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こんなにも昭和の匂いが詰まった道具立てばかり、集まってしまって

テイストの違う昭和ふたつの道具立てを、ハードボイルドの「やせがまん」で割ってみました。

 あまりにも昭和の匂いのついた道具立てばかりだったので書き留めておく。


 そうした(たぐい)の雑居ビルにある店に、もう決めているらしい。長々と付いて来たけれど、いまだ溶けこめずにいる。バブルの時代のような、それよりも一世代むかしのクリスマスで浮かれ始めた時代まで遡るっているかは定かでない。 

 でも、似たり寄ったりの連中なのだ。己れの男を夜の街の全面に押し出したいムンムンが、溢れている。みんな、サイドベンツに切った短いジャケツを、本当に乗馬スタイルで上下に揺らして、キュッとあがった自慢の尻の割れ目を強調した光沢のある黒いタイトのズボンで、ひけらかす。


 こんな夜の闇でも夜目(よめ)の効く女ばかりと思っている様子だ。

 何しろ怪しい、危ない演出なのだ。


 そうした匂いが嫌いなわけでない。むしろ好ましいと思うからこそ、こうしてどこの誰かも分からぬ赤の他人ばかりの中に身を寄せているのだ。けれども、その匂いが身につくのは毛嫌いしている。服を脱いだあとの肌からそれが発散される身体は、もう、ほんとうに想像したくない。

 そんな脇の甘さを悟られないようにムンムンのリズムに合わせて、エレベーターに向かう。


 トップライトみたいな照明ばかり明るいホール状の「あな」まで進むと、メンツはその中に見えない格子でも見えてるように右手の奥に塊りとなる。リズムを乱したわたしの袖を、その中の一番小さなヒトがひいて塊りの中に(もぐ)すと、エレベーターは一気に上がる。

 「それ(ふう)」のガラス張りなんかじゃない。本当になんの箱にも囲まれないまま、最上階のクラブまで昇っていく。

 

 足が浮き上がったまま、引っ張られるように。


 通りに面した正面の小さくなっていく酔っ払いたちの夜景と、各階の店の名を記した重厚なドアに見送られながらエレベーターは順々に上がっていく。

 シャム猫。三毛猫。タマに三十郎。猫の名前の店ばかり。重厚なドアには、ヘアーが見えないように、お股を両手で隠したオールヌードの等身大のポスターが貼ってある。階下の酔っ払いからは見えない。ここまで上がってこなければ見つからない趣向になっている。


 ますます怪しさ、危なさはエスカレートしていく。ワクワクもエスカレートしていく。


 着いた。ドアをあけて、そのまま奥へ。ワンフロアーぶち抜きのゴージャスなクラブだ。横一列にみんなが座るのでわたしも座る。シマった、入るときに店の名を見ておくの忘れてた。いまさら、逆戻りはできない。

 夜のスリリングさは将棋の歩と一緒。出来るのは、前に進むか立ち止まるか。あとは金に化けるか相手様にもぎ取られるか、だ。


 ふかふかのボックス席だってあるのに、みんなピアノの前に座ってる。こんなぜいたくな広さの中、贅沢なグランドピアノが奥の真ん中にドーんと居座っていて、5人はすでにマスターから配られたバーボンウイスキーのはいったグラスを器用にピアノの鍵盤の上に置いている。

 口を付けたら黒鍵盤を鳴らさずに、その2本をコースター代わりに、ふわり。

 配られたソーダ割りウイスキーのはいったグラスを持ったわたしがまごまごしてる間に、ストレートのメンツはお代わりをマスターに頼んで、閉まってる黒蓋に置くや否や、グラスの底が蓋に触れる前にサッと口元に半分流し入れ、残りの重みで黒鍵1本が沈まない加減をはかって、小さなワンショットグラスをその1本に乗せる。

