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呪われた王国

うちの局長は呪いよりタチが悪い

作者: ごんちゃん

呪われた王国シリーズの7作目です。


※この国の男性王族は呪われています。学園に通う15歳から18歳の時期に『無邪気なヒロイン』に強制的に出会い結ばれる為の様々なトラブルに巻き込まれるという傍迷惑な呪いに。呪いに抗いながら幸せを模索する王族やその周囲人々を描いたシリーズです。


作中に前作マーガレットの長兄と警護対象だった令嬢の長兄が名前だけ出てきますが、ストーリーには関係ないです。

誤字脱字報告ありがとうございます。

私はイリ-ナ・シュミット。

貧乏子爵家の三人姉妹の長女(出稼ぎ要員)であり、そろそろ売れ残り確定の21歳。

後ろで一つに括っただけの灰色の髪に濃い紫色の瞳の私は、その色あいも手伝って目立って美人というわけでもなく、かといって不美人と言われるようなこともない、つまりは至って普通の容姿だ。

持参金も実家の人脈も期待できないこともあり、見合いの話も聞かないし、たまに来ても高齢な貴族男性の後妻であったり、子供に恵まれなかった家の愛妾打診であったりするのだから、イリーナとしては一生独身でも構わないから働いて仕送りをしつつ自立した生活を送りたいと考えるようになるのにそう時間はかからなかった。

もちろん今現在も独身街道まっしぐらである。

成績の方も、学園では上の下ぐらいでまあまあ優秀かな、といったレベルであった。

幸い、私の在学中には王族男性が在学していなかったこともあり、至って平和な学園生活だった。

私が他の者より得意であった数少ない特技の一つが情報処理能力であり、現在の職は授業の資料作りなどをよく手伝わされた学園時代の恩師からお礼代わりにもらった推薦状で手に入れたものだ。

情報処理の他の一応特技であろうことは、顔色や表情があまり変わらないことで、相手に自分の感情を読み取らせ辛いというものであったが、気をつけていないと態度にしっかり感情がでてしまうので、あまり有効に使えるわけではなかった。

そして現在。

王城の一室で日々新たに届けられる報告書と、過去の大量の資料と格闘しながら、日々各部署の方々と連携をとり、我が国にかけられた呪いに関して状況改善を模索するというある部署に勤務している。

私の所属する部署の名前は『呪い対策特別委員会事務局』という。

情報整理と各部署との交渉や調整が任務であるため、ご大層な名称な割に所属しているのは現在二人だけである。

要するに、呪いによって起こる様々な問題に対する対策をひたすら頑張るお仕事なのです。


◆◆◆


「今日は今年度1学期の報告があがってくるんだったかな、シュミット君」


優雅にコーヒーを飲みながら片手で書類をペラペラめくっているのが、私の上司でここの局長グスタフ様だ。

書類や貴重な資料に零すと後が大変なので、コーヒーを飲むときはソファ席へうつって下さいと何度言っても相変わらず聞く気はないらしい。

記憶力は抜群で指示や判断も的確と、とにかく仕事は出来る人なんだが、色々とメンドクサイ人で私はいつも振り回されてばかりな気がする。

このグスタフ様、実は現国王陛下の末弟で、年齢は確か31歳になったのだったか。

王弟殿下とお呼びするには些か緩い服装で、時には無精ひげも剃らずに過ごしている。

せっかく美しいはずの王族特有の金髪もほとんど整えることはなく、サイドは面倒だからと短く刈り込み、少し長めのトップの髪を髪紐で結んでいる、いわゆるツーブロックというヘアスタイルは冒険者や傭兵には見かけるが、貴族男性では見たことがない。

一度ヘアスタイルの理由を聞いてみたこともあるが、本人曰く『楽』なんだそうだ。

王族屈指の鑑定眼持ちらしいが、とにかく見えすぎてしまって辛いと言って普段は魔力制御のかかったメガネもかけている。

おそらく初めて彼を見た人は、紹介されない限り王族だと思わないだろうということだけは断言できる。


「ご存じのように今年度は、3年にジュスラン王太子殿下とガウディール公爵家嫡男アスター様が、新入生でサフラン侯爵家嫡男ルイフォン様、西のフェルナー辺境伯家次男ダンテ様が在学中ですが、今のところ大きな問題は起きていないそうです」

