観光
大イカの騒動が解決し、翌日からキャロラディッシュ一行のフェリークス巡りが開始された。
と言ってもまだまだ春半ば、海水には冬の寒さが残っており、海で泳ぐことも出来ず遊ぶことも出来ず、ただ波を眺め、潮騒に耳を貸すことしか出来なかったが……それでも旅行らしい旅行をしたことのないソフィアと、森生まれ森育ちのマリィにとってはとても刺激的な、初めて目にする光景ばかりであり、二人は大人達が思っていた以上にフェリークス巡りを楽しみ、笑顔を弾けさせていた。
キャロラディッシュからすると、ただ潮臭いだけの街でしかなかったのだが、それでもソフィア達が楽しんでいるのであればそれで良いと、機嫌良く二人に付き合い……相応に、何十年か振りの旅行を楽しんでいた。
フェリークスは港町であると同時に、この国の玄関口の一つでもあり、外国からやってくる船乗り達に見苦しい景色は見せられないとのキャロラディッシュの判断で、港や各施設、そこに通っている道さえもが常識外の投資により上質なものとなっていて……結果として観光都市としての側面も持ち合わせていた。
キャロラディッシュが見栄の為に投資し、その投資を元にフェリークスの人々が稼ぎを上げて、そうして収められた税は受け取るのも面倒だとまた投資に回される。
そうやって今の形が出来上がったフェリークスには、夏になれば国内外から多くの人々が集まり、その賑やかさは国内屈指のものとなる。
フェリークスにはそれだけ人々を受け入れられるだけの無数の宿やレストランが軒を連ねていて、数が多いからこそ磨き抜かれたその質はキャロラディッシュを満足させるレベルのものであり……そのレベルの高さを受けてキャロラディッシュは上機嫌となっていたのだ。
「そろそろ食事の時間だな」
朝食を終えるなり一同揃ってフェリークス中を練り歩き……昼を過ぎた頃。
キャロラディッシュがそう言うと、ビルが手帳を開き事前に調べておいた質の良いレストランの名前を上げていく。
「……面倒だ、ビル、お前が決めると良い」
キャロラディッシュがそう言葉を続けると、僅かに口元を緩ませたビルは手帳を閉じて手近な中で一番のレストランへと案内する。
「今日はどんなお魚ですかね!! ボクはまたあの赤身のお魚が食べたいですね!
甘みがあってふんわりと柔らかで、そこに香草が良い香りを足していて……うぅん、あれなら何十匹でも食べられますよ!」
レストランへと向かう途中、普通の猫のふりをしているはずのヘンリーがそんな声を上げる。
声を上げるなり喉をごろごろと鳴らし、その口の中に唾液を充満させ……ごくりと喉を鳴らし、尻尾をゆらゆらと揺らめかせる。
そんなヘンリーの声を受けて慌ててビルが周囲を見回すが、周囲にこれといった人影はなく……安堵のため息を吐き出してから、ヘンリーの方をきつく睨みつける。
するとヘンリーはソフィアに甘えるふりをして寄り添い……ソフィアに抱き上げてもらってから、キャロラディッシュ達だけに届くようにと小さな声を上げる。
(だーって、美味しかったんだからしょうがないじゃないですかー。
焼いた魚があんなに美味しいだなんて、ボクは知らなかったんですよ。
海の魚って川のとは全然味が違って風味が違って脂が乗っていて……ああ、お屋敷に残った皆に申し訳ないくらいですよ)
「……まぁ、分からんでもない」
ヘンリーの小声に真っ先に同調したのはまさかのキャロラディッシュだった。
何十年も自らの屋敷で暮らし、屋敷の周囲のものしか口にして来なかったキャロラディッシュ。
稀に商人が仕入れた塩漬け魚を口にすることはあったが、それは新鮮なものとは比べ物にならない程に味が落ちるもので……宿で食べたそれとは全く別次元の存在となっていた。
まさかこの年になって未知の味に目覚めることになろうとは。
世の中にこんなに美味しいものがあったとは。
キャロラディッシュが感じたその味には少なからず『皆との楽しい旅行』というスパイスの影響があったのだが……キャロラディッシュはそのことに気付くことなく、海の魚とはそれ程の美味なのだと思い込んでしまっていた。
そうしてビルが案内をしたレストランは、キャロラディッシュとヘンリーの態度を受けて魚料理を売りにするフェリークスでも指折りのレストランだった。
キャロラディッシュの来店を受けて店内は騒然とし、大慌てで席が用意されて……そこにキャロラディッシュ達がゆっくりと腰を下ろす。
店員が持ってきたメニューは全てビルに回されて、ビルが全員の希望を聞きながらその知識を動員してのランチにふさわしい品々を選び取っていく。
焼き料理に揚げ料理、煮込み料理。
塩やビネガーといったシンプルな味付けから香草やスパイスを混ぜ込んだ複雑な味付けまで様々な魚料理が席に並べられ……そうして一同の食事が開始となる。
ヘンリーとアルバートも席につき、テーブルの上の皿に盛られた料理を口で噛み取り……手が使えればもっと楽なのにと、そんなことを考えながらも美味しく新鮮な魚を食していく。
そしてソフィアとマリィが笑顔を弾けさせながら魚を頬張る中……そんな光景を、周囲の皆の表情を見やったキャロラディッシュは、その笑顔をスパイスに一弾美味しくなった魚のフライを、ナイフとフォークを器用に、華麗に操り口の中に運ぶのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回はこの続きと、クラーク関係になる予定です。