第122話 高度な機動性と臨機応変な判断の結果
「今更ですけど、転生者の三人が見当たらないのってそう言うことだったんですね」
木崎さんのテントの中、僕と先生は改めて向かい合って座り、僕が言った。
僕が手紙を待ってた間はダメージもあってなるべく寝てたけど、さっさとマカに頼んで無理やり治すとかって手もあったな。
「ああ、ジョンソンさんには残ってもらってるよ。三人はさすがに目立つからね」
「なるほど」
……ん? ホウヨウさんの普段着って……まあいいや。
「で、僕がやられてぐーすか寝てた間に、みんなさっさと木崎さんを助けに行ってしまっていたと」
「ん? 囚われの姫を助けるナイトになりたかった?」
先生がこっちを見てにやにや笑う。
「んなわけないでしょ、木崎さんの無事が最優先ですよ」
「そうだよね、キミってそう言うやつだよ」
……だからって、悔しくないわけじゃないけどな。
木崎さんが僕に向けた、あの時の表情が忘れられない。
――僕を勝手に助けて満足していたあの顔を、僕は絶対に忘れない。
木崎さんからしてみれば自分が死なないからどうにかなるくらいの感覚だったのかもしれないが、そんなふざけた感覚で僕を助けて満足げに笑うとか……絶対にして欲しくなかった。
「……先生は、どう思ってるんですか?」
「え?」
「木崎さんが今回みたいな無茶して、心配じゃないんですか?」
「……それはさ」
コト、と机に湯のみが置かれた。
「僕なんかが、口にしていいセリフじゃないんだよ」
何かを悲しむような笑みで、先生はそう言った。
しかし意味が分からなくてつい、
「どういう……意味です?」
そう、聞いてしまった。
「よく言うだろう? 『私たちは教え子を二度と戦争に送りません』……どこで見た言葉だったかなあ、忘れちゃったけど、僕はね、探偵学園の教師である以上、教え子を危険な場所に送り込むことを、恥じたことは一度もないよ」
「……」
確かにそうだ。
僕らは『探偵』として、言われれば事件現場に向かうし、巻き込まれれば事件を解決しないとな、くらいの心構えでいたけど、先生たちにしてみれば、それは教え子を危険な場所に送り込む行為と変わらなかったのかもしれない。
「……でもね、他の先生と違って僕だけは余裕でいられるのさ。なんせこのチートがあるからね。
もちろん毎回『この事件で死ぬ探偵』をサーチして、そこに該当しないのを確認しない限り、絶対に教え子を事件現場には向かわせない。でも、何かの拍子にこのチートによる未来予想が外れたら……この事件外で、この事件が引き金になって何かに巻き込まれたら……そんな不安はね、こんなチートを持たない他の先生方が抱えてる恐怖と覚悟からしたら比べ物にならないはずだよ。僕だけがチートで不安を軽減してるんだから」
「……」
チートは世界を狂わせる、なんて思ってたけど、僕はやっぱり頭が悪かった。
《《世界を狂わせる力が、自分を狂わせる可能性なんて幾らでもあったのに》》――
僕はそれに、思い至っていなかった。
「もちろん、不安じゃないわけがないさ。でも一番不安なのは、彼女だったはずなんだ。たとえ殺されないからって、女の子が一人でエルフの森に単身乗り込むなんて、出来ることじゃない」
「……でも、木崎さんはやるんですよね」
どこか苛立ちみたいなものをまた感じながら、僕は言った。
「そうだね。それが彼女の性格だから。自分が乗り込んで、少しでも現状を良い方向にもっていってくれようとしているんだろう。本当に、『良い子』だよ」
そしてその苛立ちみたいな何かは、きっと先生も感じている。
でも先生も木崎さんも、根っこの部分は同じなのだ。
――自分はチートを持っているのだから、他の人よりもたくさん頑張らなければならない。
言語化するんならこんな感じの感覚だろうか。
チートを使ってるからチートを使ってない他の先生ほどの気持ちを味わってないと言う先生も、
死なないギフトがあるからってエルフの森にさらわれていった木崎さんも、そこにあるのは自己犠牲だ。
自分は酷使されてもいい、むしろ自分こそが酷使される側の人間なんだ、って感じの、嫌になるくらい崇高な精神。
……もっと、人生を楽しんでくれればいいのに……
なんだか僕もマカに似てきたのか、そんな言葉が思い浮かんだ。そう言えばアイツ、今何してるんだろうな。
「……木崎さんのそう言う、自己犠牲みたいな精神って、どうしたら治るんでしょうね」
僕が呆れたようにそう言うと、先生は笑って言った。
「あは、やっぱり治してあげたいんだ」
「えっ……そりゃそうでしょ」
「そっかそっか、その気持ち、忘れちゃだめだよ」
そう言って、すっと立ち上がる先生。
それを見て、あ、と気づいた。
「……ってそう言えば! 結局あの二人が何してるかとか、先生と木崎さんがどういう話し合いで今に至るのかとか! 全然教えてもらってないじゃないですか!」
「あっはは、キミもまだまだだなあ、話題の誘導くらい朝飯前だよ? 自分の話題を振られたからって……あーわかってるわかってる。逃げやしないよ。もともと、あの子から『自分に何かあったら』って話をされてたのさ」
