桜花の天神通り外伝-菖蒲と鈴蘭-
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桜花の天神通り外伝-菖蒲と鈴蘭-
作:狩屋ユツキ
【登場人物】
<菖蒲>
二卵性双子の姉。
少しだけ鈴蘭より言葉数が少ないが気は強い。
<鈴蘭>
二卵性双子の妹。
菖蒲よりよく喋るが比較的冷静。
【所要時間】
20分程度
【比率】
男:女
0:2
【役表】
菖蒲♀:
鈴蘭♀:
-------------
菖蒲「鈴蘭、ここ、石が置いてある」
鈴蘭「本当ね。桜の花も供えてある……誰かのお墓かしら」
菖蒲「……柊の知ってる人だったのかもね」
鈴蘭「……そうかもね」
菖蒲「私たち、柊のこと何にも知らないね」
鈴蘭「そうね。あんまり自分のこと話す奴じゃなかったから」
菖蒲「でも、私、柊のこと忘れられそうにない」
鈴蘭「……うん。私も。忘れてなんか、やるもんですか」
菖蒲「掘ろう、鈴蘭。柊を葬らなきゃ」
鈴蘭「死んでからも迷惑を掛けるなんて本当に……迷惑な奴」
間
菖蒲M「柊は死んだ。私と鈴蘭で殺したのだ。それなのに死に顔は今まで見たことがないくらい穏やかで幸せそうで……。柊の本意を私たちは何も知らなかったことに、泣き疲れて泣き止むまで気づかなかったのだ」
鈴蘭M「私たちは、柊への嫌がらせとして彼を葬ることにした。場所は塒の近くの丘にした。そこは見晴らしもいいし、何より塒から近いからいつでも柊が帰ってこれるように……なんて、そんな有り得もしないことを菖蒲と話し合って決めたのだ」
菖蒲M「そこには先客がいたようだった。時々柊が姿を見せなくなる前に何処かに寄っているのは知っていたけれど、多分それは此処だったのだろう。誰が眠っているのかはわからない。大体、こんなところにお墓があることすら知らなかったのだ。私たちは改めて柊のことを何も知らないことを思い知らされた」
鈴蘭M「何も知らなかったことは、悔しかった。柊は私たちに必要以上に何かを聞いたりしなかったけれど、まるでなんでも知ってるふうに振る舞っていたから。私たちは柊のことについて何を知っていたのだろう。何を見てきたのだろう。そんな気持ちに死んでからさせるなんてずるい」
菖蒲「鈴蘭、このくらいでいいかな」
鈴蘭「もう少し掘ろう。柊は体が大きいから……」
菖蒲「そうだね、棺桶もないし……」
鈴蘭「……火葬にしてしまえば小さくて済むんだけど……そんな薪の量集めて火事にでもなったら大変だしね」
菖蒲「よいしょっと…………ふう、こんなものじゃない?」
鈴蘭「……うん、そうだね、まずは入れてみよう。小さかったらまた掘ればいいし」
菖蒲M「そう言いながら、二人で柊の体を持って穴の中に放り込む。どさりと音を立てて穴にぴったり収まった柊を見て私は少し優越感に浸ることが出来た。体の大きさくらいわかっているんだよと柊に言いたくなった」
鈴蘭M「柊の体は墓穴に綺麗に収まった。後は掘り返した土を盛って埋めてしまえばいいだけだ。菖蒲を見ると何か少し嬉しそうにしているのが見えた。きっと穴の大きさがぴったりだったのが嬉しかったんだろう。私たちが柊について知っていることと言えばそれくらいしか無いから」
菖蒲「と、その前に」
鈴蘭「?」
菖蒲「……へへ」
鈴蘭「桜の木……菖蒲、それ折ってきたの?」
菖蒲「何にもなしじゃ酒の肴がないって起き上がってきそうだから一緒に埋めようと思って。せっかく殺したのに生き返られちゃたまんないでしょ」
鈴蘭「花の枝を折るなんて風流じゃないけれど……ま、いいか。今回限りにしてよね」
菖蒲M「そう言って鈴蘭は怒ったふりをしていたけれど、顔は笑っていた。きっと私がしなくても鈴蘭がやっていただろう。柊の死体の上に桜の枝を放り込んで、私たちは土を被せ始めた」
鈴蘭M「土を被せている間、私たちは無言だった。何故だかわからない、でもずっと頭の中に浮かぶのはあの厳しい毎日の戦いと、その後に見せる柊の笑顔と言葉だった。まだまだ俺を殺すには腕が足りないな。さあ飯にしようぜ。今日は惜しいところまでいったんじゃねえの。そんな他愛のない言葉たち」
菖蒲「……柊ってさ」
鈴蘭「うん」
菖蒲「……私たちのこと、好きだったのかな」
鈴蘭「どうしたの、いきなり」
菖蒲「一応、約束、守ってくれたじゃない」
鈴蘭「私たち以外に殺されない、ってやつ?」
菖蒲「うん」
鈴蘭「……律儀ではあったと、思うよ」
菖蒲M「死体を運ぶとき、私たちが付けたのと違う傷があることに気がついた。思い出せば着物も行くときと帰ってくるときで違った。そんなことにも気づかないくらい、私たちは柊のことを何も見ていなかったのだ」
鈴蘭M「背中に一閃。袈裟斬りに斬りつけられた傷は深くて、私たちが何もしなくても多分柊は死んでいたんだろう。それでも柊はそのことを隠して、何処からか着物まで調達して、傷を隠して戦ってくれたのだ。多分、私たちとの約束のために」
