特筆することのない日々
護衛達と別れて敷地に入り、少し進んだなら馬車を降り、ビルと彼に着いていくというシーの分体と別れて屋敷へとキャロラディッシュが歩いていくと、わぁっと歓声が上がり、元気に駆ける猫達が「キャロット様! キャロット様!」と、そう言いながらキャロラディッシュ達を出迎えてくれる。
キャロラディッシュが膝を折って地面に突いて猫達へと手を伸ばすと、猫達は早く撫でてと言わんばかりに体を擦り付けようとしてきて……キャロラディッシュはその一匹一匹を丁寧に撫でていく。
ソフィアとマリィの下にも同様に仲の良い猫達が駆け寄ってきていて、ソフィアとマリィが手を伸ばし撫でてやると……何故だかアルバートやヘンリーまでがその一団に混ざろうとし始める。
お前達はずっと一緒だったじゃないか。
道中たくさん撫でて貰ったんだろうに。
空気を読め、空気を。
なんてことを言われて一団の外へと追いやられてしまったヘンリーとアルバートは、なんとも渋い顔をし、ぽかんと立ち尽くし……羨ましそうにその一団のことを見やる。
そうこうしていると庭の方からてふてふと、灰猫のグレースが歩いてきて……キャロラディッシュはそっと手を伸ばし、その頭を肩を喉元を撫でることでグレースへ帰還の挨拶をする。
「……何か変わったことはなかったか?」
挨拶の途中でキャロラディッシュがそう尋ねると、グレースは目を細めながら言葉を返してくる。
「特にこれといって……何もありませんでしたよ。
お庭もいつも通り、初夏となっていくつもの花が咲いて……バラも良い感じに蕾をつけていますね。
……ああ、今年は少しハリネズミさん達の数が多いかもしれませんね……多くて困ることは無いと言うか、虫をもりもり食べてくれるので、助かることばかりですけども」
「……そうか。
こちらも特に何も……いや、シーと出会ったのは大きな出来事と言えるか。
シー、これはグレース……儂の庭を管理してくれている、ヘンリーの祖母だ」
と、空を見上げながらキャロラディッシュがそう言うと、屋敷の上をくるくると飛び回りながら、物珍しそうに周囲を眺めていたシーが、ふわりと飛んでグレースの頭の上へとやってくる。
「ん、シーだよ、よろしくね。
……なんだかヘンリーのお婆ちゃんとは思えない程の落ち着き様だね?
ヘンリーが変なのか、お婆ちゃんが変わり者なのか……ま、そこら辺のことは良いや。
それよりもそれよりも、庭を囲んでいるあのりんごの木! 中々のもんじゃないか!
手入れは完璧、根付きも良い、あれならオイラがちょっと力を貸してあげれば、良いりんごの実がなるよ!
早速手入れしてきても良いかい?」
そう言ってそわそわとするシーに、キャロラディッシュとグレースが同時に頷くと、シーはふよふよと飛び上がり、屋敷を飛び越え庭の方へと姿を消す。
「……なんだか心配だから、追いかけて様子をみてきますね?」
そう言ってグレースが追いかけていって……その姿を見送りながら猫達のことを撫で回したキャロラディッシュは、ゆっくりと立ち上がり屋敷へと足を進める。
ある程度魔術で補助をし、楽をしているとは言え高齢は高齢、馬車での長旅は中々堪えるものがあったとドアへと手を駆けると、そんなキャロラディッシュの様子に何か気づくことがあったのだろう、ソフィアとマリィが駆けてきてくれて、ドアを開けてくれたり、手を取ってくれたりと、気を使ってくれる。
そうして久々に自らの屋敷へと足を踏み入れたキャロラディッシュは、すぅっと胸いっぱいにその空気を吸い込んでから……長旅の汚れを落とすかと、バスルームへと足を向けるのだった。
屋敷の空気、屋敷の湯、屋敷の食事、屋敷のベッド。
キャロラディッシュにとっての日常を……数十年以上そうしてきた生活を取り戻したキャロラディッシュは、ぐっすりと泥のように眠り……翌日からはまたいつも通りの、旅以前の生活を取り戻していた。
いつもの食事、いつもの散歩、いつもの勉強に、いつもの研究に。
初夏ということもありぐんと気温が上がったおかげか、血行がよくなり、体の節々が柔らかくなり……心なしかいつもより、ペンがすらすらと走ってくれる。
あえていつも通りでないことを上げるとするならばシーの存在がそうだと言えたが……小さな体で自由に、自分の好きに生きているシーがキャロラディッシュの生活に影響を与えることは特に無く……いつもの時間は穏やかに流れていく。
「ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁ! 針が、針が刺さった!」
「も、もう! ハリネズミさんにパンチなんてするから!!」
「は、早く消毒を!」
サンルームの扉の向こうから、なにか馬鹿なことをしたらしいヘンリーの叫び声と、放っておけばいいだろうに、そんなヘンリーのことを心配するソフィアとマリィの声が聞こえてくるが……キャロラディッシュは特に気にせず、心に留めず、いつものことだと受け流して、ペンと紙だけに意識を向ける。
そうしてこの日もいつものように、特にこれといった事件もなく、語るべきことのない一日として過ぎていくのだった。
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