表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵  作者: ふーろう/風楼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/101

ウィクル


 猫達から来客ありとの報せを受けて、キャロラディッシュがソフィア達と共に玄関にて待機していると……ズシンズシンとなんとも重い足音が響いてくる。


 それは足音と言うよりも地鳴りと呼んだ方が相応しそうな程に大きく、力強く響いていて……そんな足音が近づいてきたと思ったら、なんとも巨大な……遠目に見ても尋常ではなく大きさであることが分かる毛の塊が道の向こうからやってくる。


「……なるほど、あれが毛深い雄牛か」


 それを見てキャロラディッシュがそんな声を上げ……ソフィアとマリィは目を丸くし、ヘンリーやシー、ロミィやアルバートはそれぞれの方法で警戒心を顕にし。


 そうやってキャロラディッシュ達が思い思いの反応を見せていると、近くまでやってきた雄牛の背中から一人の青年が一切の躊躇無く飛び降りてくる。


 屋敷の二階から飛び降りるのに等しいその行いはとても危険な行為だったが……青年は手にしていた長い槍を器用に操り、それでもって落下の衝撃を和らげてみせて、何事もなかったかのようにキャロラディッシュ達の前に堂々と立つ。


「お初にお目にかかります、キャロラディッシュ老師。

 私はウィクル、毛深き雄牛の一族の戦士長です」


 堂々と立ち、胸を張ってそう名乗った青年は……手にしていた槍を横にし、そのままキャロラディッシュの方へと差し出してくる。


 この地の主に武器とその身柄を預けることで、出来る限りの敬意を示そうとしているのだろうと判断したキャロラディッシュは、挨拶を返しながら槍を受け取り……あまりにも長く屋敷の中に入れるのは難しそうだと判断し、魔術でもって玄関の側に土製の槍立てを作り出し、そこにしっかりと立て掛け固定する。


「詳しい話は屋敷の中で聞くとしよう。

 そちらの乗騎……雄牛は猫達に任せておけば牧場にて休ませてくれるだろう」


 槍を固定したならそう言って屋敷のドアを開け……ウィクルに中に入るようにと促す。


 するとウィクルは軽く頭を下げての目礼をし、そっと雄牛の顔を撫でてから「行ってくる」と小声で語りかけ……キャロラディッシュに従い、屋敷の中へとゆっくりと足を進める。


 そうして一同が客間へと向かうと、慌てて掃除をしたばかりといった客間の暖炉にて、猫達が火を起こそうと四苦八苦していて……その光景を見たキャロラディッシュは仕方なく杖を振るい、魔術でもって暖炉の薪に火を点ける。


 すると「やっと火が点いた!」と歓喜の声を上げた猫達が火かき棒などを駆使してその火を大きくしていって……客間がじわじわと暖められていく。


「まさかこんなにも早くやってくるとは思っていなくてな、慌てた準備となっていること、ご容赦頂きたい」


 客間のソファに腰掛けながらキャロラディッシュがそう言うと、その前に背筋をピンと伸ばしたウィクルは、真っ直ぐな視線を返してきながら「問題ありません」と短く声を上げる。


 それからウィクルは、ソフィアが腰掛けマリィが腰掛け、ヘンリー達がそれぞれの位置に落ち着くのを待ってから……再度の目礼をし、キャロラディッシュの向かいの席へと腰を下ろす。


 するとグレースが、猫に合わせた大きさのカートを押しながら現れて……ソファ前のテーブルにティーカップを並べ、温かいハーブティをそれらに注いでいく。


 注がれたなら早速一口飲み、その味と香りを堪能し……と、そうやってキャロラディッシュ達がハーブティを楽しんでいると、ウィクルもまたカップに口をつけて……その目をくわりと見開き、よほどに気に入ったのかカップの中身を一気に飲み干す。


