メーティスの首輪
マンサと名乗るアキコの父が言うには。彼らの家には予言書が伝わっているそうだ。「狼憑きの子供を殺してはならない。その子は世界を救う女神の使徒リブラを助けるものである」と。
「アキコの命を助けたんは純粋に親としての愛情でした。まさかこの予言がホンモノやったなんて信じられへん思いです。予言書とともに魔道具が伝わっております。皮でできたもんやと思いますが、何百年も新品のままです。強い魔法がかかったもんやと、魔力のない私にもわかります」
彼が差し出した箱には中型犬用の深紅の革の首輪と濃紺の宝石、ラピスラズリより深い藍色、デュモルチェライトだろうか、が嵌った指輪。石言葉は思慮。見るなりアキコが言った。
「いやや! 私はこれでも狼族や。何があっても首輪なんかせん。お父ちゃん、予言のことは教えてくれてたけど、魔道具は何で黙ってたんや? リブラさんに同行するのはええ。宿命は受け入れる。そやけど首輪だけはいやや」
アキコは土属性の防御系魔法を持ってはいるが魔力は低い。オレと同行するなど自殺行為だ。そういうことか……オレは得心した。
「アキコ。その首輪はオレのものだと思うぞ」
「え?」
魔道具の役割はAI機能からだろうかすぐにわかる。この首輪は魔力をシェアするためのものだ。オレが首輪を付けてアキコが指輪をすれば、オレの大きな魔力を使って彼女は魔法を行使できる。だが、この種の高機能な魔道具には代償がある。当然、一度着けたら死ぬまでそのままだろう、さらに、MPをシェアするということは、心も双方でシェアしてまうことになる。
もちろんある程度の守秘義務は守られるのだろうが、オレの過去の記憶を知って人が正気でいられるだろうか? オレはアストリアから習った人の心を支える方法を反芻していた。
「予言からオレの使命は知っていたのだろう? オレに防御能力がほとんどないことも。今まで黙っていたのは理のあることだと思うし、気にはしていない。命の保証はもちろんない。だが、どうか同行してくれぬものだろうか?」
こういう時は率直に話す方がいいと思う。
「わかった。私は宿命に従う言うてるやろ。首輪をせんでええのやったら二言はないわ」
オレは覚悟を決めて首輪を首に巻いた。バックルをはめるとカチャリと音がして、オレの細い首に合わせるように首輪が締まった。今生、外せないということだろう。セーラー服の首輪女子? マニアック過ぎる。アキコが早々に指輪を左の薬指にしようとしていた。
「待て! 左はやめろ。アストリアに殺される」
アキコは笑って右にはめようとした。
「まだだ! いいか! MPをシェアするということは心もシェアするということだ。よくよく覚悟して指輪をはめろ!」
アキコは頷き、決然と指輪をはめた。とたん……彼女はうずくまり激しく嘔吐した。背中をさすりながら、オレはメンタルサポート能力をフル稼働させた。ふぅ〜。アストリアに習っておいてよかった。なんとかアキコは狂気の沼に沈むのを免れたようだ。
「辛かったんやなぁ〜 これからは一人やない。私が命に変えて貴女を守ったる」
「口をすすいで来た方がいい。ここは片付けておくから」
泣きながら何度も同じ言葉を繰り返すアキコが冷静さを取り戻すよう、オレはあえて冷たい口調でそう言った。このシュチュ、アストリアが嫉妬にかられなければいいのだが。
ただ、彼女のオレへの想いは抑制的な友情という位置づけであるには違いない。ここまで胸襟を開いたのだからオレのアストリアへの想いも彼女には伝わっている。全て飲み込んだ上で桃園の誓いをしたということだろう。
先ほど食べたウサギの臓物と思しきものが散らばっている。彼女の吐瀉物を川から汲んで来た水で流しながら、ふと考えた。狼の群れから救ってくれた当人が予言に導かれた者。そんな偶然があるのだろうか? 確率を考えればあり得ないことだ。アストリアが仕組んでくれた必然に違いない。
アキコの父によるとヴォルフ村、なんだお前ら狼村まんまじゃん。歩けば丸一日以上を要するが馬車なら暗くなる前には着けるだろう。歓待したいので家に寄って行けと言う。兵士たちは護衛で、彼の私兵のようだ。村長という肩書だが彼は外見に似合わず、かなりの権力者のようだ。
首輪は魔力をシェアしアキコを強化する以外に思わぬ効力があった。オレの魔力の「気」が外に漏れるのを防いでくれる。どれだけそれを緩めるかはアキコに委ねられることになる。通常の「締め付け」で魔力を他に気取られないように隠蔽することが可能となった。このことは旅にとても有用だ。
狼がオレの死の匂いを感知したように野生動物はこの種のことにとても敏感だ。今まではオレが近い付いただけで馬が大暴れし、馬車に乗ることは不可能だった。この首輪のおかげで徒歩での旅をしなくて済む。ついでにもう一つ。魔力が隠蔽されることでオレの体にも少し変化があった。
髪はラベンダー色になり、左目の色はルビーレッドから濃いターコイズ色になった。ルビー色が残った右目を髪で隠してしまえば、ずいぶんと普通らしく見える。耳がとんがっているのでハーフエルフか半吸血鬼っぽく見えそうだ。
どもです! 成人式の日いかがお過ごしでしょうか?駅で晴れ着の女性をみて、ああ自キャラに着せてあげるイベント準備できないかなぁ〜なんて。ビョウキですね。ストックの方は詰まっていたアイデアも思いつきました。最後の方、ちょっと面白いですよ。(当社比)
今回は切る場所の関係で例によってちょっと長めです。
で、ジョク系、悪落ち系などで定番の首輪です。シャアの首輪とすると、あまりにベタなので「思慮」としました。メーティスというのはギリシャ神話の思慮の神様です。首輪の色も宝石に合わせようかと思ったのですが、様式美として赤だよなぁと。セーラー服はデザイン上、首の部分がさみしいので、ファッションとしてチョーカー系が似合いそうな気がします。でも、さすがに、こんなのしてる子がいたら、ヒキますよね。
ハーレム系は好みでないと書きました。主人公は何があってもアストリア・ラブです。アキコはそれを知りつつ、でも少し揺れはするものの、折り合いを探していく、みたいな感じです。
引用などについて。
・胸襟を開いた……のルビちょっと自信作です。
・半吸血鬼というのは、人と吸血鬼のハーフという意味です。ファンタジー系で時々出てきますが、私が初めてダンピールという言葉を知った「バンパイアハンターD」の表記に従いました。




