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魔術の探求者 キャロラディッシュ公爵  作者: ふーろう/風楼


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クロムレック


 ミツバチの観察とスワッグ作りとで賑やかに忙しなく時が過ぎて行って……そうして夏が終わりかけた頃。


 キャロラディッシュの屋敷の玄関へと続く土道に、ある日突然……なんとも奇妙な具合に組み合わさった石の列が現れた。


 手の平ほどの小さな2つの石を柱として、1つの石を屋根として。

 そうやって組み上げられた石の何かがが列を作り、円を作り……まるで何かの図柄のようでもある。


 一体誰がこんなものを置いたのだろうか? 一体これにどんな意味が、どんな目的があるのだろうか?


 午後の日差しの下、そんな石の列を見つけてしゃがみ込み、じぃっと見つめながらあれこれと意見を交わし合っていたソフィアとマリィとアルバートとロミィは……結局自分達だけでは答えを出せずに、サンルームにいるだろうキャロラディッシュの下へと向かう。


 夏が終わりかけ、そろそろサンルームを使っても良いかもしれないという日差しの下、サンルームの指示や片付け、必要な品々の再設置を魔術でもって行っていたキャロラディッシュは、そんなマリィ達の問いかけを受けて……髭を撫でながら「なるほど」と頷く。


「それはおそらくクロムレックと呼ばれるものだろうな。古来よりこの地にあったもので環状列石とも呼ばれておる。

 大きければこの屋敷以上の大きさで、小さければ小指の先ほどの大きさで作られる、重ね世界の住民による挨拶みたいなものだ。

 もう少ししたらこちらに顔を出すから準備をしておいてくれと、そう伝えてきておるのだ。

 その大きさならば……恐らくは妖精のものだろうから、シーに聞けば詳しいことが分かるのではないか?」


 とのキャロラディッシュの言葉を受けて、ソフィア達がシーの名を大声で呼ぶと……、


「うるさいなぁ、せっかく昼寝をしてたってのにさ」


 と、そんなことを言いながら屋根の方からふよふよとシーがやってくる。


「……で? 一体何があったのさ?」


 お気に入りのドレススカートをこれ見よがしに振りながらそう言うシーに、ソフィア達がクロムレックの話をすると、シーは凄まじい勢いで玄関の方へとひゅんっと飛んでいって……それからすぐにあくびをしながらふよふよと戻ってくる。


「あれなら気にする必要はないよ。

 オイラはまた妖精女王のサインかと思って焦っちゃったけど、あの小ささならおそらくオイラのような小さな、なんでもない妖精のものだろうさ。

 とりあえず……触らずに崩したりせずに、そのまま放置しておけば良いんじゃないかな。

 準備? そんなの必要無い無い、明日か明後日には来るだろうから、その時に顔を出して挨拶をしてやったらそれで十分だよ」


 シーはそう言ってもう一度大きなあくびをし……屋根の上へと戻っていく。


 その姿を見送って、屋根の上のお昼寝はそんなに気持ちが良いのかな、なんて風に心惑わせながら、ソフィア達はそういうことならと静かに納得するのだった。


 



 そうして翌日。


 朝食を終えて身支度を整えて……早速客人が来ていないかと、確認のために玄関の方へと駆けていくソフィア達。


 キャロラディッシュもシーも、厄介事の可能性もあるからと念の為にソフィア達の後についていって……そうして玄関から外に出ると、クロムレックの中央に鎮座する、細長楕円の緑色の宝石の姿が一同の視界に入り込んでくる。


「……なんだ? あれは?」


 そうキャロラディッシュが呟くと、すぐ側を飛んでいたシーがそれに応える。


「あれはスプリガンだね。

 妖精女王の尖兵、宝の守り手、岩の妖精……まぁ妖精の中じゃ話が通じる方だから悪い奴じゃないよ」


「あれが妖精だと?