 そんなウィクルの様子を見て、いくらか警戒心を緩めたキャロラディッシュは、小さなため息を吐き出してから……ゆっくりと口を開く。


「では早速だが本題に入るとしよう。

 邪教共について協議をしたいとのことだったが……貴殿らは具体的にどういった情報を掴んだのかな?」


 するとウィクルは、空になったカップを名残惜しそうにしながら手放し……頭を左右に振り、居住まいを正し、そうしてから言葉を返してくる。


「情報を掴んだ……というのは適切ではありません。

 私共が信奉している神々がその思惑に感づいたというのが正しいでしょう。

 ……邪教徒共の思惑、その目的は……どうやら重ね世界との境界を破壊することにあるようなのです。

 重ね世界との境界を破壊し、あちらの邪神、悪神、乱神の類を引き寄せた上で、重ね世界が脅威であると人々に語りかけ、自らの正当性を主張する……。

 そんな思惑でもって邪教徒共は行動しているようで……実際に北の極地にて境界が揺らぎ、それに気付いた神々が慌てて境界を修復するという騒動がありました」


「……なんと。

 連中は重ね世界の否定と拒絶を是としているはずだが……追い詰められ過ぎてついに目的を見失ったか」


「……過程がどうあれ結果的に自分達が望んだ結果になるのなら、それで構わないと考えているようです。

 西の大陸に侵入し、かの地の乱神の一撃を受けて、その凄まじさを目の当たりにした結果……その力を利用してやろうと考えたのではないか? と、神々はおっしゃっていました。

 もし仮にそんなことになれば世界が混乱に陥るどころか……この世界が壊れるようなことにもなりかねないのですが、連中にはそこまで考えが至らないというか、思慮が足りていないようです。

 ……そして、邪教共のそんな動きを受けてか、こちらの世界にもちょっとした変化が起きているようなのです」


 と、そう言ってウィクルは懐から一枚の肖像画を取り出す。

 その肖像画にはウィクルによく似た女の子の笑顔が描かれていて……その肖像画をキャロラディッシュの方に差し出しながらウィクルは言葉を続ける。


「これは私の妹で……ウィリアと言います。

 生まれつき豊富な魔力に恵まれ、まだ10歳を過ぎたばかりだというのに長老達をも上回る術を身につけつつあります。

 ……こうした才に恵まれた子は世界中で生まれているようでして、神々はそのことをこちらの世界の免疫反応だ、とおっしゃっていました。

 重ね世界を拒絶する反応、この世界がこの世界としての個を守ろうとする反応、重ね世界との境界を強く保とうとする反応……つまり、この世界はこういった才を持つ子達を意図的に産み出し、境界の維持と強化の役目を担わせようとしている……らしいのです」


 その言葉にキャロラディッシュは表情を変えずに、その内心で動揺する。


 ソフィアとマリィ、その恵まれた才の理由……突然そんな力を持って生まれた理由。


 それらが明らかになり……そうしてキャロラディッシュは何故ソフィア達が、未来ある子供達がそんな責を負わなければならないのだと、あくまで表には出さずに内心で激怒し、憤る。


 するとウィクルはそんなキャロラディッシュの目を見てその想いを読み取ったのか……小さく微笑み、柔らかな表情を浮かべる。


「……老師、私も同じ考えです。

 妹の才はあくまで妹のもの……世界になどくれてやるつもりはありません。我らが信奉する神々も私と同じ考えを有してくれています。

 ……そして恐らくは他の重ね世界の住民達も同じ考えなのでしょう、それぞれの形で妹や、妹と同じように力を持つことになった子供達に力を貸してくれているようなのです。

 そのおかげで現状、邪教共の企みはその全てが失敗に終わっています。

 連中が境界を壊そうとする度に神々が……重ね世界の住民達がその邪魔をしてくれて、その都度、境界の修復についても行ってくれているようなのです」


 その言葉を受けてキャロラディッシュは、ドラゴンや精霊達がソフィアとマリィに贈り物をくれた理由を理解する。


 そしてその贈り物に込められた力の意図も理解する。


 背負わなくて良い責を負うことのないよう、世界に良いように使われないよう、ソフィア達を守り、世界からの影響を断つ加護。


 大変な仕事は自分達がやっておくから、お前たちは好きに遊んでいなさいという……大人が子供に当たり前に向ける感情を、重ね世界の住民達も抱いてくれていたのだろう。


 そしてそのことを理解したキャロラディッシュは……膝の上に置いておいた杖をぐっと握り、ならば自らもそれにならう必要があるだろうと、杖を握った手に力を込める。


「……なるほど。

 つまりは儂らも、大人としていま一歩踏み込んだ、連中の企みを挫くための動きを見せる必要があるという訳だな」


 力を込めながらキャロラディッシュがそう言うと……ウィクルは、キャロラディッシュがその考えに至ってくれたことを……自らと同じ考えに至ってくれたことを喜んで、大きく破顔し安堵のため息を吐き出すのだった。


お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