トロッコ問題
「貴女、ホンマに大物ちゅうか動じんなぁ〜。そやけど、あの青龍の一言、考えされらるなぁ?」
「ああ、オレの元いた世界に『トロッコ問題』というのがあってな」
派生問題の方だが、こんなの。君はブレーキの壊れたトロッコに五人で乗っている。トロッコはこのまま行けば谷底に真っ逆さま。五人とも死んでしまうに違いない。だが、君の前、進行方向に一人の男が茫然と前を見つめている。君がこの男を押して線路に落とせば、彼の体がブレーキ代わりになり、君を含めた四人の命は助かる。
さて、君はどうする? 道徳的なジレンマを扱った思考実験だから、落とすべき人が君に気づくかも? とか、第三の解決法などを考慮するのはルール違反。あくまで落とすか? 落とさないか? の二択。
「オレなら躊躇なく男を押して四人が助かる道を選ぶ。アストリアとオレがやろうとしている正義も同様なのだろう。世界をバランスさせ、小さな争いはあっても大規模な戦争、種族の滅亡といった最悪の事態を避ける。それを成すためには当然多くの犠牲が必要だ」
「しかし鋼の乙女は少女の命を選んだ。見上げたものだと思うぞ」
寡黙なシロが口を挟んだ。
「狼は誇りに生き、誇りに死すと?」
「その通り。だからお前の行為はとても『狼らしい』。正しいと思うぞ」
「ああ、オレだって良心も誇りだってあるさ。だから少女を助けた。だが、全ての生きとし生ける者を救済する呪いに囚われた者は、脇侍に死すことなど許されていないんだ。正しいとか間違っているとは少し違う。ちょっと気まぐれ過ぎたとも感じている」
オレは続けた。
「ただ、青龍の論も詭弁を含むがね。なぜ幻獣は南の地域にのみ繁殖し北には行かないと思う? アレは人の負の思念が集まって実体化するもの。分かるよな。そして南の人族は木を切り過ぎる」
「ああ、御神木は幻獣から守りやと教わってきたなぁ〜」
「だから青龍がいなくなったとしても、幻獣が来るのはこのあたりまで。多数の旅人が命を落とすということはないと思うがな」
ペトラ村に戻ってみればどの家も扉を閉ざしてひっそりと静まり返っている。冒険者が返り討ちにあい、怒った青龍が村を襲うかもしれないと考えているのだろう。
もっとも、怒ったドラゴンへの防御手段として家の扉を閉めるは何の意味もなさないのだが。いきなり儀式に闖入してしまったので、ろくに挨拶もしなかったが、村長の家らしきところの扉を叩き、中に入れてもらうことには成功した。
あの生贄にされそうになった娘、ハナミズキの蕾はどうやら村長の娘だったようだ。エルフはその生活環境からだろう、女は花、男は木にちなんだ名前がついている。ハナミズキの蕾というのはエルフ語を日本語にすればそうなるという意味だ。
それにつけても本当にエルフはみんな美男美女だ。人の年齢なら十代後半といった風情のその娘も当然例外ではない。ちょっとHしてもらってもいいかな? いかんいかん。不埒な考えはやめよう。発想が受け専門というのも気にはなる。謝意を述べられずいぶんと夜もふけたが、食事でもということになった。
エルフは原則ベジタリアン。オレにはありがたいもてなしだが、アキコとシロは物足りないのだろう。だが、彼らも大人の対応で黙って出されたものを食べていた。いや、ここのワイン最高だ。村長曰く。
「そうですか。青龍はそんなことを。確かにここから山にかけては幻獣が出没しておりました。ダルク帝国のラミールまで積荷を運ぶキャラバンが襲われることもしばし。青龍が来てから村の近くで襲われることはなくなりましたが、ダルク帝国深く入れば同じこと。ここでの交易が命がけであることには違いありません。それより、望まぬ生贄など。全滅覚悟で青龍に挑めという者もおりましたが、私が押し留めたのです」
「なので娘さんを?」
「惰弱とお笑いください」
その手の話はシロなのだろう。ちゃんとエルフとコミュニケーションできる。
「戦い死ぬも勇気、村人のために命を差し出すも勇気。同じことぞ」
「経緯とか深く考える必要ないんとちゃうの? 結果、ハッピーやったらええやん。今、生きてることを率直に喜ぼ」
アキコ、ずいぶんオレに感化されて来たみたいだ。村長から伝言が伝わったのだろう。村人が集まって来た。深夜に至ろうとするも青龍の死体を見聞したいと言う。幻獣が出るかも知れぬと脅し、明朝、オレたちも付き合うことでなんとか納得してもらったが、一睡もできず日の出前には祭壇に向かうハメになった。
あはは。「質量とエネルギーの等価性」の次は「トロッコ問題」です。こんなんばっかり書いてるからなぁ〜。ごめんなさい。
でも、Fate/Zero。衛宮切嗣の挿話で船の例が出てきますよね。ヒーロー共通のジレンマですし、広義に考えたらこの世の全ての理みたいな。毎年3,000人が交通事故で死んでいる。もし自動車を全廃すればこの方々の命は確実に救われる。でも、そんなことをしたらたちまち経済は崩壊、それを契機に戦争が起きるかもしれない。もっと多くの人が死ぬことになりますよね。
この物語はできるだけリアリティー持たせたいのです。だから、主人公は迷わず男を落とすと言う。でも、コレ、後々随所で出てきますが、彼の「強がり」です。分かっていながら、でもヤッパリがある。最終的な目的も魔王の地位を簒奪してアストリアが入れ替わること。で、世界を種族が滅亡しないほどの争いしか起きないように政治力でもっていく……みたいな。
あと、引用というほとではないのですが「木を切り過ぎると幻獣が増える」は、どことなくCLANNADを意識しています。アニメ版を電車で観ていて涙が止まらなくなり、恥ずかしい思いをしました。毎年5月に青森の横浜町に行きたいと思ってるんですけど、未だ実現していません。