「良かったね~。で、詳細は?」

「はい。まず以前から問題になっていました『池にヒロインが落とされる件』略称『池ポチャ』ですが、昨年池を埋め立てて景観魔法で池のある中庭を演出してみたところ、従来の呪い発生時期には年に5人ほどいた池ポチャが今年度は今のところ1人だそうです」

「ん…?いや、待って?池がないのに池ポチャした人がいたの?その人なにやったの?」


昨日学園からあがって来ていた資料をまとめたものを読み上げると、その内容に右手でクルクルと回していたペンを取り落とした局長が、眉間を中指でトントンと叩きながら尋ねた。

まあそうですよね、私も同じことを昨日思いましたとも。


「えーっとですね……ああ、池の投影された壁に激突してたんこぶができたそうで」

「たんこぶ……そうなんだ」


光景を想像したのか、取り落としたペンを拾い上げる局長の口元は少し上がっている。

この対策を昨年決めた時には、これで池ポチャはなくなるだろうと自信ありげにおっしゃっていましたもんね。

その予想を裏切られて気に入らないというより、それを面白いと感じているんだろう。

この人はそういう人だと、この職場に勤めて3年で私は良く分かっている。


「とりあえず、今後は激突抑制の為に立て札で注意喚起ということで処理しようかなと思っておりますが、宜しいですか?局長」

「まあ、そこまでやってもぶつかったら、王家持ちで治療するってことでいいんじゃないかな?」

「かしこまりました。ではそのように学園営繕部に依頼を出しておきます」

「よろしく~」


ヒラヒラと左手を振って、椅子でクルリと一回転。


バサバサッ


「あ……」


だから……そんなことするから要らんもの引っ掛けて書類の山崩したりするんですけどね。

ああ、拾わなくていいです。

後で私が拾っておくんで、今はちゃんと椅子に座って報告聞いてもらった方が助かるんです。

心の中で色々ツッコミいれながら、表情には出すことなく私は報告を続けていく。

いちいちツッコミ入れていては仕事が進まないのだ。


「他は目立って昨年度と数値的に変わっておりません。それから、魔道具開発チームから学食で使う自動配膳ドールの数が揃いそうだと報告来てます。2学期から早速導入できそうですよ」

「流石にドールが配膳したら誤ってドリンクやスープを制服にかけただのかけられただのって争いはなくなるね。チーム員には臨時ボーナス出すように財務課に依頼だしてくれる?」


学園で常々起こる呪いによるトラブルの一つが、学食での汁物や飲み物を零すことであった。

『うっかりして零しちゃって、ご迷惑おかけしちゃってごめんなさーい、てへっ』とか。

『○○様(王族の婚約者)にわざと掛けられちゃいました。ひどぉーい…シクシク』とか。

もちろん大半は呪いの影響でのことなので処罰もできないが、もちろん放置もできないので、これまでは学食に警備の者と浄化魔法を得意とするメイドを配置して対応していた。

しかし、学食を利用するのは昼時だけとも限らないし、いつ起きるか分からないトラブルの為にずっと優秀な人材を学食に配置しているのも無駄が多い。 

その為、魔道具でどうにか対処できるだろう、それとも無理か?と、局長が魔道具開発部門のトップであるフィッシャー伯爵を散々煽っていたのが一昨年の春のことだ。

開発に1年。調整や量産に更に1年かかったが、自動で動く配膳ドールをこの短期間で実働まで持ち込んだのは脅威のスピードだといえるだろう。

見た目は少しばかりシュールだが、配膳カートにメイドタイプの上半身がついていて、注文した際に受け取る番号札のあるテーブルに配膳してくれるのだから、安定性もばっちりだ。

