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魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵  作者: ふーろう/風楼


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家族


 それからキャロラディッシュの屋敷は、特に何事もない平和な日々を送ることになる。


 懸賞金を上げたことをきっかけに各国から戦力が集まり、戦況がどんどんと有利に傾き、戦地が変わり、集まった戦力分の食料が必要となり……戦地も後方もそういったことに対する対応や処理で忙しくなり、手を離せない状況となり、渦中の人物でもあるキャロラディッシュに関われるような状態では無かったからだ。


 キャロラディッシュの下に届くのはビルからの定期連絡や、海を舞台に縦横無尽の活躍をしているクラークからの、シーの分体を通しての報告くらいのもので……そうした状況を受けてキャロラディッシュは、自らの役目は終わったと……すべきことはしたという理解をし、すっかりと戦争が終わったような気分で穏やかな日々を過ごすことになる。


 実際に戦況は最終場面へと突入していて、両陣営ともにどう勝つかどう負けるかを模索する状況となっていたのだが……それでも終戦は、平和は相当先のことで、キャロラディッシュの態度は少しばかり……いや、かなり気の早いものとなっていた。

 

 だがキャロラディッシュがそのことに気付くことはなく、そのことを教えてやるような誰かも周囲にはおらず……キャロラディッシュ達の意識はそんなことよりも、これからやってくる春へと向けられていた。


 春。

 暖かな空気が一帯に吹き込み、草花が咲き乱れ……様々な動物達が活動を再開させる季節。


 それを一年の始まりだという者もいるし、世界が蘇る再生の季節だと言う者もいるし、偉大なる春を司る精霊の来訪の季節だというものもいるのだが……とりあえずキャロラディッシュにとっては、荒れる天候と寒さと、それらから来る痛みから解放される季節だと言えた。


 酒はほとんど嗜まず、長寿だの精力だのをうたうおかしな薬を飲むこともなく、食事は至って普通のものを食べ、毎日の散歩を欠かさず……疲れを溜め込むこともせず、心痛を溜め込むこともせず、毎晩毎晩ぐっすりと熟睡しているキャロラディッシュは、年の割には健康で、この冬も熱を出すことすらなく乗り越えられた訳だが……もう老齢も老齢、いつ亡くなってもおかしくなく、その体は色々とガタが来てしまっていた。


 関節痛に神経痛に天候が荒れるたびに起こる頭痛に。肩や腰、膝の重さも年相応のものとなっている。


 それらは寒い冬になると特に悪化するもので、ゆえにキャロラディッシュは冬のほとんどを暖かい……それらの痛みをいくらか和らげてくれる暖炉の間で過ごしていたのだが……春になれば、春の暖かさがその身を包んでくれさえすれば、もうそうした痛みや辛さに苦しむこともなくなる。


 そうなれば研究はより捗るようになるし、毎朝の散歩も楽しくなるものだし……ソフィア達への授業にも身が入るというもの。


 そうした理由でキャロラディッシュは、屋敷の他の面々が……若者達が春を待ち遠しく思うのとは全く別の理由で、春の到来を待ち望んでいた。


 ……もしかしたらソフィアに……ここに来たばかりの頃にアルバートを癒やしてみせたソフィアに頼んだなら、それらの苦痛から解放されたのかもしれないが……キャロラディッシュは魔術の力によってそうすることを望んではいなかった。


 老人とは体が痛むもので、年が経てば経つ程に弱っていくもので……いつかはその生命を失ってしまうもので。

 ……そうした運命から逃れたいとは微塵も思っていなかったからだ。


 苦痛から解放されたなら次に望むのは長寿で、長寿の先に望むのは永遠の命で……そんなものは人の生き方ではない。


 生命が失われたとしても、それで全てが終わる訳ではない。

 ソフィア達に色々なものを残せるだろうし、ソフィア達はキャロラディッシュの死から色々なことを学ぶだろうし……大地に還り、新たな生命に生まれ変わることも出来る。


 いくら魔術を駆使しても、ソフィアの常識外の力に縋っても、いつかは限界が来るものだ。

 そうなって魂が摩耗して擦り切れて……大地に帰り損なうなんてことはごめんだ。


 自然に、時のなすがままに、その時が来たら大人しく死を受け入れる。

 ……それこそがキャロラディッシュの望みだったのだ。


 と、そんなことをキャロラディッシュが、そろそろ片づけと掃除を始めなければいけない暖炉の間にて、いつもの椅子に座りながらぼんやりと考えていると……掃除道具を抱えたソフィアがタタタッと駆けてきて……前を通り過ぎるなり、足をすっと止めて、視線をちらりとやりながら声をかけてくる。


「長生きしてくださいね」


 それはまるでキャロラディッシュが何を考えているのかを読んでいるかのような一言だった。


 これまでのソフィアとは少し違う、力強く大人びた……少女ではなく大人の女性としての一声。


 この一年でソフィアは随分と背が大きくなり、その心も随分と成長したものだが、まだまだ少女と言って良い年であり、大人というには程遠い存在であるのだが……今の一声はまるで、キャロラディッシュの実の娘がそう言うような……四十か五十の娘が、長年仕方なく付き合ってきた父親に投げかけるような声色で、キャロラディッシュは思わず目を丸くしてぎょっとする。


 ソフィアの表情は微笑んでいる。

 目元は優しく、口角も上がっていて……いつものソフィアの微笑みのように見える。

 

 ……だというのに、その表情には言葉には出来ない確かな迫力があり、キャロラディッシュに自らの望む回答を迫っているような、良いから黙って私の言うことを聞いておけとでも言いたげな雰囲気がまとわりついていて……キャロラディッシュはそんなソフィアに何も言うことが出来ない。


「長生きをしてくださいね」


 改めての一言。


 ソフィアは目を細めながらも、その瞼の奥にある二つの瞳でじぃっとキャロラディッシュのことを睨みつけている。


「う、うむ」


 そんなソフィアの迫力に負けて、キャロラディッシュがどうにかそんな言葉を吐き出すと、ソフィアは満足そうに頷いて、掃除道具を運ぶためにタタタッと駆け出す。


 その駆け方は、後ろ姿はいたって子供らしい、少女そのものだったのだが……その背中には先程放っていた迫力の残滓があり、力強さがあり……キャロラディッシュは全身を強張らせながら固唾をのむ。


 すると、そんなキャロラディッシュの側で今ほどのやり取りを見ていたらしい老猫のグレースが声を上げてくる。


「……ソフィアちゃんはようやく貴方の娘になれたようですね。

 やっぱり家族はこうじゃなくちゃいけません」


 その声を受けてキャロラディッシュは……猫達の家族像は一体どんなことになっているのだと、的外れな戦慄をするのだった。


お読み頂きありがとうございました。


こちらの投稿が私の本年最後の投稿になるかと思います。

皆様、良いお年をお過ごしくださいませ。

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