 宝の守り手というよりも、宝そのものに見えるがな……。

 岩の妖精というのも、どうにも不似合いな呼び名に思えてしまうが……宝石の妖精ではないのか?」


「宝石も岩も似たようなもんじゃないか。

 人間にとって綺麗なのかどうかで呼び分けてるだけで、本質的には同じもの……どれもこれも石で、石が大きくなったら岩って呼ぶんだろ?

 スプリガンは大きくなるのも小さくなるのも自由自在で……本来は大きな体をしてるからね、岩の妖精って呼ぶのが正しいのさ」


 と、キャロラディッシュ達がそんな会話をしていると、クロムレックの中央に鎮座していた宝石が蠢き始めて……細長楕円のそれから『手』と『足』が生えてくる。


 宝石と宝石が組み合わさって腕となり関節となり、指となり……宝石の人形と呼ぶべきか、宝石で作ったゴーレムと呼ぶべきか……手足があり顔があり、目も鼻も口も耳も、髭のようなものや、髪のようなものまである宝石人間のような姿となっていく。


「……まるで翡翠で作った人形だな」

 

 その色を見てキャロラディッシュがそう呟くと……手の平サイズの翡翠人形と化したそれが、ゆっくりと口をあけて、その体内で反響しているらしい、独特の響き方をする太い声を投げかけてくる。


『まさか翡翠にたとえてくださるとは、そんなに褒められると照れてしまいますなぁ、ハハハハハ。

 わたくしの名前はスプリガン……この度は事前にお伝えしておいた通り、貴殿に女王様のお言葉をいくつか、お伝えにきました。

 我らが同胞を救い、かの外道どもの企みを挫く貴殿の行いは、隣の世界に住まう我らとしてもとてもありがたく、感謝がつきません。

 女王様もそのことをいたく喜んでおり……貴殿とその子らに祝福をと仰せです』


 そう言ってスプリガンは、ゆっくりとその手を……宝石の組み合わさった手を差し出し、ゆっくりと指を広げていく。


 するとその手の中に、いつのまに握り込まれていたのか、三つの茜色の宝石の姿がある。


 それらは色は全くの別物だったが、形は以前目にしたドラゴンからの空色の贈り物によく似ていて……スプリガンはそれらを、ひょいとキャロラディッシュ達の方へと放り投げる。


 スプリガンの小さな手の中にあったそれらを、そんな風に投げられては見失ってしまうぞと、キャロラディッシュ達が焦る中……宝石は空中でぐんぐんと大きくなっていって……キャロラディッシュ達の手のひらに納まる程の大きさとなった宝石は、なんとも綺麗な軌跡を描きながら、キャロラディッシュとソフィアとマリィの手の中へと飛び込んでくる。


『それは女王様からの祝福であり、贈り物です。

 雲の上を舞い飛ぶという、なんとも下品な真似をするドラゴン連中に遅れをとってしまったのは残念だが、込めた魔力はドラゴンよりも上品で質が良いものだから、実質自分達の勝利だと仰せで……その分だけ感謝し、敬うようにとも仰せでした。

 ……具体的には感謝の敬いの証明として一瓶のハチミツを所望するとのことです。

 秋の中頃、また顔を出すつもりでおりますので、その頃までに用意しておいて頂けると、ありがたいと言いますか、助かると言いますか……件の巣箱がダメだとしてもどこか他所から購入しておいて頂けると、女王様の機嫌を損なわずにすみますので、どうかどうか、よろしくお願いいたします』


 そう言って恭しく一礼をしたスプリガンは、そのままくるりと踵を返し……足をと進め、クロムレックの外へと一歩踏み出す。


 するとクロムレックの外に出た足がすぅっと何かに飲まれるように消えて、腕が消えて、体が消えて、最後に名残惜しそうに振り返り、こちらに視線を向けたその顔が綺麗さっぱりと消え去ってしまう。


 その光景を見やりシーを含めた一同が呆然とする中、キャロラディッシュは……、


「よ、妖精女王は甘味好きだったのか……」


 と、そんな言葉をぼそりと漏らすのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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