「FROZEN BEACH」
出会いの場所はそもこの“フローズンビーチ”。
──海さえも凍りそうな、凍てつく冬のビーチで出会ったキミとボク。
如何にも訳ありげなキミに、ボクは何かあったんですか?と声を掛けた。
キミは答える。
『会社をクビになってしまって…』
キミの言葉に抱いたのは驚異と敬意だった。
驚異は、単純に大事に首を突っ込んでしまったと言う恐怖。
敬意は、そんな人生どん底の中にあって、この人が冬の砂浜に1人佇んでいると言う畏敬にも似たそれ。
…ええとあの後、ボクは何て答えたんだったか。
…確か、
「…明日もありますよ。」
とかそんな言葉だった。
そんな陳腐な言葉に涙を流す彼女に何かを感じたボクは、『明日もここで会いませんか?』と問い掛けたのだった…。
──あの日の次の日。放課後、あのビーチへ向かうと彼女は缶コーヒーを両手に2つ持ってボクを待ってくれていた。
渡されたコーヒーは氷と間違う程に冷えていて、彼女は『昨日は私の話ばかりしちゃったから、今日はキミの話をしよう?』と話題を振って来た。
…夕焼けを浴び、影を尻尾のように生やしながら、あるか無いかも知れない『自分』の話をした。
…結局の所、ボクは恥を掻いたのだ。
ボクは将来、理科大学を目指しているだけの女学生で、キミを救う力など何も無いことを曝け出した。
…けれどキミはそれには何も言わず。ただ、ボクの慌てるような話を聞いてくれていた…。
『海の色の主成分は水に反射した太陽光なんです。』
『だから、夏の空と冬の空が微妙に違うように、夏の海も冬の海とは違ってて…』
相も変わらず慌てて話すボクに、キミはただただ微笑みを向けて…こんなことを言った。
『ねえ…この海が凍って道が出来たら、キミとどこかに行かない?どこに着くかは分からないけど♪』
──その時だ。ボクがこの場所を“フローズンビーチ”と名付けたのは。
ボクは真正直に『科学の力で何とかしてみます』と言い、彼女はそれを笑った。
冗談とは思わなかった。恥を掻いたのだ。
そんなボクにキミは、
『じゃあまた明日、ここで会いましょ?』と言った。
…その次の日。昨日赤っ恥を掻いたばかりのボクは『キミの話をしませんか』と言った。
…その結果も結局、恥を掻いた、或いは掻かせただけかも知れない。
…キミがした話はこんな話だ。
会社はクビになったけど、お父さんの遺してくれた保険金があるから当面は大丈夫、とか。
『お父さん、死んじゃったんですか』
『…。』
その時のフローズンビーチは空気さえも凍ったようだった。
『そう言えば、この海を科学で凍らせる方法、思い付いた?』
『ま、まだです…』
『うふふっ…♪』
──やがて、ボクが口下手であると気付いたキミは次の行動に出た。即ち肉体関係だ。
フローズンビーチで文字通り一夜を過ごしたことも数多くあった。
凍ったビーチで2人の吐息だけが熱く、火照っていた。
──だがそんな関係にも終わりが来た。
キミは海が凍るのを待たずに海を渡ってしまった。
…それを知ったのはキミがいなくなってから何日も後。砂浜に遺書を見付けたのだ。
再就職には失敗し、父の保険金も底を突いたので『時間切れ』だと。
──ボクはキミを救えなかった。
何も出来ないままに大人になり、キミと同じように失職した。
今になってみれば、キミの気持ちが良く分かる気がする。
…出会いの場所はそもこのフローズンビーチ。
キミに驚異と敬意で考える。
この凍っていない、溶けた海の底でまたキミに会えるだろうか?と──