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魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵  作者: ふーろう/風楼


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財産の使い方


『しばらくの間、こちらでお世話になりたいと思います。

 ……あちらの猫達……そう、猫達が気になるのです。

 あのように喋り、器用に働き、人の良き友であろうとする猫達ともう少しだけ触れ合いたいと思うのです』


 キャロラディッシュに邪教の企みを知らせるため、屋敷へとやってきた毛深い雄牛の一族の戦士長ウィクルはそう言って、しばらくの間キャロラディッシュの屋敷に滞在することになった。


 ソフィアとマリィの今後にも関わるだろう重要な情報を持ってきた恩人であり、思慮深く慎み深い性格であったために特別な……外の人間としては初となる特例とも言える滞在許可が出されることになり……そうして一週間の時が過ぎた。


「……で、アンタは一体全体何をしているんだよ?

 動きを見せる必要がある! とかなんとか格好良いこと言っちゃってたくせにこの一週間、ただそうして手紙を書いているだけじゃないか」


 暖炉の間に置いた机に向かい、今日までの一週間ただひたすらにペンを走らせ続けていたキャロラディッシュは、その頭上をうろうろと飛び回るシーにそう言われて……尚もペンを走らせながら言葉を返す。


「その通りだ。動きを見せるために……そのためにこそ儂はこうして手紙を書いているのだよ」


「手紙って……。

 ソフィア達のために、邪教の企みを挫くための動きとやらはどうしたってのさ?」


「ふん……まさかシーよ、この儂が邪教との戦いのために自ら動くと、そんな勘違いをしておったのか?

 儂はもう歳だ……この歳まで戦いの場に出たことのない素人であるのに、老体を押して前線などに出てこられても、他の者達は困るばかりだろうよ」


「それは……まぁ、そうかもしれないけどさ。

 ……この屋敷から出たくないからって、誤魔化しているだけっていうか、ワガママ言ってるだけじゃぁないのかい?」


「この屋敷から出たくないという思いが儂の心の中にあることは確かだが……それと今回のことは何ら関係がない。

 儂自らが動くよりも、こうして各所に手紙を送った方が効果があるだろうと、最善と思われる行動をしているだけのことよ。

 そもそもこれらはただの手紙ではなく、その送り先は王宮や各国の大使館だ。

 それらにこの世界が危険が迫っておると、邪教共が原因で世界が滅びかねんと知らせる内容となっておる。

 こんな手紙だけではすぐに動いてはくれんだろうが……誰あろうこの儂からの進言となれば、どの国も調査くらいは進めてくれるはずだ。

 ウィクルの言葉が真実であれば、調査で大なり小なりの変化というか確証が得られるはずで、各地の神々や精霊もなんらかの動きを見せてくれるはずで……遠からず相応の結果が出ることだろう」


「確かにあちこちの国が動けば、アンタ一人が動くよりも効果的だろうけど……」


「各国だけでなく、邪教共にかけた懸賞金を増額することで各国の傭兵などが動くようにも仕向けておる。

 王宮や協会に所属することなく個人で活動していた魔術師達も、この額であれば勇んで動くだろうという金額にしておいたしな……それなりの効果は出るはずだ。

 ……そう言えばお前と大タコのクラークも海の方で連中に嫌がらせをしておったのだったな……ならば、いついつに何隻の船を沈めたと、申請をしてくれさえすれば、その分の懸賞金を支払ってやるぞ」


 そんなキャロラディッシュの言葉を受けて、シーはピクリと反応をし……キャロラディッシュの頭上で腕を組み「うーん」と唸り……足を器用に組んで空中にちょいと座り込む。


「懸賞金、懸賞金かぁ。

 正直オイラは金なんてそんなもの……そんなには必要としてないけど、クラークは欲しがる……かもしれないな。

 家っていうか巣っていうか、砂浜近くの岩場に落ち着ける場所を作りたいって言ってたし……むう、懸賞金で力を持つ者を動かそうっていうのは、たしかに悪くないかもしれないな」