菖蒲「好きだったんだと、思うんだよね」
鈴蘭「……」
菖蒲「柊って、言わないだけで、私たちのこと可愛がってたんだと思うんだよね」
鈴蘭「……びっくりした」
菖蒲「何が?」
鈴蘭「菖蒲が、柊のことを好きだったと思うっていう意味かと思って」
菖蒲「好きだったよ」
鈴蘭「……っ」
菖蒲「鈴蘭だって、そうでしょ」
鈴蘭「…………………うん」
菖蒲M「わかっていたことだった。憎しみは愛情に変わると誰かが言っていた。逆だったかもしれない。それでも私たちは、柊のことが好きだった。笑う顔も、怒る顔も、少しだけ哀しそうにするときも、楽しそうに酒を呷る姿も、何もかも好きで……嫌いだった」
鈴蘭M「わかっていることだった。愛情は憎しみに変わると誰かが言っていた。逆だったかもしれない。それでも私たちは、柊のことが嫌いだった。笑う顔も、怒る顔も、少しだけ哀しそうにするときも、楽しそうに酒を呷る姿も、何もかも嫌いで……好きだった」
菖蒲「こんなものかな」
鈴蘭「そうだね、土も全部被せ終わったし……何か目印が欲しいかも」
菖蒲「適当な石でも載せとけば良いんじゃない?」
鈴蘭「ふふっ、それいい。適当な石が柊にはお似合いよね」
間
菖蒲「……これからどうするの、鈴蘭」
鈴蘭「私は……料理が得意だから、何処かの飯炊き女にでもなろうかな」
菖蒲「じゃあ私は裁縫が得意だから……それで身を立ててみようかな」
鈴蘭「じゃあ、ここでお別れだね」
菖蒲「……そうだね。いつまでも柊の膝元にいたくない」
鈴蘭「そうなのよね。此処で一緒に住んで……って思ったんだけど、それだと私たちも柊と同じ仕事しか出来ない気がして」
菖蒲「それだとなんだか、柊から抜け出せない気がするの」
鈴蘭「同感」
菖蒲「……柊は何も言わなかったけど」
鈴蘭「うん」
菖蒲「なんとなく、私たちの技は人を殺すのに向いてないと思ってた」
鈴蘭「柊の攻撃を防いで、その隙を突くやり方ばっかり習ってたもんね。それじゃあ暗殺業は出来ないし」
菖蒲「うん」
鈴蘭「……私たちは、幸せにならなきゃいけないような気がするの」
菖蒲「うん」
鈴蘭「父様も母様も、それを望んでいる気がするの」
菖蒲「うん」
鈴蘭「だから、幸せになろう。別々の道を歩いても、私たちは繋がっているよ」
菖蒲「文を書くよ。私が今何をしていて、何を思っているか、たくさんたくさん、文を書くよ」
鈴蘭「私も。柊みたいに何も知らないままは嫌なの。だから私のこと、たくさんたくさん、文に認めるね」
菖蒲「……」
鈴蘭「……」
菖蒲「……ふふっ」
鈴蘭「……あはは」
菖蒲「私ね、柊を殺した後なんか考えてなかったの」
鈴蘭「私も。全然考えてなかった。死んでやろうとすら思ってた」
菖蒲「でも、柊があんなに幸せそうな顔で死ぬんだもん、なんか悔しくて」
鈴蘭「私たちも絶対あんな幸せそうな顔で死んでやるんだって思ったよね」
菖蒲「……柊の馬鹿」
鈴蘭「柊の大馬鹿」
菖蒲「……でも、ありがとう」
鈴蘭「私はお礼なんか言わないわよ」
菖蒲「鈴蘭ったら」
鈴蘭「だって、言ったら負けな気がする」
菖蒲「散々負けたんだから、いいじゃない」
鈴蘭「う。…………悔しいなあ。もう、あの馬鹿にした笑い声が聞けないなんて」
菖蒲「……そうだね……」
間
鈴蘭M「そうして、私たちは笑いあった。そして、別れた。幸いにしてとある武家屋敷で私は飯炊き女として雇ってもらえることになり、菖蒲は文に、ある長屋を借りて一人で和裁で身を立てている旨が記されていた」
菖蒲M「一人は寂しいけれど、そうも言っていられない。生きるためには着物を急いで仕上げてその出来が良くなければすぐに仕事はなくなってしまうのだ。私は忙しく手を動かしていた。生きるために、笑うために、幸せになるために。ありがたいことに、自分たちの着物を仕立てたり柊の着物のほつれを直していた腕が役に立ってそれなりに仕事が認められ、お得意様もいくつか付いた」
鈴蘭M「それでも十日に一回は必ず柊と、知らない誰かが眠るあの丘に二人して集まってしまうのだ」
菖蒲M「もっと時間が経てばそんなこともできなくなるのかもしれない。でも今は、今だけはまだまだ私たちはひよっこでいたいとおもってしまうのは我儘なのだろう」
鈴蘭M「それから、桜の咲く季節が巡ってきたら、きっと私たちはあの桜の下で酒を飲む」
菖蒲M「あの男が旨い旨いと言っていた酒の味を覚えるまで、何度季節を巡ったとしても」
鈴蘭M「絶対にあの桜の下で、三色団子と柊の話題を肴に、酒を飲むことだろう」
間
菖蒲「柊」
間
鈴蘭「柊」
間
菖蒲「私たちは、生きるよ」
間
鈴蘭「私たちは、幸せになるよ」
間
菖蒲「私たちは」
鈴蘭「貴方と違う道を行くよ」
了
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