冬至祭
キャロラディッシュが精霊や神々についてあれこれと語った日から何日かが過ぎ、冬が一段と深まって……雪が一段と深く積もったある日の朝食後。
その日は珍しく屋敷中の猫達が、寒い中でも頑張って働き動き回り、何かの準備を進めていた。
冬になってからというもの、必要最低限の家事しかせず、暖炉の間か寝床で折り重なって眠るのが常だった猫達のそんな様子を見て、身支度を終えて廊下を歩いていたソフィア達が驚いていると……その側を飛んでいたシーが、ポンと手を打って「ああ!」と声を上げる。
「そっかそっか、今日はユールの冬至祭の日だったな。
それで皆騒がしくしているのか」
その言葉を受けて冬至祭のことは知っていても、ユールの冬至祭とやらが何かを知らないソフィアとマリィは首を傾げて……そんなソフィア達に向かってシーが言葉を続ける。
「あー……なんて説明したら良いのかな。オイラ達精霊の冬至祭っていうか、重ね世界の冬至祭っていうか……。
今日は特に重ね世界との繋がりが太くなるっていうか、世界と世界の入り口が繋がりやすくなって、通りやすくなる日だから、行くも帰るも簡単になってくれて……こっちに来たばかりの連中や、これから向こうに帰る連中がそのことを盛大に祝う日なんだよ。
多分そのうちこの屋敷にもユールの日のゲストがやってくるんじゃないかな?」
そんな説明を受けて、ソフィアとマリィはまだまだよくは分からないが、それでも何か面白そうなことが、楽しそうなことが起きる日なのだと予感して、その顔を綻ばせお互いの顔を見合って笑い合う。
「そ、そんなことよりもソフィア、は、早く暖炉の間へいかないか?
廊下は寒くって寒くって……」
「た、確かに。
キャロット様が暖炉を暖めてくれているはずだから、早くいきましょう」
「そうだねぇ、こんな所でぐずぐずして風邪なんか引いたらバカらしいからねぇ」
アルバート、ヘンリー、ロミィの順にそう言ってきて……マントに包まるアルバートと、ふかふかの羊毛コートの中で小さくなるヘンリーと、ヘンリーが被っているフードの上にちょんと座りながら、マフラーでその体をぐるぐる巻きにしているロミィを見たソフィア達は、手元を隠しながらくすりと笑い、足早に廊下を通り過ぎ……暖炉の間へと駆け込んでいく。
すると暖炉の前で火かき棒を手に火の手入れをしていたキャロラディッシュが、真っ先に視界に入り……そのいつもの姿に小さく微笑んだソフィア達は、その側へと駆け寄って暖炉の前にすとんと腰を下ろす。
そんなレディらしからぬ行為をキャロラディッシュは特に咎めることなくいつものことだと受け流し……火かき棒で薪の位置を調整し、灰の山を作り出し……そうして暖炉の熱を一段強くしてから……いつもの席へと、ロッキングチェアへと向かい腰を下ろす。
そうして薪の弾ける音を耳にしながら、そこから漂ってくる暖かさに目を細めたソフィア達は、お互いの身を寄せ合い、一塊となって右へ左へと揺れながら、鼻歌を口ずさみながら時を過ごし……そうやって体を暖めたなら、後ろへと振り返り、ソフィアが代表する形でキャロラディッシュへと声をかける。
「キャロット様、ユールの冬至祭には一体どんなことが起こるんですか?」
それを受けてキャロラディッシュは、シーかヘンリーにでも聞いたのかと納得し、頷き……そうしてからその答えを返す。
「それに関しては儂にもわからん」
『え!?』
まさかの分からないという回答に、驚き同時に声を上げるソフィアとマリィ。
キャロラディッシュなら知っているはず、どんな疑問にも応えてくれるはず。
いつの間にやらそんな信頼感を抱いていたソフィア達は、心底から驚いてそれ以上の言葉を口にすることが出来ない。
実際の所キャロラディッシュは、彼女たちに対する講義の中で何度か『儂にもわからんが、儂にも想像することしかできないが』などといった言葉を使っていて、分からないことは分からないと、二人に対しはっきりと伝えていたのだが……それでもソフィア達は何故だか、キャロラディッシュならばという全幅の信頼を抱いてしまっていたのだ。
キャロラディッシュにも何が起こるか分からない、これから何が起こるのか誰にも予想出来ない。
何もわからないというのは不安にも恐怖にも繋がることであり、そうしてソフィア達は複雑そうな表情をしていると……ソフィア達の頭上のシーがもう少し詳しく説明してやれと、そんな視線をキャロラディッシュに飛ばし……キャロラディッシュはせっつかれんでもそのつもりだったわ、と言わんばかりの表情をしてから、口を開く。
「ユールの冬至祭に何が起こるのか。
これに関しては儂だけでなく神々でさえ予想することができんものだ。
何故かと言えば冬至祭の日にどんな精霊がやってくるのか、どれだけの精霊がやってくるのか、それはいざ当日を迎えてみないことには分からないものでな。
ゲストとしてやってきた精霊達が何事かを起こすこともあれば、全く何事も起こさないこともあり……実際その日になってみないことには何とも言えんのだ。
基本祝い事の日であるからして悪いことは起こらないものなのだが……それでも一応、精霊達の機嫌取りをしておこうということで、猫達が歓迎の準備を整えているという訳だ。
そしてクロムレックの日以降、あれこれと精霊について教えてきたのもまた今日という日に備えてのことで……精霊への理解を深めてきたお前達であれば、これ以上は言わんでも分かることだろう」
そう言ってソフィア達をじっと見つめるキャロラディッシュ。
するとソフィアとマリィはあることを思い出して同時に頷き……キャロラディッシュに大丈夫です、分かりましたと、そんなことを言わんばかりの表情を向ける。
悪意のある精霊がこちらで何かをやらかすというのは、神々の目がある中ではまず不可能だそうで……精霊達にとって特別であるらしい今日という日に、心配するようなことが起こることはあり得ないのだろう。
もし仮にそんな日がやってきたのだとしたら、キャロラディッシュが誰よりも先に行動を起こしているだろうし、誰よりも先にソフィア達にそのことを知らせて何処かに潜ませておくだろうし……そんなキャロラディッシュがいつものようにのんびりと、暖炉の間でのひとときを過ごしているという点から言っても、不安に思う必要など全くと言って良い程に無かったのだ。
そうしてソフィアとマリィが安堵の表情を浮かべていると……何やら騒がしい音が屋根の方から響いてくる。
がさごそと誰かが煙突の辺りで何かをしていて……次に屋根裏から『うひゃぁ!?』といつかに聞いた声が響いてきて、屋根裏が騒がしくなり、家鳴がそこら中に響き渡り始める。
それと同時にまるで煙突の中を誰かが通っているかのような、そんな音が響いてきて……何事が起きているのだろうかと困惑しながらソフィア達は、暖炉の方へと……煙突と繋がっている暖炉の天井部分へと視線を向ける。
するといつかに見たような、以前ブラウニーの姿を見かけた時のような形で、煙突からひょこりと何者かが顔を出す。
赤い帽子を被って白く長い髭を蓄えた何者か……精霊の一種らしいその何者かの目はとても優しげな光を湛えていて……その目でもってソフィアとマリィのことを見やったその精霊は、
「ふぉふぉふぉふぉふぉ、ワシの名前はトムテ、よろしくな」
と、そんな笑い声混じりの自己紹介をしてくるのだった。
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