 鍵盤は半分まで沈み、ハンマーは半分まで持ち上がったが、ピアノは揺らさず鳴らさず、大人しくワンショットグラスを抱きかかえてくれる。


 さすが、ミュージシャンはやることがおしゃれだ。


 そう、5人はジャズミュージシャンなのだ。さっきのワンショットのメンツは、トランぺッターだ。3杯目をあけたら、ほかのメンツとは違い、店のおごりの熱々のTボーンステーキにはナイフを入れず、バーボンでゆすいだ綺麗な口腔で愛用のマウスピースをあてがい、呼ばれればいつでも駆けつける腰つきになっている。

 同じようにお口を使うプレーヤーでもサックスは別らしい。背中廻しの太刀のようにアルトサックスを右肩から左わき腹に落とし差ししたままほかの4人と一緒に、口のきれいなトランぺッターの残した分まで固くて熱々のTボーンステーキに向かってナイフフォークを力任せに入れて、食らいつく。


 後ろから眺めたって、ピアノに向かって横一列に並んだ黒服の6人が、服を汚さず鍵盤を汚さずエレガントにワイルドに肉に挑みかかっているのは圧巻だろう。

  

 いくら贅沢なグランデピアノでも6つのステーキ皿をそのままダイニングテーブル代わりに乗せるには無理がある。1台のピアノに6人の連弾なんて聞いたことがない。

 だから、こうして6人に均等に綺麗に配膳するには、ちょっとした工夫が必要だ。グランドピアノのくぼんだアールのスペースが持ち場の立ち位置になっているマスターは地味にしこしこおまじないしている。


 みると、手のひらサイズの手帳に「誠」と書かれた一文字が暗い店内から浮かんで見えた。

 ここまでは聞こえないが、何かしらのもぞもぞを吹き込みながら、誠の右側の方、つくりの方をこすると高音部の鍵盤の数が増して、一緒に黒い蓋も右に延びていく。さっきは多分左端の(ごん)べんの方をこすって、低音部に陣取ったトランぺッターとサックスプレーヤーの居場所を広くしてやったのだろう。

 なにごとかの工夫がなければ、贅沢なグランドピアノだってバーカウンターやダイニングテーブルの代わりにはなれない。


 「おーい、そこの若いの」

 何度声をかけても返事をしないので、しびれを切らしたのか右端に陣取っていたベースが、多分バンドマスターなのだろう、ー バンマスはドリフの頃からベースときまってるー が、つかつかやって来てわたしの肩を掴んだ。

  ー えっ、若いのってわたしのこと。どうみたってみんなわたしの方が二回りは(とし)くってると思うんだけど・・・・などと悠長なことは、言っていられないらしい。わたしは、クインテットだったバンドをシックステットにした張本人としてステーキの皿が片付いたらステージにあげられる運びになっている。

 トランペット、アルトサックス、ドラムス、ベース、そしてピアノ。この上に何を足すの。わたし、小学校のリコーダーよりほか楽器なんて触ったこともないのに。どうしよう、Tボーンステーキ食べちゃったし、

下戸のくせにこんなところまでついて来ちゃったから。あー、さっきのオールヌードのお姉さんたちもボックス席に座っている。今夜は、この雑居ビルの関係者のご招待なのだ。青くてスケスケの、でもちゃーんと隠れてる、おしゃれなカクテルドレスだ。

 食べて、飲んで 、下戸だからあのソーダ割り、見せかけのカクテルなんだけどなぁなんて言い訳しても、 ー わたしたちのハダカ見ちゃったくせに、等身大だからって、あんなの高校生が普通に買えるエロ雑誌の付録と一緒じゃんなんて言わないで、何もできないからって何もしないで、だましたのねって言われちゃうぅ・・・・・


 隣の男が肘をぶつけてきた。わたしよりも禿げていて貧相だ。こんなメンツいたっけ。生きてるヒトというより、ミイラになりかかった男の顔だ。

  -そんなことより、助かりたいんだろう。 

 ぎくっとした。読まれている。

  -カノジョ、怖いぞ。ボスの女だ。写真だって等身大だからな。ほんもの見たのと同じだぞ。それなのにタンバリンも打てないんじゃ、あーぁ。


 「お願いだから、力になってください」


 ちょこんと右手に乗って手なずいたとわかったら、左手でスツールからブランブランしてる足元のつま先の先を指さした。そこにはグランドピアノの脚しかないと思っていたら、手ごろな「穴」があいている。スツールをすっと滑るようにミイラが先に入いったので、同じようにプールに飛び込むように手足バタバタして深呼吸して息を止めて飛び込んだら、準備運動したとおり穴の先はプールの中で、先を泳ぐミイラは慣れた潜水の要領で前に進んでいく。