ちなみに最初は宙を飛んで運ぶタイプを考案したらしいが、運搬中に生徒にぶつかる可能性が否定できないということで、カート型に落ちついたそうだ。

コストもある程度抑えて製作できたようで、貴族家の給仕の給金より少し高い程度なので、給金以外でかかる費用を考えれば十分実用化できると判断された。

学園で問題なく運用できれば、他国への販売も視野に入れている。

我が国は、呪いの対策の為に考案された様々な魔道具や魔法を他国に輸出することで、近年大きな利益をあげている。

呪いに困っているのにそれのおかげで利益もあるという、なんとも可笑しなものだ。

今朝報告に来てくれた魔道具開発チームにいる同級生は、それこそ無精髭で目の下に隈も出来ていたから、よほど無理をしたことが分かる。

局長、フィッシャー伯爵を煽りすぎなんですよ。

会うたび煽ってましたよね。まあ、本当は仲が良いのは知ってますけど、部下が可哀想ですよ?

ボーナス、相当弾んでもらわないと彼らも割りに合わないんじゃないですかね。


「かしこまりました」


内心で色々とツッコミながら次の報告を口にした時だった。


「それと、魔術研究所から例のサンプルあがってきてますが…」

「おお、出来たんだ!!制服だよね!?」


机に両手をついて嬉しそうに局長が立ち上がった。

あれ?

それまでの報告も一応聞いていたけど、これはいつも以上に前のめりな気がする。

確かに制服の問題は結構前から重要課題の一つでしたけど。


「はい、そうです」

「コスト面と性能がうまくバランスとれないって言ってた件は?」


制服自体は結構前から呪いに対応できる魔法などがあったものの、常時発動させ、それを今後呪いが解けるまで無期限で全ての生徒の制服にかけるとなると、コストや人材の問題がどうしても出てくる。

それをどうにか解決するために、これまで幾度も制服に関する対策は議論されてきたのだ。


「最終的に、完成品の制服に一つずつ魔法付与せずに、焼成時に屑魔石を混ぜ込んだ胸元の飾りボタンにそれぞれ防水・防汚魔法と再生魔法を付与したそうです。効果範囲は制服全体だそうで、制服を受け取った際にこちらの胸のエンブレム部分に魔力を通すと持ち主登録できるそうですよ」

「なるほど、そうきたか!いいねぇ、早速試してみようよ!じゃ、シュミット君着てみて!」


嬉しそうに制服を色々な角度から眺めていた局長は、当然のように私にその制服を差し出してくる。

私は無意識に受け取りそうになって、慌てて手を引っ込めた。


「は?!いやいやいや、なんでこの年になって学園の制服着ないといけないんですか?セクハラですか?」

「セクハラって何?まあそれはともかく、実際着てから試さないと分からないことあるかもしれないじゃない」


思わず口調が乱れる。

最初の頃はもちろん貴族令嬢として礼節を重んじた言葉使いで接していたのだけれど、ある時思わず口に出してツッコミをいれたら、それ以来気にしないで思ったことを言って欲しいと言われている。

身分を気にするとスムーズな仕事ができないんだと言われたが、そもそもツッコミいれるようなことをしなきゃいいんじゃないかと思う私が間違いなのだろうか。

そのやたらいい笑顔はなんですか、局長。

元がいいんだから無駄に笑うのやめてください。

こっちは免疫ないって知ってるでしょうが。

そもそも私既に21歳ですよ。10代じゃないんです。

今更制服とか着てたら痛い人でしょう?

誰かに見られたら恥ずかしくて明日から登城できないんですけど。

ちなみに、セクハラっていうのは性的な嫌がらせ発言や行動のことだと我が家の近所に住んでいた平民の女の子が言っていた言葉なんだけど、意外と便利な言葉なので私もついつい使ってしまっている。

彼女は確か、昨年王立学園に入学したけどすぐにサクラ学園に転校したって母が言っていた。


「それってマネキンで良くないですか?!」

「ダメダメ、それじゃ水かけたときの温度変化とかが分からないでしょ」

「そういうのは研究所で確認終わってると思うんですけど!」


キッパリハッキリ事実を伝える私を、制服片手にジッと見つめてくる局長。

いや、貴方私より10歳も年上ですよね?

