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魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵  作者: ふーろう/風楼


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猫が出会ったもの


 遠方からの使いであるぬいぐるみの来訪から一週間程が過ぎた頃。


 一匹の猫がキャロラディッシュの敷地の外縁部……後少しで結界から出てしまうという、ギリギリの所を散歩していた。


 その猫はほんの数日前が誕生日で、その誕生日のプレゼントとしてキャロラディッシュに冬でも外を出歩ける素敵な服が欲しいとお願いしていて……その願いが聞き入られた結果、キャロラディッシュが思う素敵な冬の服を身につけていた。


 水を寄せ付けない革長靴に、襟が大きく裾が長くベルトで腰の部分をビシリと引き締めるコートに、猫の頭の形、耳の形に合わせてあるふかふかの羊毛フードに。


 それらは冬とは思えない程に体が温まるもので、どんなに冷たい風が吹いても、吹雪いたとしても寒さを寄せ付けないもので……とっても素敵なそれらを着られるのが嬉しくて嬉しくて、ついつい外を出歩きたくなってしまう代物だったのだ。


「ニャンニャンニャフーン」


 そんな声を上げながら革長靴で雪を蹴飛ばし、舞い飛ぶ雪の中に突っ込んでその冷たさを楽しんで……そんなことをしても寒くない、凍えないと、猫がご機嫌になっていると……突然、ドスンッ!! と、結界の外から大きな音が響いてくる。


「ニャウン!?」


 そんな声を上げながら全身の毛を逆立たせた猫が、一体何事だと音のした方向へと視線をやると……舞い飛ぶ粉雪の中に大きな……尋常ではない程に大きな黒い影が現れて、ボフゥバフゥと荒く熱い吐息を周囲に撒き散らし始める。


 敵か……!


 そう判断した猫はとっさに飛び退り……四足に構え、尻をくいと上げて臨戦態勢を整える。


(雪の中に前足を突っ込んでも大丈夫! ソフィアちゃんとマリィちゃんが作ってくれた手袋があるからいくらでもこの体勢を続けられる!)

 

 と、そんなことを思いながら猫が構えていると、舞い飛んでいた粉雪が徐々に落ち着き始めて……視界が開けてきて、黒い影がその正体を……毛むくじゃらの姿を顕にする。


 それは恐らくは牛であるようだった。

 とても大きく……普通の牛とは思えない程に大きく、その頭に構えている二本の曲がり角は、下手をするとソフィアやマリィの背丈程の長さがありそうだ。


 牧場の牛と違って全身が灰色の毛むくじゃらとなっていて、背中に大きな山のようなコブのようなものを構えていて……そしてそのコブの所に、一人の人間の姿がある。


 透き通るような白い肌に、透き通るような青い髪に……頬や口の回りには赤い染料での化粧がなされている。


 性別は男、年の頃20か30か……青い瞳をたたえる目は切れ長で鋭く、気難しい性格をしているのだろう、口は山のような形に固く結ばれている。


 そんな男はその全身を、外側は毛皮、内側は羊毛といったような作りの、ツナギのような全身服で包んでいて……尋常ではない程の高さとなっている牛の背からでも、地に伏している猫を突き殺せそうな程の長い槍を、その手でしっかりと握りしめている。


「……私は毛深き雄牛の一族のものだ。

 約定通り参上した」


 堅い表情をわずかも緩めることなく、そんなことを言ってくる男に……猫は、はて? どこかで聞いた名だな? と臨戦態勢のまま首を傾げる。


 雄牛雄牛……。

 お牛さんの一族……?

 ……そうだ、確か春にそんな客がやってくると、キャロット様がそんなことをおっしゃっていた!


 そう考えて猫は臨戦態勢のまま、小さく笑い……男に向かって鋭い声を返す。


「まだ春じゃないぞ! この嘘つきめ!!」


 すると男は怪訝そうな表情になって……猫のことをじっと見やりながら言葉を返してくる。


「何を言うか、もう春だろう。

 見ろ、こんなにも暖かく、雪が緩んでいる」


「お前こそ何言ってんだ! 春ってのは雪が溶けて、お花が咲いてから始まるもんだ!」


「花? そんなものは夏になってようやく……。

 ああ、いや、そうか……こちらとそちらでは天候が違うのを忘れていた……。

 ……すまない、私達にとってはここまで暖かくなればもう春なんだ、私達にとって雪解けは夏に起こるものなんだ」


「はぁー!?

 どんな寒いとこに住んでたらそうなるんだよ!?

 くっそー! 不審者のくせに僕が猫だと思って馬鹿にしてるんだろ!! いいさいいさ、今すぐキャロット様に敵が来たって報せてやるからな!!」


 そう言って猫はくいと顎を上げて、口を細めて遠くまで響くようにと高く太く「ニャァァァァァン」と鳴き声を上げる。


 するとそれを聞きつけた他の猫が同じように「ニャァァァァン」と声を上げて……それが連鎖し、そこら中へと、キャロラディッシュの敷地の隅々にまで響き渡る。


 するとすぐに別の声が……「ニャアーーーーーン」との声が帰ってきて、それを受けて臨戦態勢を取っていた猫は、腰砕けになったように体をふにゃりと柔らかくし……呆然とした表情になって、すっと二足の体勢で立ち上がる。


「え? え? 本当に客なの?

 この人がお客さんなの? こんなにも怪しいのに!?

 ええー……うっそだー、信じられないなー……。

 でも、キャロット様が僕たちに嘘言う訳ないしなー……。

 むう、しょうがない……おい、そこの変な人!!

 今からキャロット様が結界を緩めてくれるそうだから、結界が緩まったらこっちに入って、僕の後についてこい!!」


 ぶつぶつと一人で呟き、突然踵を返して大声を上げ……そんな猫の言葉を受け取った男は、無表情のままこくりと頷き……結界が緩んだのを察知してから、その両脚を引き締め、ゆっくりとまたがる牛を前へと進ませる。


 そんな様子を、なんとも疑わしげな半目で見やった猫は……仕方ないかと頭を振ってから、男を先導する形でキャロラディッシュの屋敷へと足を進めるのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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