ホワイト・シガレット
──西暦2030年代。
ある商品が売り出された。
“人体に有害な物質を完全に排除したタバコ”である。
タバコ本来の味わいと中毒性、快楽感はそのまま。肺を害することも無ければヤニで歯や家が汚れることも無い。灰も落ちない。
これはあらゆるヘビースモーカーに大ウケし、たちまち大ヒット商品となった。
この新しいタバコはフィルターに当たる部分も白い。と言うより、タバコ全体がフィルターの役割も果たす為、どちら側に火を付けても良いのだ。
その為、そのタバコは従来のタバコと区別する意味、“体に無害”と言う意味も含めて。
“白タバコ”、またはWS等と呼ばれた。
この新しいタバコの登場に依り、どのメーカーも挙って開発に乗り出した。
人々はそれまで健康等に気を使ってタバコを吸っていなかった人から子供達までWSを使用するようになった。
一方で、タバコのポイ捨てがより一層深刻化し、街は掃除ロボットが行き来するのが当たり前になった。
それに伴い、タバコ等のゴミのポイ捨てすら当たり前になった。街の何処に捨てても必ず掃除されるのだから当然の成り行きとも言えた。
とある誰かが言った。
ホワイト・シガレットの登場で街は常に清潔に保たれるようになったと。
また、人々はタバコを吸う時と場所を選ばなくなり、仕事場や学校でも堂々と吸う姿が見受けられ、物議を醸した。
人々は街中でタバコを吸い、恋人との逢瀬でタバコを吸い、スポーツ観戦でタバコを吸い、公共交通機関の中でタバコを吸い、宗教の祈りの場でもタバコを吸い、泣き止まぬ赤子にタバコを吸わせ、政治家達もタバコを吸い、結婚式の客さえタバコを吸って新郎新婦を祝う場面も多々見られた。
何故こんなに広まってしまったのか?
人々がタバコを吸うこと、吸われることに慣れてしまった所為。誰もがタバコを吸っている為に誰もがそれを咎め切れなくなった所為だ。
人々は咎めるどころか、“タバコミュニケーション”と言う言葉さえ作り、それらを楽しんだ。
見方に依ってはこれ程便利なツールも無かったのだろう。何処ででも買うことが出来、どんな作業も妨害しない。また、どのような場所でも吸うことが出来る。
更に、何本吸おうが体に害は出ないのだ。“吸わなきゃ損”と考える人も多かったことだろう。
また、タバコを吸いストレスの解消された人々は揉め事も減った。
また、労働者向けに開発された“集中力の上がるタバコ”に依りあらゆる業界で作業効率は上がり、議会での議論は円滑に進み、それは世界経済にも大きな影響を与えた。
斯くして社会はより一層平和になり、犯罪件数も少なくなり、事件事故は減り。
──そして22世紀。
世界から戦争は無くなった。──
──人々はホワイト・シガレットに依り一応の安寧を得、愛と平和を享受した。
さて、これからの100年はどうなって行くのだろうか?
これ以上平和になるのか、それともタバコを吸うばかりで堕落して行くのか…それは誰にも分からない。