煌めく贈り物
一週間が経って、キャロラディッシュの屋敷の新たな住人となったシーは、屋敷での生活にすっかりと馴染んでいた。
サンルームの一部に、丁度いい大きさの高級ドールハウスを置いてもらい、そこを我が家とし、好みの内装に変えて……ソフィアとマリィ、あるいは猫達と戯れて朝から晩までを過ごすという、そんな生活に。
妖精であるシーは、家どころか食事も必要とはしないのだが、それでもあえて家に住み、屋敷の皆と一緒に食事をする生活は中々楽しいものであるらしく、その笑顔は絶えることなく弾け続けていて……キャロラディッシュもそんな新たな住人を、それなりに好ましく思い、それなりの態度で歓迎していた。
邪教の被害者であり、同情すべき対象であり……この世界に実りをもたらしてくれる重ね世界の住人であり。
その上ソフィアとマリィの良い友人であり、遠方の知己……ビルやクラークとの連絡までこなしてくれるというのだから歓迎して当然……むしろキャロラディッシュのように、一歩引いた態度を見せるほうがおかしいと言えた。
だがそれは、邪教の被害者であるシーを都合よく、便利に使いたくないというキャロラディッシュなりの気遣いからくるもので……そんな気遣いに気付いていたシーは、キャロラディッシュのそんな態度を歓迎し……いつしかキャロラディッシュに対し柔らかな態度を見せるようになっていた。
「ねぇねぇ、キャロット。
オイラも着替えっていうか、よそ行きっていうか……それなりの数の服が欲しいんだけどな?
ソフィアとマリィの服のようにさ、ちゃちゃっと魔術で作ってくれない?」
昼下がりにサンルームで研究にふける中、そんなことを言うようになったシーの変化を、キャロラディッシュが歓迎しているかというとそうではなかったのだが……それでもシーはそんな態度で、キャロラディッシュに接し続ける。
「ねぇねぇねぇねぇ~。
キャロットってばー……レディにそんな態度を取っているようじゃぁモテないよ?」
そう言ってふよふよと、キャロラディッシュの視界内を飛び回るシー。
服を作って欲しいのならば、せめて研究が終わるまで待っていろと、そんな言葉をため息と一緒にしてキャロラディッシュが吐き出しかけたその時……ばっさばっさといつかに聞いた羽音が周囲に響き渡る。
それ受けてキャロラディッシュは、驚くシーに「知り合いだ」との声をかけてから机から立ち上がり……屋敷の玄関へと足を向ける。
音を聞きつけたソフィアとマリィとヘンリー達が駆けつけくる中……玄関から屋敷の外へと出たキャロラディッシュは空を見上げて……飛来するガチョウの姿をじっと見つめる。
「今日は一人だけか……」
その姿を見るなりキャロラディッシュがそう呟くと……ガチョウの背に乗っていた、腰を少し曲げた老婆がガチョウの背からゆっくりと降りながら声をかけてくる。
「そうなのよぉ、ごめんねぇ。
グレーテ様はお忙しくてねぇ、今日はこのババアが代理……マリィちゃんが元気にしているかの確認と、それとお礼と報告にやってきたのよぉ」
大陸の暗き森に住まう魔女の一人……マリィの祖母であるグレーテの同胞。
長い白髪を団子状にまとめて、その上にちょこんと小さな帽子を乗せた老婆がゆっくりとキャロラディッシュ一行の側までやってくる。
「確か……ヘルガと言ったか。
マリィとの面会と報告については分かるが……礼とは一体全体、何の話だ?」
側までやってくるなりキャロラディッシュがそう問いかけると、ヘルガはにへりと皺を深くしての笑顔を作り、言葉を返してくる。
「そりゃぁもう、そっちの妖精ちゃんのことよぉ。
何をしても対策にならない、無限かと思う程の数のインプには本当に悩まされていたっていうか、邪魔ばかりされていたからねぇ。
それが綺麗さっぱりといなくなっただけでなく、こっちの味方までしてくれるっていうんだから、ありがたいったらないわよねぇ」
「味方……?
インプがいなくなった件についてはまぁ良いとして……お前達の味方だと?」
「あぁら、知らなかったのぉ?
そこの妖精ちゃんったら、大きな蛸を引き連れてこの島と大陸の間にある海峡を暴れまわっているのよぉ。
邪教の連中をそうやって攻撃して、邪教と敵対している勢力の船を、国籍問わず一生懸命に助けて……おかげで海峡の行き来がかなり楽になったっていうんで、大陸に入ってくる品物が一気に増えたのよぉ。
インプがいなくなったのと、流通が安定したので、戦況はかなりこっちの優位になってねぇ、そのせいでグレーテ様がお忙しくなっちゃってここまで来れなかったのよぅ。
そういう訳だからマリィちゃんに謝っておいてって、グレーテ様がおっしゃってたわぁ」
ヘルガのそんな説明を受けて、キャロラディッシュは半目での視線をシーへと送る。
クラークと組んでこそこそと動いていたり、港に分体を残したりしていたのは、それが目的だったかとキャロラディッシュの目が語りかけると、気まずそうに視線を反らしていたシーは、頬をぷくりと膨らませて不満そうな声を上げる。
「ちょ、ちょっとくらい良いじゃないか。
オイラはアイツらに散々苦しめられた訳で……その報復っていうか、正当な仕返しっていうか……。
少しくらい痛めつけてやらないと気がすまないんだよ。
……そうやって痛めつけてやれば、妖精に手を出せばこんな目に遭うんだっていう警告にもなるし……す、少しくらい構わないだろう?」
「ならばそう儂に言えば良いだけの話だろう。
……相手が邪教である限りは、止めはせんし文句も言わん。
ただし、何かトラブルがあった時に対処が遅れることにもなりかねんから、しっかりと報告はするように」
ため息まじりのキャロラディッシュのそんな一言を受けて、シーは膨らませていた頬をぷしゅうと縮ませ、にっこりとした笑顔を浮かべる。
そんなキャロラディッシュのやり取りを静かに見ていたヘルガは、更に皺を深めて笑顔を大きくし……そうしながら言葉をかけてくる。
「あらあらまぁまぁ仲が良くて何よりだわぁ。
……で、今回の件、そっちの国が動いてどうこうって話じゃないから国としてのお礼はしないってうちのお偉いさんが言うのねぇ。
あくまでアナタが……キャロラディッシュ公爵が個人的に動いた結果のようだから、こっちも個人的な礼でなければならないって。
……そういう訳だからはい、これ、うちの王様からの贈り物」
そう言ってヘルガは、黒い布に包まれた何かを、まるでそこらでとってきたリンゴをそうするかのように、軽い態度でキャロラディッシュへと手渡してくる。
個人的だろうが何だろうが、王からの贈り物であればそれなりの態度があると思うのだが……と、キャロラディッシュが苦い顔をすると、ヘルガは「うふふふふ」と声を上げて、更に大きな笑顔を浮かべるのだった。
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