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一章1「終わりの始まり」

 その怪物は、突如として世界を侵食し、人々を襲っては残虐に殺し続けていた。

 戦乱の世。かつて人間は、「骸」と呼ばれる怪物に対抗するため、「混骸」と呼ばれる人を超えた生命体を作り出した。

 ーーこれは、人と骸が紡ぎ出す、残酷な世界を生き抜く、死の運命を背負う少年たちの物語である。


 ************************


 時は、現代。人間は増え続け、世界に70億と存在していた。

 テロリストによる事件が絶えず続くこの現代を生きる人々は、毎日無作為にどこかの建物が破壊されるほどの秩序の無さに頭を悩ませていた。


「……いくら課金しても、推しが来ねぇ」


 そんな現代に生きるこの少年は、そんな秩序とは無関係にベッドの上で布団にくるまっていた。


「やっぱ物欲センサー張ってやがるな、こりゃ」


 スマホ画面を食い入るように眺め、一つガチャを引いてはため息をついていた。

 この少年、別に引きこもりというわけではない。ただ、体がしんどいから今日は学校を休んでいるのである。

 爆発した寝癖を掻きむしり、独り言を呟いたと思えばまたスマホに集中する。


「俺、何やってんだろな」


 1ヶ月ほど前、高校の陸上部の、可愛くて大好きな先輩が引退したのだ。それまでその先輩に振り向いてもらうために全力で部活に打ち込み、100mを9秒で走るほど努力していた少年にとっては、失ったものが大きすぎた。心に穴が開いている状態、いわゆる「燃え尽き症候群」真っ只中なのである。


「別に努力したって、報われなきゃ意味ねぇんだよな。お先真っ暗だよ、俺は」


 そう呟いた直後、窓の外がまるで太陽が落ちてきたかのような閃光とともに地が揺れる程の爆音が鳴り響く。

 その異常事態に思わず跳ね起き、張り付くように窓の外を見る。遥か向こうの景色、なんとかぎりぎりに見える建物と、シンボルマークである「リンブスマリクタワー」が爆発し、炎上しているのが目に入る。


「嘘だろ……? 次のターゲットはあの街かよ……」


 テロリストによる被害は今の時代有名で、爆発地域の周辺は壊滅的。被害者は、爆発が起きた周辺地域の人間が圧倒的に多かった。

 少年はカーテンを閉め、不安から身を守るために布団の中に蹲り、事態が過ぎるのを待つ構えをとった。

 そとから、二度目の爆発が聞こえる。いつか、この建物も爆発するのではないかという恐れに心臓がバクバクと拍動していた。

 しかし、突如として発せられた音に、思わず身を乗り出すほどの好奇心が芽生えたのだ。

 なんと、爆発した建物を、大きな骨を纏う巨大な怪物がさらに破壊し、咆哮上げているのだ。

 その非現実的な光景は、男特有の好奇心と、退屈な日々を打ち壊していく非日常に対するワクワクで少年の心に火をつけたのだ。

 思わず家を飛び出し、怪物がいる場所へと足を出向かせる。

 1時間もしないうちにたどり着いたその場所は地獄のような光景であり、野次馬少年を後悔させるには十分すぎる程の恐怖で埋め尽くされていた。

 燃え上がり建物を侵食していく黒い炎に空へと昇る煙、赤く染まった空、空を映し出す赤い海。怪物が人の群れに足を振り下ろし、潰された人々の腕や血、と地面の破片が飛び散る最悪な光景であった。


「なんだよこれ……テロリストじゃなかったのか……?」


 呟いた直後、怪物と目が合う。目、と呼んでいいのだろうか、黒く丸い粒が集まった集合体のような目がふたつ、明らかに少年の目を見ていた。

 怪物が、こちらに歩き出す。周りを無視して一直線に。なぜか、少年の方だけを見て、少年だけを求めているように向かってくる。

 やがて、目の前に聳え立つ。その大きさは、横幅人10人分、縦マンション3階分という巨大な体躯で、長い首を少年の前まで下ろし、大きな口を開けた。四方向に開いた口には、一つ一つに細かな歯が並び、鋸のような形状で噛まれると絶対に助からないということを物語っていた。

 再び、目が合う。大きな口は、少年の目の前でゆっくり閉じようと動き出していた。

 目を瞑る。目の前にある恐怖から逃げるように、ただひたすらにぎゅっと目を瞑った。


「……」


 何も、感じない。痛みは来ない。食べられた感触もない。死とは、こんなにもあっけなく一瞬で終わってしまうものなのか。

 暗闇の中、死ぬ覚悟を決めて瞑った目を、そっと開ける。

 何も、変わっていなかった。目の前には大口を開けた怪物がおり、どう考えても死ぬ状況で停滞していた。


「また、これなのか」


 ごく稀に、生き物と目が合うと、その生き物が停止する時があるのだ。

 猫カフェで猫と目が合うと、停止する。飛んでいるカラスと目が合うと、そのカラスが停止し地に落ちる。

 その「ごく稀」が、今、発動したのだ。まるで、神の悪戯のように。

 一体、何が起きたのかわからない。どうして、この怪物は自分だけを狙ったのか。どうして、目が合うと停止するのか。


(ーー深く考えては、いけない)


 その言葉は、突如として脳内に響き渡った。

 艶のある、優しげな女性の声。が、一体何が起きているのか、混乱に混乱が重なってしまう。


 ザクッ


 刃物が刺さったような音がして、上を見上げる。そこには、細長い日本刀のような刀で怪物の首を串刺しにし、少年を見つめる赤髪の女性がいた。


「あなた……もしかして、血を引いているの?」


「……ぇ」


「あなた、名前は?」


「ぇあ、し、代谷真紘です」


「そう、あなたが」


 女性は、訳のわからない質問をし、勝手に納得して怪物の方を見る。


「とりあえず、何故か止まってるこいつを殺さなきゃね。」


 そう呟くと、女性はその細い腕をしならせ、岩よりも硬いであろうその怪物の首を骨ごと断ち斬った。


 ************************


「私の名前は緋色綺羅。あなた、少し特殊なようね。」


 赤髪の女性は、そう言葉を発しながら、怪物に体をそっと触れた。


「なにをしているんですか……?」


「ん〜、あなたが知る必要のないことよ。」


 冷たく質問を斬り捨てる。


「それ、いったいなんなんですか?」


 真紘は、問いかけを続ける。ふと、綺羅が立ち上がり、刀の切先を地面に立て、こちらを振り返った。


「この事件のこと……あなた自身のことを知りたければ、私と共に来なさい」


 緋色は、その艶やかな声と、美しい紅の髪をかきあげ、怪しげに笑った。

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