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出立


 ビルが用意した馬車は、衆人に見せるのが目的だけあって、随分と立派な豪華な造りのものであった。


 車輪を始めとしたそこかしこに技術の粋が活かされているのが見て取れるし、一部には魔具も使われているようで、果たしてこれを馬車と呼んで良いものかと迷う程のものとなっていた。


 それをキャロラディッシュ家のバナーで飾り、これまた金をかけたらしい立派な馬を用意して……敷地の外にはわざわざ雇った御者と護衛までが待機しているらしい。


 ここまで御者を連れて来てしまってはキャロラディッシュの不興を買ってしまうため、敷地の外まではビルが御者をすることになっているが……敷地の外に出たならその御者と交代し、ビルは馬車内にてキャロラディッシュ達の世話に専念するそうだ。


 何もかもが大げさでいちいち大掛かりで……そんな豪勢な馬車を見てキャロラディッシュはなんとも言えない暗い気分に包まれるが、ソフィア達はもうすっかりと行く気になってしまっているし、準備を整えてしまっているし……今更どうこう言っても仕方ないと諦めて、馬車の中へと足を進める。


 今回キャロラディッシュと一緒に旅に出るのは、ソフィアとマリィと、犬のアルバートと猫のヘンリーとなっている。


 他の猫達も当然のように一緒に行きたがったし、何であればコマドリのロビンや牛のジェイムズ達も一緒に行こうとしていたのだが……そこまでの大勢、大柄になってしまうと、隠しきれるものではないし、大きな騒ぎとなってしまうのは明白であり……トラブル回避の為に、人前ではなんでもない犬と猫の振りをするという前提で、アルバートとヘンリーだけが同行を許されたのだった。


 キャロラディッシュ不在の間の屋敷のことはグレースが。

 屋敷の外のことはジェイムズが仕切ってくれることになっていて……二人に任せておけば余程のことがあっても問題なく処理してくれることだろう。


「不測の事態を考慮しまして、キャロラディッシュ様の御恩を受けた信頼出来る人間達を敷地の近くに待機させておりますので、何かがありましても問題なく対処してくれることでしょう。

 キャロラディッシュ様にご心配頂くようなことは何一つありませんので、お心安らかに旅を楽しまれますよう」


 キャロラディッシュの旅行鞄を持ちながらそう言って足を進めることを、馬車の中に入ることを促してくるビルに、キャロラディッシュはなんとも苦い顔を送り……そうしてから屋敷の玄関で待機しているグレースとジェイムズのことを見やり、二人に向けて目礼を送る。


 するとグレースとジェイムズはにっこりと微笑んで、それぞれの仕草でお任せくださいと、そうキャロラディッシュに伝えてくる。


 その様子を見てどうにかこうにか踏ん切りがついたキャロラディシュは、ゆっくりと足を進めて……絨毯が敷かれた床を踏みしめ、最高級のソファを思わせる造りの最奥の席へと足を進める。


 荷物を置いた上で更に5人か6人は乗れると言った広さの馬車の中には、かなりの腕の者が描いたらしい風景画が飾ってあり、最新の蓄音機などが置いてあり……更にはいくつかの果物やビスケットといった食べ物が入ったバスケットまでが用意されていた。


 よくもまぁこの短期間でこれだけ揃えたなと呆れつつ……この機会を待っていたらしいビルのことだ、前々から用意していたのかもなと、そんなことを考えながら、キャロラディッシュが最奥の席に腰を下ろすと、それに続く形でソフィアとマリィが、アルバートとヘンリーが馬車に乗り込んできて、それぞれの好みの席へと腰を下ろす。


 そうして一同がその腰を落ち着かせたのを見て、不器用な笑みを浮かべたビルが馬車の扉をしっかりと閉めて……御者台へと移動し、手綱を握り二頭の馬へと指示を伝えて……ゆっくりと馬車の車輪が音を立てながら回り始める。


 揺れは少なく、車輪の立てる音は柔らかで……そのことにソフィア達が驚く中、馬車は少しずつ速度を上げていって……キャロラディッシュの何十年振りの旅の幕が開く。


 今回の旅の主たる目的は、キャロラディッシュが所有する港の窮状を救うという仕事に分類されるものである。


 ……だがソフィアやマリィ、アルバートやヘンリーからすればそんなことは関係ない。

 この旅は家族旅行であり海外旅行であり……見たこともない光景を皆と一緒に楽しむことの出来る、最高に楽しい、最高に贅沢なピクニックなのである。


 その旅が始まったとなれば、もう落ち着いてなどいられない。


 踊る胸のままにその瞳を煌めかせ、その喉からは弾む声が次々と飛び出し……その声が自然な流れで、なんとも楽しげな歌へと変化していく。


 高く弾むソフィアの声と、それを追いかけるマリィの声と、調子よくリズムを刻むヘンリーの声と、ソフィアとマリィの声を盛り上げようとするアルバートの声が合わさったその歌は、キャロラディッシュの暗い気分を驚く程綺麗に拭い取ってくれて……彼の耳をこれでもかと楽しませてくれる。


 その歌を存分に楽しみながらキャロラディッシュは、この様子であればこいつの出番は無さそうだと……上等な歌手の歌が刻まれているだろう蓄音機の蓋をそっと閉じるのだった。



お読み頂きありがとうございました。


次回は旅の途中……領民たちの反応となります。

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