈が平行線。それで……決闘?」
「そういうことです、人間のお嬢さん」
「……」
突っ込みどころは色々あるが、まあどうなろうとどうでもいいかなーと僕は思ったし、たぶんそれは木崎さんも一緒だった。
この商談を取り合ってる以上、この熊にもっと高値で油が売れるかもしれないしな。
「は? 何言っとるんじゃお主」
けれど、そこにあきれたような声。
「……私、ですか?」
声を上げたのはグリムさんで、尋ねたのは熊男。
「そうじゃ。グルファとか言ったか? わらわはもうすでにこのゴルドー氏と『約束』を交わしたぞ」
「……それが?」
「だからお主の出る幕なんぞはもうなかろうが。わらわは、このゴルドー氏にのみ、村の油を売るんじゃよ」
「グリムさん!?」
「グリム!?」
それ言っちゃうの!?
「なんじゃお主ら、何故驚く? お主らも話は聞いてたろうが。売れる油は全部このゴルドー氏に売る、それで終わりじゃろ」
「い、いや、まだ契約は……」
「長であるわらわがあの村を代表して『売る』と言ったんじゃぞ。この身に誓って、今更何一つ違えるわけがなかろうが」
「しかし契約書もまだ……」
「……? その『けいやくしょ』というのは約束事を書いた紙じゃろ? もう約束した以上、話は終わってるんじゃぞ? 何が言いたいんじゃ?」
「……」
「……」
そのあまりにも純粋な意見に、僕らは何も言えなかった。
まあ、明らかにヤバイこの熊男に油を売りたくないって気持ちもわかるけども。
「あっははは! 間に合わなかったみたいですねえ、グルファさん!」
ぽふぽふと手を叩いて、狐男が笑う。
「い、いや……だからそれは、抜け駆けで……」
「だったら商会の上に掛け合えばいいでしょう、それで商会が抜け駆けというなら、改めて話し合いをしますよ?」
「っ……ゴルドー、手前ェ……!」
「だって仕方ないじゃないですか、お客様が『話は終わり』とおっしゃるんですから。ねぇ? それとも、もう一度暴れてみますか?」
「く……っそがぁっ!」
だん! と地面を踏んで、テントが揺れる。
しかしそれ以上何かを言うわけでもなく、熊男は去っていった。
そして丁度そのタイミングで倒れていた門番二人が体を起こす。
慌ててゴルドーに頭を下げるが、しっしっ、とゴルドーが手を振るだけで追い払われていった。
「いやはや、助かりました」
「……嘘つき」
暗い表情で、木崎さんが言う。
「え?」
「あわよくばあの熊を殺すつもりだった」
「おや、流石にバレましたか。でも理由は分かるでしょ?」
「……」
まあね。
「お主らつくづく殺し合いが好きじゃのう。理解に苦しむ」
「いえいえ、私は野蛮なことは嫌いですよ? 殺さずに済むならそれで十全です」
「ふん……」
「それにもとはと言えば、罪深いのはあなたのお姉さんでしょ。しかもどうやら私は信用されているようですしね?」
「……いきなり乗り込んでくるさっきの熊よりはマシなだけじゃぞ」
「それでも私の方だけが契約を結んで、商談は終わり。利益は私の物ですのでねえ、うふふふふ」
……なんというか、本当にここは異世界だ。
やってることも言ってることも、そして起こることも、僕らの世界の倫理なんてものがカケラもない。
――つまるところ『世界』が違う。
しかしそれでも、この狐があの熊よりはマシってのだけは真実だ。
「さて、それでは書面にまとめるとして……手間を省いてもらったお礼に、一つお教えしましょうか」
「ん、なんじゃ?」
「実はあの熊、『私兵』を持ってましてね? 悪い噂も多いので、くれぐれも気を付けてください」
「どうせそんなことだろうと思ったわ。ああいう輩があれで大人しく引き下がるわけがない」
「単純」
「同感」
悪い奴ってのは、単純なもんだ。
――それからの交渉は、とても早かった。
荒野と森からの撤退、一年分の食糧、価格設定は2ヶ月ごとの話し合いで決めることなどなどを確約した書類を二枚作らせて、割り印をうって、それでおしまい。
撤退の期限は明日の日没、ということになって、戦争は終わった。
「ではこれをお持ちください。とりあえず三つあればよいでしょう」
「これは?」
「私の手形を割った札ですよ。ほら……私のこれとぴったり合うようになってるでしょ? 受け渡しのときはこれを合わせて下さい」
言われて、ジグソーパズルみたいな形の木の板を合わせると、確かに赤いインクの絵が合致して手形になる。
「なるほど。これを持って、お主の仲間じゃと証明するんじゃな」
「そういうことです。ちなみに一滴でも血が付いたものは無効ですので、よろしく」
「なるほどの」
こうして、エルフの里は、油を売ることにした。
それだけで、全て終わったのだ。