なんでそんなおもちゃ取り上げられた子供みたいな顔してこっち見るんですか。

私が着ても目に楽しくないでしょう?

どうせならその辺歩いてる可愛いメイドさんに着て貰ったほうがいいと思うんですけど。


「シュミット君……お願い」


やめて。

なんで大の男が子犬みたいにシュンとしてるんですか。

どうせそうやってまた私を揶揄って楽しんでるんですよね。

いつものことだから良く分かってます!

分かってますけど……。


「……もう、分かりましたよ!着ます、着ればいいんですよね?!」

「うんうん、そういうこと!よろしくね~」


変わり身早いですよ!

私の着任後半年で同僚だった3歳上の男性が別部署に移動してから、こういうタチの悪い揶揄いが増えたが、なかなか慣れることがない。

私はこの局長のズルイ『お願い』に弱い。

この人はそれを知っていて落ち込んで見せているに違いないのに、それをスルーできる能力が私にはまだ備わっていないのが悔しい。

局長の手から制服をひったくると、隣にある資料室へと逃げ込んだ。

ドレスと違って官吏の制服は女性のものでも自分で着脱が簡単にできるから、一人で着替えることだってもちろんできる。

着替えながらふと浮かんだ疑問がひとつ。

なんでこの制服は私のサイズにぴったりなのだろうか。

もしかして、最初から私に着せようと思っていたのだろうか。

セクハラ上司め!

内心でたっぷり悪態をつきながら制服のエンブレムに魔力を通して着替え終わった私は、隣室へ続く扉を開けた。

室内を見回すと、ドアのすぐ傍に壁に寄りかかって立つ局長と目があった。


「えっと……着ましたよ」

「いいね、似合ってるよシュミット君」

「いえ、それはないです。それで試すって何するんですか?」

「そうだねぇ、とりあえずは水?」


そういって局長が指をパチリと鳴らすと、私の頭上にメロン大の水球が現れてパチンッと弾けた。

当然私は頭から水をたっぷり浴びる羽目になった。


「きゃっ!?ちょっと局長!これ制服の性能試してるんですよ?頭からかけることないですよね!ビショビショになったんですけど」

「ごめんごめん。なんだ、この魔法の効果範囲って制服だけなんだ?」

「そりゃ元々制服の汚損を防ぐのが目的ですから、制服だけで十分だと思いますよ?!さっき効果範囲は制服全体っていいましたよね、私」


説明しました!

私、ちゃんと説明したはず!

魔法はあまり得意じゃない私は、濡れた髪を乾かすこともできずプルプルと顔を左右に振って、顔に張り付く髪を避けるしかない。

制服は……濡れてない。制服はね!


「そういえばそっか。水弾いた時に何か熱かったり痛かったり変化はない?」

「特に異常は感じませんでしたよ。髪が濡れた以外は!」

「あはは、じゃあ次はインクかな?」


嫌味をたっぷり籠めたのに、伝わっていないのか反省してないのが良く分かる、軽い返事だけ返した局長は、おもむろに手に持っていたインク壷の中身を私の方へ楽しそうにぶちまける。

悪戯小僧ですか、貴方は!

インクは制服には着かなかったが、弾かれてソファ席に置いていた書類に黒い水玉模様を描いてしまった。

大理石の床にもインク溜まりができている。

これ掃除するのも私なんですが!


「ああああ!!局長、思い切りぶちまけすぎですっ!床と書類にインク飛んでますって!」

「ホントだ、失敗しちゃった。ゴメンね」

「軽い!もうほんと、局長の謝罪軽いですから!」

「うん、良く言われる」


そうですね。

3日に1度は私も言ってます。

国王陛下や他の方々も良く言っていらっしゃるらしいです。

そんな風だから、未だに結婚できないんじゃないですか?