 ひとかきひとかきに無駄がない。大きなオールのような平泳ぎだ。


 「そうだ、そうだ」と大切なのことに気づいたことを述懐する。


 あのミイラ、オールみたいな掌のわけだ。あいつがあそこのピアニストだったんだ。ここまできて、トンずらしていなくなったらどうするんだろう。なったらなったで、4人で演奏するんだろう。あのバンマス腹が座ってるから、ボスと今日のお客さんに向かって、最初っからカルテットみたいな顔してさ。

 でも、ピアノがいない、メロディー楽器二本のカルテットってあったっけ。そんな曲、聞いたことない。



 

 抜けた先は、見おぼえがある。わたしの実家だ。正確にはわたしの親たちが子供だったころの実家だ。父も母もいっしょくたになって、それぞれに知っている限りの親戚が集まって、狭い居間に集まって宴会してる。父の親戚すじは、酒の飲めない男ばかりだったのに、みんなタコみたいに真っ赤になってえらく楽しそうだ。

 ー 月日が()てば、ひとは変わるさ、覚えている思い出だって変わるー

 何か奥深いことを言ったと言いたそうな顔だったので、助けたお礼にふむふむと頷いた。

 それにしても、大きくなったとはいえ、わたしは血のつながりがあるのだから此処にこうしていても何の不自然さもないのに、このミイラはいつまで居座るつもりだろう。どうせ読まれているんだからと、好き勝手に腹の中で呟いた。 ー 自分だって場違いにあんな怪しい盛り場うろついて、危ないメンツにくっついて、あげくの果ては四肢でも剝がされそうな顔して泣きついてきたくせに。勝手なもんだー とでも返すかと思ったら、しくしく泣きだしそうな湿っぽい水音しか返ってこない。

「言い過ぎたよ、堪忍しておくれ」と、実を見せたらすぐに機嫌を直した。


 死んでしまった身内を、どんな形でさえ会わせてくれたのだから、きっと根はいいやつなんどと言い聞かせる。そんなときは聞こえないふりをしているらしい。 ー小さな家の中じゃ、相手がそんな風になったとき、顔なんて見ないように背中向けるのが、粋じゃないかー なんてセリフが浮かんできた。


 ひとり悦に浸かっていると、「こっちこっち」と勝手に奥へとどんどん進んでいってる。「先に風呂入ってるよ」まで聞こえると、脱衣かごに服を投げ入れ、すでに風呂場に入ったらしい。

 よくもまぁ、他人の家の風呂に抵抗なく入れるものと考えていたら、「大人たちみんなお酒飲んでるから、かまってくれる人がいないから、ここん()の子どもたち、みんな裸になってこっちに来てるよ」と中で声がする。

 そんな、と風呂場を開けると、一番町にあった萩の湯みたいな大きな湯舟と洗い場が出てきて、裸ん坊の男女7人の子供たちが湯掛け合戦の真っ最中だった。むろん、その中に小さなわたしも入っている。小学生のお姉さんたちが恥ずかしがらずに相手しているから小学生ではない。保育園に行き始めか未就園児か。ミイラは、裸になったら子どもに化けたのか、どこの誰かは皆目見当がつかない。


 先に入ってるわたしが見えてるのに、いまのわたしも一緒に入りたくなって裸になる。ここにそのまま入るのは恥ずかしいから、何かのせいにしようと試験勉強中なのをいいことに、脱衣場に積んである本の中からそれ風の一冊を風呂場に持ち込む。

「そんな古い行政法の教科書なんて、公務員試験する学生だって今じゃ読みやしないよ」と声がした。

 声はしたが、誰かはわからない。何だか声変わりする前のわたしの声のような気もする。



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