差出人不明のバレンタインチョコレート1/2
※今作は2021年のバレンタイン作品であります。賞味期限の切れる前にお早く召し上がって下さい。←←
それは俺がいつものように風呂から上がった時のことだった。
「ソウター、アンタ宛に荷物が届いてるわよー♡」
何故だかニヤニヤして渡す母親に悪寒を感じながらその荷物を訝しげに受け取る。
──何の変哲も無い、郵便物の入った箱だった。差出人、藤野 薫子。宛先、赤井 颯太。とても綺麗な文字でそう書かれている。
確かに俺宛だ。何もニヤニヤする要素や怪しい点は無い。…ただ、藤野 薫子と言う名前に心当たりが無い以外は。
──それも大して気になることでも無かった。
俺は今の仕事に落ち着くまで色んな職を転々として来た。そのどれかで知り合った誰かがふと俺のことを思い出したか、何か大事なものが入っているのかも知れない。
そう思うとその箱を開けるのに躊躇は無くなった。
「…ん?」
箱を開けると、梱包用の袋の上に“親愛なる颯太様へ”と書かれたメッセージカードがあった。
これも綺麗な文字だった。自室に入り、机の上にカードを置いておく。
「さて、本命は何だ…?」
俺は正直楽しくなっていた。30手前になった今日この頃、親愛なる誰かからプレゼントが届いたのだ。楽しくないハズは無いだろう♪
「…箱、か?」
楽しむ俺を焦らすように梱包は厚く、いわゆるプチプチで包まれて中の箱らしき何かが見えるだけだった。
趣味用の道具箱から良く切れるハサミを取り出し、プチプチした袋を裂いて行く。プチプチは後で母さんの暇潰しにでもプレゼントしよう♪
…そうして取り出された中身はやはり箱だった。
「…なるほど。」
中身はチョコレート。そして今日は…2月14日だった。母さんがニヤニヤしてたのはこれか…
…どこの誰かは知らないが、寂しい俺には最高のプレゼントだ。後日お礼の手紙を贈らせて貰おう。チョコレートの感想を添えて、なるべく綺麗な文字で♪
「さて…では、いただきます。」
1階からビールを持って来て、自室に戻り、チョコを1つまみ。
──チョコレートはまるで市販品のように1口サイズの四角いそれが四角い箱に整然と並んでいた…。
…何となく素敵な薫子さん像を思い浮かべて少し緊張してしまう。…こんな俺で良いのだろうかとごくりと唾を飲む。
…しかし、光沢のあるチョコレートをぼうっと眺めていると次から次へと唾液が溢れて来た。
美味しそうだし、折角の贈り物だ。食べない手は無いだろう。
「…美味い。」
不思議な味のチョコレートだった。食べたことがあるようで無い、まるで俺の好みに合わせて作られたかのようなチョコレートだった。
「ウィスキーボンボンか…。」
カカオのコクが残っている内にビールを流し込みたいところだが、何だか健康に悪そうだ。俺はビールをコーラに変更することにした。
「…ん?」
美味い美味いと食べていると、チョコレートの下に何か…写真が入ってることに気付いた。
やれやれ…まだ何かあるのか?藤野 薫子さん。きっと気遣い上手かイタズラ好きな素敵な女性なんだろう。
その上料理上手と来た。…そんな良い相手が俺にいただろうか…?
等と考えながらも、俺は酔いが回ったかのように右端から順に次々チョコを口へと運んで行った…。
──そうして現れたのは。
「俺…?」
満面の笑みで目を閉じている為、判別しづらいが着ている服には見覚えがあった。間違い無い。俺だ。
…ごくりと唾を飲みながら次のチョコを口に入れる。…どうやら俺の隣には誰かがいるようだった。
…この人が藤野 薫子なのか?全然思い出せない…。
…俺は藤野 薫子が誰なのかを思い出す為、チョコを食べ続けることになった。
──そして。遂に藤野 薫子の顔が明らかになる…
「…!」
瞬間、心臓が飛び跳ねた。
──藤野 薫子。
5、6年前に俺と付き合っていた彼女。…そして、俺は重過ぎるその愛に耐え切れず逃げ出し…俺を地の果てまでも追って来た最悪のストーカー。
「はぁ…はぁ……」
忘れていたかった記憶が一気に蘇り、動悸が激しくなり始める…。
──奴が警察に逮捕された後も、俺は奴に怯え続け、職と住所を転々とすることになった…。
その後3年間何も無かった為に今の実家へと戻って来たのだ…。
──ごくり。と唾を飲み、チョコを置き去って写真を手に取った。
──間違い無い。藤野 薫子。奴だ。あいつが再び俺の前に現れたのだ…。
どうやって俺のことを知った?
…いや、そうじゃない。あいつはまだ俺のことを想っているのか…?
…写真の中の薫子は幸せそうに俺と腕を組んでいた…。
──まるで、“私を忘れるなんて許さない”と笑っているかのように…。
♪♪♪♪♪!
「…わっ!?」
…ただのスマホの着信にここまで狼狽える。
…落ち着こう。誰か、警察に相談しよう……
「……!」
画面に表示された電話番号を見て、俺は凍り付いた。
──藤野 薫子の番号だったからだ。何故そう断言出来るか?電話番号の最後の数字が俺の誕生日の数字だからだ。
間違い無い。薫子だ。タイミングから考えても薫子以外考えられなかった。
「っ…っ…」
震える手で必死に、通話を拒否するボタンをタップする。
「…ふぅ…ふぅ……ふぅ。」
そう安堵した時だった。
♪♪♪♪♪!
「ひっ…!」
またもスマホに着信。またも番号の最後は俺の誕生日の数字だった。
「何で…何でなんだよっ!!」
こっちは番号もメアドもキャリアも機種も何度も変えてるのに!!
「ひっ…ひっ…!」
さっきよりも震えながら通話を拒否し、スマホの電源を切る。
…そして後悔する。
すぐに110番すれば良かったと気付いて。
「はぁー…はぁー…」
手が震えて持っていられないので机に置いていたスマホ。いつも持っているスマホが今は俺を追い詰める凶器となっていた…。
「ふぅー…。」
──1分だ。薫子がこっちの電源オフに気付いたところで警察に電話をかける。
あと57秒、あと56秒…55…
プルルルルルルッ!
「ひっ…!…はぁはぁ…」
鳴ったのは1階の固定電話だった。まさか。まさかまさかまさかまさかまさか!
「ソウター!電話よー!!」
「うわぁあああああっ!!!!」
「ちょっとソウタ〜!?!?」
奴はどこまで追いかけて来るんだ…
俺はどこまで逃げれば良い…?
どこまで…
どこまで……
どこまで………