「はぁ……じゃあ、これ着替えてきます」

「なんで?まだ終わってないじゃない」

「まだって……」


溜息をつきながら、着替えようと資料室の扉に手をかけた私の手に、何故か局長の掌が重ねられた。

大きい掌……じゃなくて!

ななな、なんでナイフで思いっきりスカート破ってるんですか!?

そんなに破ったら太股全部出ちゃうじゃないですか!

胸元のボタン、無理やり開けたから糸が切れてますけど!?

私の無駄な脂肪が露出しちゃいますから!


「え?!ちょ…ムリです!馬鹿エロ局長!!このオープンスケベ!!」

「知ってる~」

「何してるんですか!変態!!犯罪者!」

「ん~?だって、持ち主以外が制服を破損した時の復元状態確認しなきゃダメでしょ?」

「そういう問題じゃないですっ!!」


部下に学生の制服を着せてそれを破るとか、絶対それは実験じゃなくてただの変態行為ですから!

壁際に押し付けられるような姿勢がやけに恥ずかしくて、両手でグイグイ局長の胸を押すけれど、体格差があるのでビクともしないのが悔しい。


「こんなところ誰かに見られたらどうするんですかっ!」

「え?私は別に困らないよ?実証実験だって言えばいいだけでしょ?それにほら、制服元通りになってるし」

「あ……」


確かに破られたスカートも無残に引きちぎられたボタンも言い争ってる間に元通りになっている。

抵抗して息のあがった私の乱された髪だけが、さっきの蛮行が事実だと物語っているのみだ。


「ほらね?コスト抑えてこれなら、十分だよねぇ」

「う…た、確かにそうですけど。だからってあんなやり方する必要は…」

「はいはい、じゃあ次は自損した時の検証ね」

「はぁ……分かりました」


なんだか納得がいかないが、終わったことをいつまでもぐちぐち言っても仕事は終わらない。

そもそもいつだって、この人と言い争っても言い負かされるか流されるかのどちらかだ。

早くスルースキルを身につけたい。


「というわけでシュミット君、今度は自分でスカート破ってみて?はいこれナイフね」

「……は?」

「私が修復するまでの時間を計っておくから、さっき私が破ったぐらいしっかり破ってね」


良い笑顔でナイフを差し出す局長は、実に楽しそうで。

さっきぐらいって、太股ガッツリ露出してたアレですか?!

