魂の器
トムテのプレゼントである二つの魂の器を受け取って、キャロラディッシュが向かったのは屋敷の最奥の一室……長い間、誰も使っていなかった両親の寝室だった。
年に数回、掃除はしているので綺麗な状態ではあるのだが、使用していないためか生気が感じられず、陰鬱な気が漂っていて……そんな寝室の中央にある、古臭いベッドへと無言で近づいたキャロラディッシュは、ベッドの上に魂の器をそっと置く。
魂の器。
魂を込められるそれが一体何であるのか、どう使用するものなのか、キャロラディッシュはその知識を持っていなかったが……トムテは言っていた、キャロラディッシュならば正しい使い方を知っているはずだ、と。
キャロラディッシュの人生において魂と言えば、若かりし頃に砕いてしまった両親の魂のことしか思い浮かばず……それが二つともなれば尚のこと両親のことを示唆しているかのようで……両親の魂が救われることを期待したキャロラディッシュは、ベッドの上に置いた魂の器を、静かに何も言わずにじっと見つめ続ける。
するとそこにソフィア達と猫達が駆けつけてきて……キャロラディッシュの側へと近寄ってきて、尋常ではない様子というか、深刻な表情を見せているキャロラディッシュのことを心配してか、一同がそっとキャロラディッシュの側へと近寄ってくる。
……と、その時。
目に見えるような見えないような、小さく細かく淡い光を放つ粒子が、魂の器の周囲を漂い始める。
陽の光の中の埃のようと言うべきか、それを更に細かくしたものと言うべきか……そんな小さな粒子はキラキラと煌めきながら器の側へと近づいていって……すぅっと吸い込まれるかのように、ガラスのような透明な器の中へとスッと入り込む。
数え切れないほどの粒子がそうして器の中に入り込み、その流れはどんどんと加速していって、粒子の粒がだんだんと大きくなっていって……青と赤、二色に煌めく粒子は器の中で一つの塊となっていって……その塊から一つずつ、はるか遠方で霞む蜃気楼のように、不確かな虚像が生み出される。
一つは男性、一つは女性。
不確かでおぼろげで……手に触れたら砕けてしまいそうで、目でそれをはっきりと見ることは出来ない。
目ではなく魔力を通して見てみるといくらか鮮明になってくれて……年の頃四十か五十か、穏やかに微笑む……キャロラディッシュに何処か似た雰囲気をした二人の姿が器の上に現れて……その姿を見てキャロラディッシュはふるふると震えながら、大粒の涙をはらはらと流し始める。
それはキャロラディッシュの両親の魂だった。
かつて死してレイスになりかけ、キャロラディッシュの手により砕かれた魂だった。
猫達もソフィア達も、その顔を今まで一度として見たことが無かったが、それでもそうだと分かる程にその魂はキャロラディッシュに良く似ていた。
「……そっか、大地に還り損ねたんだね、アンタ達」
そんな魂を見て声を上げたのはシーだった。
虚像を……二人の魂を見て俯き、魔力を練って何処からかブルーベルの花を持ち出して……そうしてシーはブルーベルの花を光らせ、それを振るって二つの魂を誘導しようとする。
「さぁ、こっちだよ、こっち。
アンタ達の魂はもう限界だ、こうして塊になれたことが奇跡みたいなもんだ。
さっさと大地に還って、草でも花でも虫でも獣でも、何でも良いから生命に生まれ変わりな」
更にシーがそう言うと、器の中の塊がすぅっと器の外へと出てきて……シーの誘導に従って虚像と共に、屋敷の廊下を進んでいく。
廊下を進み階段を降り、玄関を通って屋敷の外へ。
そうして雪の降り積もる屋敷の庭へと向かったなら……二つの塊が熱で溶けるバターのように溶けて、虚像と共に雪の中へと染み込んでいく。
「なぁに、このオイラが誘導してやったんだ。問題なく大地へ還れるともさ。
だからキャロット、アンタもそんなに泣くんじゃないよ、良い大人なんだからさ」
シーがそう声を上げると、シーの後を何も言わず追いかけてきていたキャロラディッシュは、無言で両手を顔へと押し付け……流れていた涙をぐしぐしと拭う。
そしてそれを受けて……いつの間にかキャロラディッシュの下に集まっていた、キャロラディッシュのことを心配して駆けつけた全ての猫達が声を上げる。
上を向いて口を細めて、遠くへ響けと喉を震わせて。
『ニャァァァーーーン』
それは猫達の葬送歌だった。
言葉以上の意味が込められた長く遠くまで響く、魂を送る歌。
猫達が今の姿になったのは、キャロラディッシュの両親が亡くなった後に、キャロラディッシュが孤独に耐えかねてのことだった。
だから両親に会ったことはないし、世話になったことはない。
だがそれでもその気配を、いつも屋敷の何処かで感じていて、その気配に見守られて今までの日々を過ごしていて……今までありがとう、またお会いしましょうとの精一杯の想いを込めての葬送歌。
アルバートはそれを受けて瞑目し敬礼をした。
シーはブルーベルを振るって哀悼を示した。
ロミィは翼をはためかせ、良き風が吹くことを願った。
ソフィアとマリィはそれぞれの方法で、キャロラディッシュの両親に良き来世が訪れることを願った。
そんな中キャロラディッシュは、両手の平を顔に当てたまま、静かにトムテに、猫達に……シーとソフィアとマリィと、ロミィとアルバートに感謝した。
感謝し、両親に対しての改めて礼の言葉と別れの言葉を口にし……そうして踵を返し、屋敷へと足を向けた。
「……さぁ、いつまでもこんな所にいては冷えてしまうぞ。
暖炉の火に当たりに行こう」
いつもよりも優しい、何処か影というか険が取れた声でそう言ったキャロラディッシュに対し……ソフィア達は何も言わずに頷き、静かにその後を追いかけるのだった。
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