 座り込んだまま天井を仰いで、そんなことを言ったシーは……そのまま考えを巡らせ始める。


 各国が動き始めただけでなく、増額された懸賞金に目がくらんだ連中が動き出すともなれば、たしかにキャロラディッシュ一人が動くよりも効率的で、効果も期待出来て……悪くない策なのかもしれない。


「……こういう時、金持ちってのは便利っていうか、強いよなぁ。

 ちょいとペンを握って小切手を切れば大勢の人間を動かすことができるんだからなぁ」


 考え込みながら、足を組んだまま空中でくるりと回転し……回転しながらふよふよと漂いながらそう言うシーに対し……尚もペンを走らせ続けているキャロラディッシュは溜め息交じりの言葉を返す。


「簡単に言ってくれるが、懸賞金の増額というのは、相応に儂の懐が痛む決断でもあったということを忘れてくれるなよ。

 底が見えないようでも、財というものは有限のものだ。

 使いすぎれば目減りもするし……減れば減る程、新たな財を得るのが難しくなるものでもある。

 もし仮にこれをきっかけに邪教が壊滅したとなれば、儂は管理している運河を手放すくらいの出費を覚悟せねばならん。

 ソフィアやマリィのため……そして世界のためだからこそ決断出来たことだが……言う程、簡単なことではないのだぞ」


 その言葉を受けて、特にその言葉の中の運河を手放す程の出費という部分を受けて、シーは驚き、驚きのあまりに空中からずるりと滑り落ち、キャロラディッシュが手紙を書いていた机の上にどてんと転げる。


 それを見て、妖精が空中で転ぶという珍しい光景を目にすることになったキャロラディッシュが目を丸くしていると、慌てて起き上がったシーが上ずった大声を返してくる。


「きゃ、きゃ、きゃ、キャロット!?

 う、運河を手放すだって!? 運河って、あの、あの運河のことだよな!?

 アンタにとっての一番の稼ぎ頭の……この辺りの経済の中心地だっていうあの運河のことだよな!?」


 その大声を受けてうるさそうに目を細めたキャロラディッシュは……誰かが今の会話を盗み聞きしていなかったかと周囲を見渡す。


 今ソフィア達はウィルクの下へと、ウィクルの故郷の話を聞きに行っていてここにはいない、猫達も家事などで忙しくここにはいない。


 今暖炉の間にいるのはキャロラディッシュとシーだけで……ソフィア達に今の話を知られたくないと考えていたキャロラディッシュは、暖炉の間にも周囲にも、一切の気配が無かったことに安堵の息を吐いてから……声を重く響かせて言葉を返す。


「静まれ……! そのことをソフィア達が耳にしたら気に病むかもしれんだろうが。

 ……良いか、ソフィア達に何かがあれば儂の財産は親戚や他人の手に渡ることになっておる。

 そんなものを後生大事に抱えて手放さなかったせいで、ソフィア達の身に何かがあったでは、保護者としては失格……全くもって話にならんだろう。

 運河を手放し、いくらかの債権を手放すことになっても、ソフィア達が無事であればそれで良し……ソフィア達が生きていくための相続遺産に関しては、ビルが差配してくれておるからな、問題はない。

 ……そもそもとして世界に何かがあったなら財産がいくらあったとしても、そんなものは砂粒同然と化すのだぞ」


「うっ……そ、それはそうかもしれないけどさ……。

 それにしたって運河を手放すってなぁ……はぁ、まったく。

 ジジバカもここまでくれば、勲章を貰えちゃいそうだね……」


 そう言ってシーは体勢を立て直し……再度空中に浮かび、辺りをふよふよと漂い始める。


 その様子を見てやれやれとため息を吐き出したキャロラディッシュは……書きかけの手紙に集中するために、大きく深呼吸し居住まいを正し……握り直したペンを再度走らせる。


 そうしてキャロラディッシュは更にもう5日程をかけて……山のように積み上がる程の数の手紙を書き上げてみせるのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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