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魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵  作者: ふーろう/風楼


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歪み幌馬車のちょび髭男


 キャロラディッシュが新しい杖を使いこなせるようになり……それから数日が経ったある日の早朝。


 キャロラディッシュの敷地に張られた結界をするりと一台の大型幌馬車が通り抜ける。


 その馬車は坂道で荷物が滑らないようにと、車体の前後が上に跳ね上がった歪んだ形になっており……歪んだ車体を支える為に後輪がこれでもかと大きくなっている。


 大型のその馬車を引く馬は全部で四頭……どれもこれもが立派な体躯を持った上等の馬で……御者台にはモーニングコート、シルクハット姿の小太りの紳士が座っていて、くいと胸を張りながら、優雅な手綱さばきでもって馬達を整然と、綺麗な足取りでもって歩かせていく。


 まんまるの顔、艶出しのためか油を塗ってあるらしい灰色のちょび髭。

 歳の頃、40か、50か……その肌はまんまるに膨らんでいるおかげか皺は無く、つやつやと光を放っている。


「やぁ、ジョセフさん、お久しぶりじゃぁないですか!」


 そんな風に紳士に声をかけてきたのは馬車が行く道の脇の、牧場で朝の仕事に精を出している牛牧夫のジェイムズだった。


「やぁ、ジェイムズ、今日もその、なんだ……良い毛並みをしているね!」


 ジョセフと呼ばれた紳士がジェイムズにそう挨拶を返して大きく手をふると、ジェイムズもまた大きく手を振り返して……そうしてからジェイムズは牧場の隅の牧草の山の上に寝転がっている、猫に声をかける。


「ジョセフさんが来たって、キャロット様に伝えてもらえるかい?

 ジョセフさんが来たってことは……例のアレをたくさん持ってきてくれたんだろうし、早くお屋敷の方に行っておかないと、順番待ちの行列ができちゃってアレを味わえるのは当分先……なんてことになりかねないぜ?」


 そう言われて猫は、くわりと目を見開き、尻尾をぴーんと真っ直ぐに立てて……ババッと起き上がり、タタタッとその二本の足で駆け始める。


 一刻も早く、誰よりも早く屋敷にいかなければという、そんな使命感でもって……。


 

 

 そうしてその猫は屋敷の中へと駆けていって……ちょうどキャロラディッシュが朝食後の身支度を終えた所へと駆け込んで大きな声を上げる。


「ジョセフさんがきましたよ!!」


 猫が駆けてくる気配で何某かの来客があったことを察していたキャロラディッシュは……、


「おお、もうそんな時期か」


 と、声を上げる。


 そしてまるでその声を合図にしたかのように、屋敷中の猫達が騒がしく駆け回り始める。


 よせば良いのに報せに来た猫が大声を上げてしまって、その内容が屋敷中に知れ渡ってしまって……とにかく早く仕事を済ませようと、今やっている仕事をとっとと片付けなければと、懸命に動き回る猫達。


 その騒がしい様子を受けて、一瞬眉を潜めるキャロラディッシュだったが……まぁ、今日くらいは許してやるかと表情を緩めて……屋敷の玄関の方へと足を進めるのだった。




 一方自室で身なりを整えていたソフィアは、突然の騒ぎに目を丸くしながら自室を飛び出し……自分の足元を激しく行き交う、猫達に翻弄されながら廊下を歩いていた。


 正面から物凄い勢いで駆けてくる猫を避けようとくるりと回転し、後ろから来る猫を避けようとくるりと回転し……スカート振り回しながらくるりくるりと回転しながら、慌ただしく行き交う猫達の姿を視線で追いかけて……。


「な、何があったんだろう?」

 

 と、後ろに控えるアルバートに問いかけるが……アルバートも事情が分からずただただ首を傾げることしか出来ない。


 するとそこにマリィが……同じように足元を駆け回る猫達に翻弄されているマリィがロミィのとまり木を手にしながらやってきて……ソフィアの方へと不安そうな表情を向けてくる。


 その表情をじぃっと見やったソフィアは……こくりと頷いて、マリィを安心させようと笑顔を作って声をかける。


「大丈夫だよ、マリィ。

 一階にはキャロット様がいるんだし、何か緊急事態ならすぐに報せてくれるはずだし……猫達もどこか嬉しそうにしてるようだから、きっと悪いことじゃなくて良いことがあったんだよ」


「う、うん……悪いことじゃないだろうとはあたしも思ってたんだけど……。

 で、でもなんだか凄い勢いで圧倒されちゃって……」


「確かに……こんな騒ぎ、初めてだもんね」


 と、二人がそんな会話をしていると、そこに二人が一番よく知っている猫……ヘンリーが駆けてくる。


「あ、ヘンリー!

 この騒ぎは一体何事? 何があったっていうの?」


 ソフィアがそう声をかけるとヘンリーは、床をずざざっと滑りながら足を止めて……荒く息を吐き出しながら、キョロキョロと周囲の様子を見回しながら返事をする。


「しょ、商人が、御用商人のジョセフさんがやってきたんだよ!」


「商人? 

 そう言えば以前そんなお話をキャロット様から聞いたような……。

 でも、商人が来たからって何もそんなに慌ただしくしなくても……それともそんなに慌てるような何かがあるの?」


「もちろんあるよ!

 基本的にこのお屋敷は自給自足だけど、それでも外からいくらかの品は買わなきゃいけないんだ。

 特に……お菓子とそれに使う砂糖は絶対にね!!

 砂糖は暖かい地域でしか取れないから、ここらへんで作ることは不可能で……でもこれからの冬支度には欠かせないもので……。

 で、で、でそんな砂糖をたくさん持ってきてくれるジョセフさんは、僕達に角砂糖をくれるんだよ!

 あの甘い角砂糖を久しぶりに舐められるんだ! 仕事なんかにかまけてる暇はないんだよ!!」


 いつもとは違う、恐らくは素のものだと思われる喋り方でそう言ったヘンリーは……こんな所でグズグズしてはいられないとばかりに駆け出し……廊下の先にある階段を駆け下りていく。


 その後姿を見送ったソフィアとマリィは……お互いの顔を見合い、ハチミツのそれとはまた違う砂糖の甘い味を思い浮かべ……にんまりとした笑顔となって廊下を駆けていくのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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