その後のウィクル
「なるほどなぁ!
兄弟が我らの言葉を覚えたのではなく、我が兄弟の言葉を覚えたのか!
何やら不思議な感覚に襲われ、視界が開けたような錯覚に陥ったが、そういうことだったのか!」
簡単な説明を受けるなり牧場を駆け回り、空を見て木々を見て雪が積もる地面を見て、その大きな鼻をふんふんと鳴らし、そんな声を上げる毛深い雄牛のガーリア。
そんなガーリアのことを追いかけて駆けていたウィクルは、駆けながらそれがキャロラディッシュの魔術によるものであり、自分がガーリアの声を聞きたいからと我儘を言った結果であり……いつでも元のガーリアに戻ることが出来ること伝える。
「そうか! そういうことだったのか!
そうかそうか、元に戻れるのか……であればまぁ、このままで良いのではないか。
正直我としては戻ろうと戻るまいと変わらないというか、どちらでも良いのだが……とりあえず、今の状況は楽しいのでこのままでも全く問題はないぞ!」
大きく口を開け、そんな大声を上げて……ウィクルの髪が巻き上がる程の息を吐き出しながらそう言ったガーリアは、駆けるのをやめてのっしのっしと悠々と歩き……牧場の一画で様子を見守っていたキャロラディッシュの方へと視線をやる。
「御老体! 兄弟の我儘に付き合ってくれたことをありがたく思う!
兄弟は子供の頃から泣いてばかりの寂しがり屋で、時たまこういった我儘をやるのだ。
まだまだ若い雄牛がゆえに仕方ないことと思って、ご容赦いただきたい!」
視線をやって大きく口を開けて、そんなことを言ったガーリアは「グァッハッハッハ」と大きく笑い……真っ赤な顔をしながら慌てて駆け寄ってきたウィクルに「もうこれ以上しゃべるな!」と制止される。
ガーリアは見た目の通り大きな雄牛で、その大きさに成長するまでに相当の年月を必要としたことは想像に難くない。
二十年か三十年か……もしかしたらそれ以上の年月生きている可能性もあり……そんなガーリアから見れば、若者のウィクルなど子供同然なのだろう。
「しばらくは二人だけにしてやるとするか」
周囲のソフィア達にそう言ったキャロラディッシュは深く頷き……様子を見ていた牧夫や猫達もそれに頷いてその場を後にする。
牧夫や猫達は仕事を再開させ、キャロラディッシュ達は散歩を再開させて……そうして牧場の方から賑やかな声が聞こえてくる以外はいつも通りの、平穏な時間が流れていく。
散歩を終えたら暖炉の間で勉強の時間となり……暖炉の間で休憩の時間となり。
暖炉の熱で体の芯から暖まって……火照って頬を赤く染めて、少し外の風に当たろうかと暖炉の間から出ると、ウィクル達の楽しそうな……少し騒がしい声が響いてきて。
ウィクルは毛深い雄牛の一族の戦士長だそうだが、全くそんな空気は感じられず、年相応の青年……いや、少年のような声を上げていて、ガーリアと会話が出来ることが余程に嬉しいのだろうと、暖炉の間から出たソフィア達は目を細める。
目を細めたならソフィアはアルバートと、マリィはロミィと言葉を交わし始め……ヘンリーや猫達は慌てたように暖炉の間へと戻り、椅子の上でうつらうつらとしていたキャロラディッシュに、騒がしいまでの声をかける。
突然何事だと驚きながら言葉を返し、猫達と会話をし……そうしてウィクル達、ソフィア達、マリィ達、そして猫達は会話を出来るということを、その喜びを存分に噛みしめる。
そんな風に日々は過ぎていって……雪が緩み始め、キャロラディッシュの屋敷は待ちに待った春を迎えつつあった。
ウィクルはあれからずっと屋敷に滞在している。
ウィクルとその一族の目的は邪教に悟られぬようにこの島の大権力者であるキャロラディッシュとの協議をすることで……下手に移動を繰り返しては邪教に察知される危険性が増すからと、あえてここに、安全かつ秘密が固く守られるキャロラディッシュの結界の中に留まっていたいのだそうだ。
そしてウィクルは礼節を持ち、思慮深く、慎み深く……キャロラディッシュの嫌がることを進んでしない人物であるがために、特別に特例的に、屋敷には出来るだけ近づかないことを条件に滞在を許されることになった。
屋敷に近づきたいとは微塵も思っておらず、ガーリアの側にいられる牧場での暮らしをウィクルが望んでいたというのも、許可が降りることになった遠因だろう。
更にウィクルが側にいれば、ウィクルの使う魔術……人形を介して言葉を伝える、以前キャロラディッシュの屋敷にやってきた『小さき人形の使者』をある程度自由に扱えるというのも、許可が下りた理由となっていて……キャロラディッシュはその使者の力を借りて、毛深き雄牛の長老達と幾度かの協議を行っていた。
文化が違い生活が違い、根本的な価値観が違い、扱う魔術が違うために、何度か意見がすれ違うこともあったが、お互いに悪意はなく敵意はなく、協力的な姿勢を示していたために協議は概ね順調に進むことになった。
協議が進み、協力関係が構築されて……今やこの島と大陸を繋ぐ海の覇者となったクラークによって、毛深き雄牛の一族が管理する港を覆う氷の破壊が行われただけでなく、様々な物資が運ばれる事になり……そうして毛深き雄牛の一族は、積極的に大陸への派兵を行うようになった。
キャロラディッシュからの物資のおかげで、北地特有の寒さの中で震えることも、僅かな食料を求めて狩りをし続ける必要はもうない。
薪も食料も必要な物資は全てキャロラディッシュが用意し、クラークが運び込んでくれる。
であれば、それらを確保するための労働力を……極地で鍛え上げられたたくましき戦士達を、戦地に派遣しても問題無いとの決断が下されたからだ。
戦果を上げればそれに応じた懸賞金を……キャロラディッシュがかけた多額の懸賞金を受け取れるのもその決断の後押しをした。
世界中に勇猛なる戦士としての名を轟かせられるだけでなく、大金まで貰えるとなったら、毛深き雄牛の一族の戦士達としてもこれ以上に条件の良い出稼ぎは無いだろう。
そしてそれは世界中の戦士達にも同じことが言えて……南からも東からも西からも懸賞金目的の、出稼ぎ目的の戦士達が集まってきて……懸賞金の下に集った戦士達は、キャロラディッシュが出した懸賞金を受け取る為のいくつかの必須条件……お互いの邪魔をせぬこと、目的を同じとする者同志協力し合うこと、功を焦ることなく敬意を示し合うことという条件に従って、出稼ぎ戦士達の大連合軍を結成するのだった。
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