新たな杖
妖精女王から託された宝石と、大陸からの贈り物である琥珀をそれぞれ金具で固定し、杖の根本から下げた紐で金具を縛るという形の新しい杖は、職人猫ピーターの頑張りのおかげでたったの一日で完成することになった。
そういう訳で翌日の夕刻。
完成した杖を手にしたキャロラディッシュは……早速とばかりに杖の振り心地を確かめる為に、庭へと出て杖を構えて魔力を練り始める。
いざ杖を持って構えてみると、宝石と琥珀が妙に重く感じられて構え辛い。
その上軽く振っただけでも琥珀と宝石が揺れてしまって……紐の長さを調整してぶつかり合わないようにしてあるものの、どうにも邪魔というか杖を引っ張られる感覚がある。
これは失敗だったかな……なんてことを思うキャロラディッシュだったが、それでもピーターが頑張ってくれたのだからと、魔術を発動させるとこまではやってみようと練った魔力を内なる大樹へと送り込み……杖を振るって大樹に指示を出す。
大樹の魔術において必要とされるのは魔力と心のなかに根を張る大樹のみであり……実のところ杖は必要とされていない。
それでもキャロラディッシュが杖を必要とし、魔術を発動させる際に欠かすことなく振るっているのは、彼なりのこだわりが……魔術師とはそうあるべきだという固定観念があるからで……杖があることにより、それを振るうことにより、キャロラディッシュの心と魔術が安定するからであった。
杖の素材にヤドリギを選んでいるのも、古来よりヤドリギが神聖な木であると、幸運を呼ぶ木であるからとされているからで、それ自体には特別な力は無かったはず……なのだが、宝石と琥珀を得たことで特別な力を持つことになった杖が、キャロラディッシュの魔術に大きな変化をもたらす。
キャロラディッシュが発動させようとした魔術は、庭に散らばるいくらかの落ち葉を操り、一箇所に集めるというなんとも簡単な、少量の魔力で発動するものだったのだが……そこに魔術を助ける琥珀と、謎の力を持つ宝石が作用し……予想もしていなかった大量の魔力が注ぎこまれてしまう。
それでも魔術は魔術だ、使い手が望まないような結果はもたらさない。
あくまで使い手が望む……そうなって欲しいとその心に描いた結果が導き出されるものだ。
キャロラディッシュが求めた結果はそれらの落ち葉を一箇所に集めるというもので……以前、ソフィアのためのレッスンで見せたような、落ち葉のダンスに近い形で操り、一箇所に集めるつもりだったのだが……込められた魔力が膨大すぎて、必要以上の魔力が込められてしまって……落ち葉達が激しい、とても激しいダンスを披露し始める。
高速回転や高速タップ、リズムも何もないステップ。
でたらめな乱舞、落ち葉が裂ける程のスウィング。
キャロラディッシュの心の内にある……その知識の中にある様々なダンスを、手足の無い落ち葉達が無謀に再現しようとしてしまい……結果落ち葉達は、粉々に砕けて吹き飛んでしまう。
「な、なんだと!?」
魔術の暴走とも言えるその結果にキャロラディッシュは困惑する。
それは魔術を習いたての、素人がやるようなミスであり……キャロラディッシュの大きな、大陸程に大きなプライドがそれによって深く深く……とても深く傷つけられてしまう。
特別な宝石と琥珀が影響したから何だというのだ。
その程度制御出来なくて何が魔術の探求者だ。
膨大な魔力が注ぎ込まれた時点でこうなることを予測し、しっかりと制御したなら良かったではないか。
そんなことを考えてキャロラディッシュは……庭の外、本来なら片付ける必要のない、道や草原などから落ち葉をかき集め……今度こそ制御してみせると、もう一度手にした杖を振るう。
そうやってキャロラディッシュが次々と落ち葉達を砕く中……その光景を屋敷の二階から見やっていたソフィアとマリィは、目を丸くしながらその光景に釘付けになる。
子供のようにムキになっていながらも、やっていることは非常に高度で……ソフィアにもマリィにもまだまだ真似出来ないもので……そうした光景を作り出しているキャロラディッシュを微笑ましく思えば良いのか、尊敬したら良いのか……二人の胸に宿る想いはなんとも複雑だ。
ソフィアとマリィにとってキャロラディッシュは恩師であり恩人であり……まるで父のように、あるいは母のように慕う家族でもある。
だがソフィアとマリィの知る父とも母とも似ても似つかないのがキャロラディッシュだ。
その歳相応の知識と地位を持っていて……相応の尊大さもその胸のうちに秘めていて。
だというのにその尊大さをソフィア達にぶつけてくることはなく……あくまで胸に秘めているだけで、その代わりとばかりに必要以上の敬意と愛情を示してくれていて。
そうかと思えば幼い子供のようにプライドに振り回されてしまい、自制することなく本当の子供のように振る舞う……なんとも複雑過ぎる老人。
その人格を一言で表す言葉は存在せず……その人格へ抱く想いを表す言葉も存在せず……なんとも形容しがたい感情を抱くことになったソフィアとマリィは、じっとその光景を……庭で繰り広げられる光景を静かに見やる。
そんな生暖かい視線が屋敷から降り注ぐ中……それに気付きもしないキャロラディッシュは杖を振るい続け、複雑かつ高度な魔術を発動し続ける。
それは日が沈むまで続けられることになり……キャロラディッシュが所有する土地の、辺り一帯の落ち葉全てが砕かれることでようやく、キャロラディッシュはその杖を……宝石と琥珀を使いこなせるようになるのだった。
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