流石にそのナイフで刺してやろうかとは言わないが、ちょっと首絞めるぐらいは許されるだろうか。

今度陛下にお会いする機会があったら、聞いてみようかと真剣に思う。


「破りません!!修復時間は報告書に記載されていますからね!もう着替えてきますっ」

「ええー?」

「えーじゃないです!局長の変態オヤジーーっ!!」


局長の腕の中を抜け出して、資料室の扉に飛び込むと後手に鍵をガチャリと閉める。

扉の向こうからはクスクスと笑う声が聞こえてきた。

やっぱり面白がっているんだ、この人は。


「確かに君より10歳は上だけど、オヤジは酷いなぁ」

「はいはい、変態は認めるんですね?」

「どうだろ。男って大なり小なりこういうとこあるでしょ」

「知りませんよ」

「相変わらず、シュミット君は反応が面白いね。君のそういうところ、好きだなぁ」

「そんなことで好かれても嬉しくないですっ!」


本当にこの人はメンドクサイし、手は掛かるし、人を揶揄ってばかりだし、本当にタチが悪い。

子供みたいな悪戯したり、こんな嫌がらせじみたセクハラもするくせに、時々紳士で優しかったりするのも本当に卑怯なのだ。

本気で怒ったり嫌ったりできない自分自身も良く分からないし、何か拗らせているのかもしれない。

まあ、気にしても仕方ないけど。


「それは残念。お詫びに今度うちの料理人に、君の好きなシュネーバル作らせて持ってくるから許してくれるかな?」


笑いながらも、優しい声で問いかけられると、ついつい許してしまうのは別に局長の顔がいいからとか、この身分違いの厄介な人を好きだとかじゃない。

断じて、ない。


「……明日、食べたいです」

「うんうん、明日ね」

「ビーネンシュティッヒも食べたいです」

「じゃあ、それは明後日。とりあえず、今は君の髪を乾かしたいかな。着替えたら出てきてくれる?」

「……仕方ないから、それで手を打ちます」


扉を出ると、ソファの背もたれに片手を置いて、こちらに手招きしてくる。

王族を罵倒したのに、咎められもしないのはこの部屋の中だから。

下級貴族の私にそんなことを許しているこの人が、何を考えているのか私にはさっぱり分からない。

ソファに座るよう促され、何故か王弟殿下に髪を梳かれている私。

局長は、火魔法と風魔法を器用に使って濡れた髪をフワフワと浮かせながら乾かしていく。

気持ち良いけど、男性に髪を触られるなんてこと普段はないので、なんだか恥ずかしいし変な気分だ。

顔色変わらない体質で良かった。

こんなことで照れていると知られたら、きっとまた揶揄われるに違いない。


「その……ありがとう、ございます」

「いいよいいよ。私が濡らしたんだしね」

「ある程度乾いたらいいですよ、局長」

「ん~?ちょっと待って。ついでに髪も編んであげるから」

「え……いえ、あの」

「いいからいいから、こう見えて器用なんだよ」


貴方が器用なのは知ってます。

単に少しばかりだらしないだけで、やれば何でも出来ちゃう人ですからね。

そうじゃなくて、男の上司に髪を結ってもらうのはどうなのかって話なんですが。

内心でツッコミいれていたら、クルクルと器用にサイドを編みこみにされて、ハーフアップで纏められて、自分でもしないような可愛らしい髪型にされてしまった。

慣れてますね、こういうこと良くなさっているんでしょうか?

まあ、独身王族ですしそりゃモテますよね。

変わった人だけど、顔は整ってるし基本的には良い人ですから。


「よし、できあがり」

「ありがとうございます」

「うんいいね、そういう髪形も似合ってて可愛いよ」


ニッコリ笑って褒めてくれるけど、部下へのご機嫌取りだって分かってます。

勘違いはしないので安心してください。

これぐらいの態度や言葉に翻弄されていては、局長と心安らかに仕事なんてできませんから。


「そうですか。では、制服はこれで採用と魔術研究所に連絡を入れて、来年度から採用する方向で学園と調整してみます。各部署への指示も出して来ますので、局長は残りの資料の確認とサインお願いしますね」

「ああ……うん」


早口で話しながら、手早く纏めた制服とそれぞれの部署へ持っていく書類を手にした私は、急ぎ足で事務局をあとにする。

二人しかいないのだから、いつまでも局長と遊んでいる暇はないのだ。

忙しすぎて、せっかく王城にいても売れ残り引取り先候補との出会いすらないのは、絶対局長のせいだと思う。

この国の呪いは、王族にとってタチの悪い呪いなのかもしれないけど、私にとってはうちの局長の方がよっぽどタチが悪い。

今日の仕事をさっさと片付けて、今夜はゆっくりお風呂に浸かって眠ろう。

明日は美味しいお菓子が待っている。


「……うそだろ、あそこまでしても意識されないのか……手ごわいな、シュミット君」


1人部屋に残された局長の呟きは、私の耳に届くことはなかった。

こうして、今日も『呪い対策特別委員会事務局』のメンバーは肝心なところで噛み合わないまま一日が過ぎていくのである。


end

はっきり言えば良いのに年の差を気にしてあまり強く言えないヘタレセクハラ王弟グスタフ様。

それなりに好意を伝えられてるのに全く伝わっていない鈍感イリーナ。

部署も二人だけにして外堀はグスタフに埋められつつあるのに、全く気付いていないのでした。


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[良い点] 呪われた王国シリーズでオフィスちょっかい(ラブまでいってない…殿下それオヤジのアプローチ) 殿下のヘタレが悪い!王様はイリーナの愚痴に頭抱えてそうですね。超読みたいです← [一言] 殿下…
[気になる点] 気持ち悪い。 こんな上司いたら職場辞めるわ。
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