「……今の言葉だけで大体想像つきましたよ。どうせ、『自分は死なないからゆっくり準備を整えてから来てください』とか言ってたんでしょ、おそらくはここ数日のうちに」
「大正解。まあ王国とやらに魔女が来た時点でかなり向こうのフットワークが軽いのは分かってたからね。目と鼻の先ってわけじゃないけど、ここが襲われることも彼女は予感してたんだろう。だから人質交換の案も、『商会』の情報網を利用する手も考えてはいたよ。まさか『商会』と情報網の話をする日と、襲われる日が同じとは思わなかったけどね。ギリギリセーフだった」
「それでそっちの話を付けた後、転生者の三人とも話をつけてくれてたんですね」
「そう、むしろほとんど彼らから言い出されたようなもんだったけどね。自分たちの不手際でこんなことになったから、何か助けになりたいって。だから遠慮なく、最大速度で白の森に向かってもらったのさ。最低限の保存食や、水なんかをできる限り持たせてね。君らがバスから持ってきた水筒とかが役に立ったよ。ちなみにホウヨウって子が転移の魔法ってのを使えるらしいから、今頃はもう白の森に着いてはいるんじゃないかな? もちろん広大な森らしいからすぐに安心ってわけじゃないだろうけど」
「……そう、ですか……」
それを聞いて安心して、なんかどっと疲れた。
「ってことは、こっちにいる僕らはゆっくりと白の森に向かえばいいわけですね。チアさんの無事を報告しながら」
「そう言うことになるね。そろそろ準備も整うころだし、戻るころには出発できるさ。何か準備することはあるかな?」
「何もないですよ。行きましょう」
「だね」
大釜に戻ると、テントの前には一台の馬車があって、エルフのみんなが何やら箱とかを積んでいた。
そして馬がいる位置には二匹のキョルと、
「……ジョンソンさん?」
骨のケンタウロスみたいになったジョンソンさんがいた。
「あっ、遅かったですねえ! もうほとんど準備終わりましたよ! さあ行きましょう! 宗右衛門さんとホウヨウさんは先に向かってるので! 今頃もうお二方は到着してますよ!」
「あの、それは大変うれしいんですけど、ジョンソンさん」
「はい?」
「そこで良いんですか?」
「え? だって私……あ、そう言えば人間でしたね! でもまあこっちのほうが狭い所より楽なので構いません!」
何があってこんな形態に進化してるのか知らないけど、本当に大丈夫かなこの人。
「せきな殿、説明は済んだのか」
「うん、うっかり言ってなかったことが多くてね」
「我らも忙しかったんじゃ、それは仕方ない。では行けるか? セイギ」
「もちろん。マカ、お前もついてきてもらうぞ」
そう言って呼び出すと、ぽん、と空中に現れて、
「……ええ、準備できてます」
今までに見たことのない鎌を手に、そう言った。
今までのはせいぜい光る大きな黒い鎌って感じだったけど、何故かマカが今持ってるそれは明らかに禍々しいオーラが増して、いくつかのパーツを組み合わせた可変式みたいなギミックになっていた。割とかっこいい。
「あれ? パワーアップさせたのか? それ」
「ええ、ちょっと思うところありまして。マスターの脳内にあったとってもかっこいい武器を参考に……」
「よくわかったありがとうお疲れ様」
強制的に追い払って、見なかったことにする。
「姉さまも馬車に入れてある。食料も水も積んだし、あとはわらわとお主とお主の妹と、せきな殿が乗るだけじゃ」
「……この村には、誰も残さないんだ」
「白の森の戦争も近い。わらわが残ってここが的になるよりも、いっそ最大戦力で向かいたいのじゃ」
「了解」
そうして、馬車に乗り込むと、既に奥にはチアさんと香撫がいた。
「ねえ、白の森に戻るのってどんな気持ちなの?」
「だから……敗軍の将として責任を……」
「でも嫌々妹さんを危険にさらしといて、今更そっちに義理立てする理由って何なの?」
「そ、それは家族が……」
「でもその家族と王権を争うんでしょ? 最悪負けたら殺されたりしない?」
「そ、そんなことするわけ……」
「グリムさんの前で同じこと言える?」
「ぐ、ぐぬ……」
そして妹がエルフの女騎士に言葉攻めをしていた。
「おいこら」
ごん、と拳骨を落としてやる。
「ひゃん。何すんのお兄ちゃん」
「あまり虐めてやるなよ、何日かは一緒に行動するんだから」
「はーい」
とかやってたら、背後から声。
「では行ってくるぞ皆! 留守は頼んだ! 絶対に! 絶対にわらわは勝って帰ってくるからな! 信じて待っていてくれ!」
歓声が上がって、馬車が動き出す。
前方の布をまくり上げると一応手綱を握る場所と椅子はあったけど、ジョンソンさんがいるからいてもいなくても変わらないかもしれない。
「道分かるんですか?」
「ええ、地図は頭に入ってますよ。門を出たら速度を上げますので、揺れに気を付けてください」
「はい」
そうして、僕らは門をくぐり、歓声に送られながら、どんどんと馬車は加速する。
行く手にはさっそく暗雲が立ち込めていて、雨が降りそうな日のことだった。




