神々の力
石鏃を手にしながらあれこれと思いを巡らせたソフィアとマリィは……恐らく二人同時にその考えに至ったのだろう、同時に声を上げる。
「あの―――」
「思ったんですけど―――」
同時に声を上げてしまって、お互いの顔を見やって、そうして同時にくすりと笑ったソフィア達は手仕草で順番を譲り合い、押し合い……そうしてソフィアが先に話をするということで決着したようで、こくりと頷いたマリィが見守る中、ソフィアが咳払いをしてから改めて声を上げる。
「……エルフは悪意が無かったようですけど、悪意がある精霊がこちらの世界にやってきたことはあるのですか?」
それを受けて、自分もそれが聞きたかったと何度も何度もマリィが頷いて……そんな二人に対しキャロラディッシュは、髭を撫でながら言葉を返す。
「そういったことは……そうだな、これまでの歴史の中で、それなりの回数はあったようだな。
しかしながら、悪意を持ってこちらにやってきて、こちらで何らかの悪事を行ったなら、今の邪教徒達のように様々な国から精霊達から……神々から攻撃されることになるからな。
すぐに討伐されてしまうか、元の世界に逃げ帰ることになるか、そのどちらかの道を辿ることになり……元の世界にどうにか戻れたとしても、そちらの世界の住人からの非難と攻撃を受けることになるようだ。
そしてそういった道を辿ることになった者達は……そのほとんどがエルフ達のような悲劇的な末路を迎えておるとのことだ」
そう言ってキャロラディッシュは一旦言葉を切り……部屋の扉を開けて顔を出したグレースが、淹れてきてくれたらしいハーブティーの到着を待って、カップを口元に運び、一口飲んで喉を潤してから、言葉を続ける。
「基本的にこの世界に関わっている精霊達……重ね世界の住人達はこの世界が平和であることを、この世界がこれからも崩壊することなく続くことを願っておる。
ゆえに精霊戦争の際もそうであったが、何らかの形で世界が危機に瀕したり、平和が乱されたりした場合には、その状況に則した形での支援を行ってくれておる。
精霊戦争の際には各国に様々な武器や、新たな魔術をもたらし……時には精霊と人の間に子を成し、特例的にその子を援軍、あるいは支援者としてこちらに遣わすこともあった。
直接戦闘に参加したり、何らかの形で手を下したりすることはかなり稀だが……相応の相手であればそうすることもあったようだ。
儂らが知っている精霊達……この島や大陸に住まう精霊達はまだ話が通じる方というか、穏健派でな、中々そういったことが起こることはないのだが……海の向こう、西方大陸の精霊……というか神々には乱神の類も多く、事あるごとに大暴れし、その都度凄まじいまでの破壊を西方大陸にもたらしたそうだ」
そこで一旦言葉を切ったキャロラディッシュは……ここから先の話を、中々に刺激的で衝撃的な話をして良いものかと一瞬悩むが、ソフィア達も日々成長している……このくらいであれば構わないだろうと、グレースが皆にハーブティー入りのカップを手渡す中、話を再開させる。
「儂が生まれるより以前に邪教徒達が西方大陸に渡り、西方大陸の支配を目論んだことがあったらしいのだが、その結果西方大陸に住まう乱神達の怒りを買ってしまい……ある地域では邪教徒達が築いていた砦が、その一帯ごと……砦の数倍はあろうかという広さの一帯全てが渦巻く風の刃によって破壊しつくされたり、ある地域ではまるで太陽が落ちてきたかのように邪教徒達が住まう一帯全てが焼き尽くされたりしたらしい。
その破壊の痕は今も西方大陸に残っていて……西方大陸の人々はその痕を聖地、聖域として崇め、敬っておるという訳だ。
神々が自分達を守る為に力を振るってくれたことを示す聖地、神々はこんなにも凄まじい力を持っているのだと一目見るだけで理解できる聖域。
儂も若い頃に一度だけその跡を見に行ったことがあるが……大地が大きな剣で引き裂かれたかのようなあの様子は……この屋敷からリンディンまでの距離はあるのではないかという大きさの焦げ跡は、まさしく人外にしか……神々にしかできぬ荒業と言えよう」
と、キャロラディッシュがそんなことを語ると、ソフィアとマリィと、ソフィアとマリィの側で話を聞いていた猫達やアルバート達は驚きのあまりにグレースに淹れてもらったハーブティーを飲もうとしていた状態のまま、硬直してしまう。
一体全体邪教徒達がどんなことをしでかしてしまったのか、神々にどんな無礼を働いたのかは知らないが、まさかそんな、周辺全てが破壊されるような事態が起きてしまうとは……と、絶句するソフィア達を見て、神々はそういうものだと頷いたキャロラディッシュは、更に話を続ける。
「重ね世界の住人を神と呼ぶのか精霊と呼ぶのかの違いは、その土地の歴史や文化、重ね世界の住人との付き合い方なども影響しておるのだが……その圧倒的な力というか、破壊力と言うか……気に入らないものを排除する為だけに、壊滅的な破壊をもたらすことを辞さない態度と性格があればこそ、あの地の神々は神と呼ばれ崇められておるのだろうな。
そんな乱神達でさえ、この世界が平和であることを……この世界がこのままの形で未来に続くことを願っておるのだ。
悪意を持った精霊がこちらに来たらどうなってしまうのか……どんな悲劇的な結末を迎えてしまうのかは……今更言わずとも想像が出来ることだろう」
その言葉を受けてソフィア達は何度も何度も頷き……そんな凄まじい神々が同じ世界にいるのかという驚きを、ため息の中に込めて胸の奥から一気に吐き出す。
吐き出して深呼吸をして落ち着いて……そうしてからハーブティーを口に含んだソフィア達は、しばらくの間何も言わずに、その味と香りにのみ意識を向けるのだった。
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